単純同性交遊 | ナノ


 
「あ、かいちょー」
「珍しいな、お前ひとりで」

遅めの昼食を取り、そろそろあいつの接触禁止令を解いてやるか、だとか、いい加減役員免除されてるとは言え授業に出ないと不味いな、だとか考えながら生徒会室に戻ると、会計の、チャラ男こと吉川が珍しくひとりで仕事をしていた。

「んー、夏休み入る前に色々確認しとこうと思ってー」
「…珍しいな、本当に」

そういえば世間一般じゃもう一週間で夏休みか。
忙しい上に身の上にあった色々なことですっかり忘れていた。


「ねぇかいちょー」
「あ?」
「オレさー、かいちょーにはそのままで居て欲しかったんだー」

仕事をする前の食休みだとソファーに腰掛けていると、吉川の間の抜けた声が響いた。
目線をそちらに向けたら、にこにことこちらを見つめ返している姿が目に入る。
食えない笑い方は、こいつがキレているときによくするものだ。

…何でキレてんだこいつ。

がたり、机を揺らす音がした。

「かいちょーにはさ、オレ達だけでよかったのに」
「…は?」
「確かに明里はオレ達に無いものを持ってたから楽しいし大好きだけど、それはかいちょーにも言えるんだよ」
「待て、何の、」

笑ったままこちらに向かって歩いてくる吉川に、いつもの雰囲気は感じられない。
内面から少しずつ、少しずつ切り崩してくるように、涼しさが増していく。

ソファーから立ち上がる前に、すっと、視界が消えた。
背中越しに目隠しをされているらしい。

「かいちょーはさ、オレ達が来なくなって、寂しかった?」
「…別に」
「ねぇ、捨てられたと思った?」

馬鹿か。
捨てられたとか、そんな一方通行な思い、俺が持つはずないだろ。

「取られたと思った?」
「…いや」

今までのものが無くなったと、ただ単純に思った。
でもどうにかなると思っていたのも、事実だ。

「かいちょー、オレ達のこと全然頼ってくれないんだもん」
「意味わかんねぇ」
「オレ、待ってたのに」
「何をだよ」
「皆もさぁ、待ってたんじゃないのかなぁー。ほら、仕事しろって言われて、皆ちょっとずーつ仕事してるでしょ」
「当たり前のことだろ」

「違うんだよ」

…話が全く見えない。
何が言いたいんだ、こいつ。

手を掴んで離そうとすれば、首筋に痛みが走った。
多分、噛まれた。それも、相当強く。

「っ、お前、」
「アンタに、頼りになる存在が出来て、焦ってんの」
「はぁ?」
「会長は、オレ達だけのものだったのに」
「……」
「頼りになる存在って、誰?」
「……」
「それに、会長最近雰囲気変わったよね」
「……」
「3日ぐらい前から」
「……」
「誰かに食べれちゃった?」
「……」
「痕、残ってるよ」
「……」
「そういえば、風紀のとこ行くって言ってたね」
「……」
「ねぇ」
「……」
「相手は、風紀委員長?」
「……」

「………へぇ、そっかぁ」

視界がぱっと明るくなる。
眩しさに目を細め、光に慣れて漸く開けると、にこり、笑った吉川が何時の間にか移動していて、目の前に立っていた。



「殺してやりたい」



吉川の伸ばされた爪先が、噛まれた首筋を削る。

…こいつ、こんな奴だったか?

馬鹿みたいに何も出来ず、見合うこと、数十秒。
手を離したと同時に、何事もなかったかのように吉川は笑った。


「あ、オレ明里待たせてるんだ、行って来るねー」

いつもの、顔だ。
幾つかの書類を持ってそそくさと出て行く後ろ姿に、ああそう言えば、会計の難しい計算だけは、毎回全部終わらせてあったことに気付く。

わっかりにくいことしやがって。



「…血出てんじゃねぇか、畜生」

白いシャツは襟の一部が赤く染まっていた。
…それより、この噛み痕、どうあいつに説明したものか。
まさか禁止令を出してるのにこんな痕作ったんじゃ……考えるのはやめておこう。



実は憎んでたんです



(…もしもし、静谷か)
(けい…板垣?)
(お前に犯行予告があったぞ)

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