「誰かきた?」
「…いや、誰も」
家主はごく自然に「ただいま」と言いながら俺に口付けた。
こいつの問いかけに、俺は答えなかった。少なからず動揺してたのか。浮気して悪いのはあのひとや目の前の美形だってのに。
そこでふと思った。
そもそもの前提として、美形な人間は、浮気をするものなのかもしれない。美形は選り取り見取りだから、ひとりに縛られたくないのかもしれないし、それに少しだけ仕方ないか、と許してしまうこともある。
なんて。申し訳ないことを、馬鹿なことを考えた。
「大輔、飯は?」
「あー…いいや、今日は帰る」
「は?」
「今用事思い出した」
「今から?」
「そう、ごめん、帰るわ」
「待っ、…明日は、来れんの」
「あー、無理」
「明後日は?」
「無理だな」
「……いつ来れんの」
「また連絡する」
実は明日も明後日も暇、この後用事なんて無い。こいつのために予定は大体空けてきたから。
やっぱり動揺している様だ。じわじわじわじわ、実に嫌みたらしく染み出てくる。
……あ、泣きそう。
「大輔、」
「またな、尚人」
違う別れの挨拶に聞こえるのは何でだろう。
扉を閉めたら急に目とか鼻とかの奥がつんとして、自分が思うより俺は、ショックが大きかったらしいことがわかった。
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