「…おい、板垣」
俺の名前を呼ぶ男の声で目線をそちらに上げた。
案外近くで、男の目と視線がかち合う。
「………なんだ」
「なんだ、じゃねぇよ、居るなら返事しろ」
何度扉叩いてやったと思ってる、そう男が言って、自分が少しの間呆けていた事実に気付いた。
そんな暇、在りはしないのに。
「悪かった、何か用か、静谷」
「書類不備」
「…そうか」
「今週何回目だ」
「悪い」
突っ返された書類を受け取り、期日を確認する。今日までだ。
この程度なら、すぐに終わる。支障はない。
「後で持っていく」
「俺が持って帰るから、さっさと、今すぐ済ませろ」
俺が持っていく時間さえ煩わしいんだろう。眉根を寄せて、静谷はソファーに座り込んだ。
生徒会の奴らが、俺たちが、よく休憩に使っていたソファーも、今や何のためにあるのかわからない。
時折転入生を連れ立って、ずっと、そこで休憩をし続ける。
飽きたら、また、どこかへ行く。
繰り返しだった。
するするとペンを走らせて、不備を直していく。
あと少しで終わる、そんな時に、静谷は俺の名前を再び呼んだ。
「いつまでこんな茶番に付き合ってやんの」
「…さあな」
「戻ってくると思ってんのか」
「思っちゃいない」
「だったら何で、続けてんだよ」
さらり、書類を直し終えた所で、机がバン、と揺れた。
積み上げられた紙が、何枚か床に落ちていってしまった。
「どうしてだと思う?」
「…あ?」
立ち上がって、落ちた書類を拾って机に流して、そのまま、静谷に問いかける。
不機嫌にまた目を細めた男。
苛々する。苛々。
感情のまま男の胸倉を無理矢理掴んで睨み上げれば、確かに静谷は、驚いた顔をしたけれど、何故か怒りの表情が濃くなった。
「縋ってるからだ」
「ああ?」
「俺が、この生徒会長という地位に、縋ってるからだ」
「だから、何だってんだよ」
「裏切られても、どう言われても、俺が生徒会長でいられるなら、まだ、」
「必要されてると、思ってんのかよ」
悪いか、それで。
何か、悪いのか。
仕方ないじゃないか、だって、自分は、自分達は。
「頼れよ」
真っ直ぐと向けられた視線に、力が抜けた。
見透かしたように告げられた言葉の次に、腕を引っ張られ、相手の胸元に倒れる。
「ひとりにしないから」
「しずや、」
「頼れ」
頭上から聞こえた声に、嗚呼、もう駄目だと、思った。
ぐずぐずと思考が消えうせて、目の前が、暗くなっていく。
遠のいていく世界の先は、何か変わってしまうだろうか。
実は苦しかったんです
(おやすみ、)
(………なんて)
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