コトリ、と | ナノ


「今、家いる?……ああそう、よかった、今から行くから、……いいから、とりあえず待ってて」

鈴さんは俺の手を引きながら器用に電話を掛けた。掛けた先は向かっている先だということはわかっている。乱暴に切った割には、彼は少しだけ笑っていた。

「謝っておくよ、ごめんね」
「……今更、ですか?」
「そう、今更、沢山謝らないといけない」


ごめん。

耳を駈ける風よりそれは小さな声で、俺にとすんと頷かせた。


「小さな、嫉妬だった」
「嫉妬」
「嫉妬」
「……どうして」
「どうしてかな、」


「小さな、反抗だった」
「反抗」
「反抗」
「……どうして」
「どうしてかな、」





中身が無い様で有る、そんな会話を続けていれば、遠くもなかったそこにあっという間に着く。
扉の前で、彼は言った。




「小さな、償いだよ」
「償い」
「償い」
「……どうして」
「どうしてもだよ」



小さく、彼が叩いた扉からは、顔を覗かせ、驚き、そして今にも泣き出しそうなそのひとが、すぐに手を伸ばしてくる。

「大輔」

呼ばれた名前が自分の名前で、それが凄く嬉しかった。鈴さんが扉を開けたから、彼の方が俺よりも前にいたし、あの連絡では俺がいることはわからなかったはずから、気付かないかもしれないと思っていた。


そうして一瞬動けなくなった俺を、鈴さんは、彼はつんと引っ張って、また笑顔で言うのだ。

「入ろう、話を、しよう」

俺の我が儘な話を、聞いて。


後ろで扉が閉まった時、妙な安堵感に、襲われた。

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「見えない臓器の名前は」
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