甘すぎた後悔

塾帰り、公園のブランコでタバコをふかしている一虎を見つけた。
「羽宮さーん」
「ん」
一虎はうざったい前髪の間からこっちに目線を寄越した。
「私、羽宮さんにしか相談できないことがあるんです」
「要件なら聞くけど」
吐き出した煙の行方をぼんやり見ている。
「今週の土曜日、お友達に誘われてカラオケに行くんですよ」
「よかったじゃねーか。」
「でも、でも、私、一回もカラオケ行ったことないんです」
「はぁ」
やっと一虎は呆れたような顔をこっちに向けてきた。
「空気読んで、ノリで歌ってればいんじゃねーの」
「あのっ、空気とノリなんかわかんないですよ。
私にしては珍しく声を荒げてしまった。一虎はタバコをブーツを底で消してバイクにまたがった。
「明日、塾帰りにカラオケ行ってやる。鞄に私服入れとけ。特別に羽宮さん付き合ってやるよ」
そう言って子供のように無邪気に笑った。投げられたヘルメットをかぶると、一虎のバイクの後部座席に乗った。一虎の腰をギュッと掴んだ。一虎のいつものシャンプーの匂いがした。
***
塾が終わると、私服姿の一虎が塾の向かいに立っていた。
「駅のトイレで着替えて。俺待ってるから」
「今日は許しますけど、学校あんまりサボらないでくださいね」
そういう言い残して、私は駅に向かった。ワンピースに着替え、色付きリップを唇にぬり、スクールカバンを駅のロッカーに入れた。
***
「羽宮さん、こんな感じでいいですか」
「うん、似合ってる」
そう言ってナチュラルに肩を持たれた。私はビクッとして、緊張した面持ちで顔を一虎の方に向けると、一虎は最高のいたずらを考えたような子供のような表情をしていた。
「10時から午前5時のフリータイムで」
「お客様、申し訳ありませんが身分証を…」
「はぁ?」
おそらくハードワークで目の下に大きなクマを作っている店員はしぶしぶ部屋番号の書いた札を渡してきた。
「行こっか」
私の手首を掴んで早足でエレベーターに乗せられた。さっきの早足のせいで心臓がドキドキしてる。一虎の顔がまともに見れなかった。
部屋に入ると一虎は慣れた手つきでマイクの音量、ミュージックの音量を調節する。
「ねえ、そんな分厚い本なんか読んでなくて早くデンモクで登録しようよ」
「え、昔おばあちゃんと行った時は番号で登録したし…」
「古い古い、今はコレだよ」
と謎のタッチパネルを渡してくれた。私はデンモクの使い方に戸惑っていた。すると一虎は私の手の上からペンを握って操作してくれた。
「で、みさきちゃんは何が歌えるの」
「いつも、クラシックしか聞かせてもらえなくて…合唱コンクールのキロロのベストフレンドですかね」
「じゃあ、それでいいよ。で、合唱コンクールっていつあったの」
「だから、羽宮さんに学校はサボるなって言ってるのに」
一虎の長めの髪が私の首をかすめてくすぐったい。
「クラス一丸となって頑張ったんですよ」
「クラス一丸と…ねぇ…」
一虎の顔がふと曇ったような気がした。
***
一虎はBUMP OF CHICKENのラブソングを歌った。あの整った横顔でラブソングなんか歌われると勘違いしてしまいそうだ。エレベーターのドキドキが蘇ってくる。
「俺、やっぱ音痴かな」
そんなことを距離20cmで聞いてくる。音痴かどうかはわからないが、心臓は張り裂けそうだし、一虎の泣きぼくろはやっぱりセクシーだってことしかわからない。羽宮一虎にカラオケ教えてもらおうだなんて私はなんて間違った選択をしてしまったんだろう。
***
二人とも歌い疲れて一虎は私の肩で眠りこけてしまった。寝息を立てるその小ぶりな桜色の唇はその意図はなくても私を誘惑している。私はカラオケのCMを延々と見ながら、彼の体温を感じた。彼の手を少し握ってまたのも内緒である。
「んーごめん、寝ちゃったわ。今何時」
といつもの癖なのか二度寝しようとしてくる。
***
「ああもう、こんなことなら、羽宮さんとカラオケなんかいくんじゃなかった!」




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