一昨日心中

「お姉さん、暇?」
そのナンパ男にも目もくれず、チューハイを握りしめ、パンプスで豆だらけの足をひきずった。
「休憩でもしない」
その二言目でやっと隣のナンパ男と目線を合わせた。金色のメッシュの入った長い髪をゆるく束ね夏なのに不自然なタートルネック。クリンとした大きな目の下に泣きぼくろ。根拠のない既視感が襲う。
「……いえ。」
私はまた地面を見つめた。いつもなら残業だとしてもとっくに帰っている時間だった。運が悪い。まだ、ナンパ男はそばにいた。
「大丈夫?」
ナンパ男はヘラヘラしながら私の顔を覗き込んできた。アルコールで朦朧する頭の中、強い既視感だけが頭を揺さぶってくる。
「…はい、大丈夫」
私なんか全然大丈夫じゃない。会社に行けばパワハラ、セクハラうけて、毎日アルコールで頭を朦朧させる日々。
「大丈夫ですよ」
ナンパ男に別れを告げようとしたら、何故か涙腺が決壊していた。
「ちょっと、大丈夫じゃないじゃないですか、ほら、ハンカチ」
ナンパ男に差し出されたハンカチで涙を拭く。この匂い…この中学生の時嗅いで忘れられなかった匂い。
「羽宮…くん」
「え、なんで知ってるの」
目の前のナンパ男もとい羽宮一虎は顔が引き攣っていた。
「あの、中学2年生やっていた。クラス委員やっていた○○です…覚えてないでしょうけど」
「あーえっと、あの生徒会とかやってたよな。ごめんごめん、あちゃー知り合いナンパするとは」
「うん、覚えててくれてありがとう」
私は手にもっていたストゼロをぐいと飲んだ。
「羽宮くん、私の家で休憩する…」
***
朝起きたら知らない男が隣に寝ていた。もとい羽宮一虎が寝ていた。
「頭いたい…」
とりあえず机の上に転がっているストゼロの缶を回収する。そして、寝ている一虎をチェックする。タートルネックで誤魔化しきれないほどはみ出た虎のタトゥーをなぞる。まつげ長いし鼻も高い。
「んーーー」
もぞもぞと一虎は布団の中に包まれていった。と思うとバサリと起き上がった。
「ああああちょっと勘違いしてほしくないんだけど」
飛び起きた一虎が説明し始めた。
昨日はナンパした私が相当な泥酔をして、酔った勢いでコンビニかったウィスキーを公園で一気したりするので一虎は心配になって家まで連れてかえってくれたらしい。
「だから、俺とおまえはな、なんもないなんもないって」
と一虎はあわてふためいている。
そんなのナンパした男を連れ帰った私が悪い。犯されても殺されても文句は言えない。
「わかった、わかりましたよ。羽宮くんがそんなことするはずないもんね」
「理解あるの本当すき」
と一虎は無邪気な笑顔で答えた。
***
一虎は野良猫のようにふらりとやってきては私の隣にスンとすわっていた。
「今日定時帰りだよね、おかえり」
と、玄関でスーパーの袋をもった一虎が待っていた。
「いいから、座ってろ」
と、そそくさと、ただ使ってないから綺麗なままの私のキッチンを使い始めた。
「何作るの、かずちゃん」
「まあ見てろって」
少し危ない手つきで野菜を切っていく。
「包丁使うと危ないから、テレビでも見とけ。まだ早いんだから酒は飲むなよ」
と言われ、カフェオレを飲みながら、キッチンから伝わってくる心地良い音を聞いていた。
「できた」
チャーシューと卵とほうれん草のチャーハン。
「お仕事お疲れ様」
「いただきます」
久しぶりに誰かに作ってもらったごはんは身に染みる。とりあえずチューハイが飲みたい。
「ハンペン?」
「チャーハンにハンペン入れるの、午後のごはんで平野レミがやってたから。やってみたかったんだよな。うまいか」
「食感がクセになるよね」
すると一虎はくしゃりとわらった。
お互い、チャーハンも残り少なくなってきたところ。一虎はチャーシューをスプーンでつつきながらおもむろにきいてきた。
「キスしてもいい」
その言葉は空中にポカリと浮いていた。しかし、一虎もう一度いう。
「キスしてもいい」
返事は不必要。私はされるがまま一虎に押し倒されていた。動けないぐらいのキス。
一虎は息を切らしてまた言う。
「おまえを、抱いてもいい」
***

「おまえいっつも酒抜けなくて、なんか、な…」
いつも厚着してるから思っていた以上に華奢な体だった。
「ごめん」
「あやまらなくていーよ。無理してんだろ」
と少し強引に頭を撫でられた。
「あのさ、迷惑じゃなかったら、合鍵。渡しそびれてたの」
渡しそびれてたのも半分真実、もう半分は一虎のピアスみたいなかわいい鈴のキーホルダーを探していたからだ。
「俺なんかがいいのか?こんないいものもらってさ」
「いいもの、なのかな」
触れるようなキスをして、久しぶりにアルコールなしで眠った。
***
それからは新婚生活のようだった。
仕事で疲れても家に帰ったら一虎が待っている。それを思うだけですこしの希望にはなった。一虎はキチンと家事をした。私たちは幸せなはずだった。しかし狭い1LDK。二人すむには狭すぎた。最初は気を遣って私もお酒を飲むのをやめて素直に一虎に抱かれていた。先輩に押しつけられて残業して日付関わる頃に帰宅した。一虎は起きて、しおらしく自分の分のご飯も手をつけないまま待っていた。
「かずちゃん、私が遅いときは先にたべてねてていいから」
「待ってるのは苦じゃねえから」
と返された。何回も先に食べて寝てていいよといっても一虎は私と同じ時間に起き、私が帰って来るまで目の下にクマを蓄えながら待っていた。正直重かった。イライラして帰りにストゼロを開けて帰宅すると、一虎は何も言わず恨めしそうな目で私のスーツの上着をハンガーに掛けた。ストゼロにジンをいれてアルコール度数を上げて飲んでいても、一虎はただ悲しそうな目で見ていた。
***
毎日ストゼロ5缶開けていた頃、さすがに一虎も止め始めた。
「やめろ、飲み過ぎだって」
「ウザいんだって、会社はしんどいの。世間のことろくに知らないくせに」
「今のお前やばいぞ」
「何なの、嫌ならかずちゃんが帰れば」
・・・地雷を踏んでしまった。
「俺はどこに帰ればいいんだ・・・?」
一虎は今にも泣きそうな目で尋ねた。
「俺はそもそも帰る場所なんてどこにもない」
一虎のまつげで綺麗にふちどられた瞳の奥は絶望色だった。
「ごめん」
もうろうとしているなか謝ったが手遅れだった。一虎は止まらない。
「少年院出てから、いろいろなところに追い出されてやっとここにいていいんだって思ったんだけど俺の勘違いだったか」
「勘違いじゃない」
私は今にも泣きそうだった。一虎にキスをされた。
「酒臭いなあ、お前」
「ごめん」
「だったら素直に俺に抱かれろや」
一虎は腰をきつく抱いて、私の口を下で強引にこじ開けた。
「ん」
「てめーは黙ってろ」
一虎は手を私の首筋に這わせた。そしてぎゅっと絞めた。
「あっ、やめ、」
「俺の言うことだけ聞けって」
「かずちゃ、苦しい」
「お前はさ、俺だけ見ていればいいんだよ」
一虎も泣きそうな顔をしてつぶやいた。
***
「かずちゃん、なんで少年院に入ったの」
私の首筋には真っ赤な一虎の手の跡がくっきり残っている。
「人を・・・殺した」
「そう、最低だね、かずちゃん」
「そうだな、最低だ」
それでも、わたしたちは狭いワンルームに住み続けた。
***
「ねぇ死にたい、いっしょに死のう」
ラッキーストライクを吸っている一虎の横でつぶやいた。
「生きてるのがつらい、かずちゃんはつらくないの」
一虎はゆっくり煙を吐き出して言った。
「つらいよ。俺も人生にもう見切りつけたいんだ。相手を殴った感覚、相手をさした感覚、まだ鮮明に覚えてて、毎日夢に出てくるんだ。つらい。もうこの罪を抱えきれねぇ。」
お互い乾いた笑いがこぼれた。
「所詮人生なんて8割がつらいことばかりだ」
ゆっくり私の首筋に手をかけ、私の首を絞めた。アルコールよりきもちがいい。一虎の瞳の奥は真っ暗だった。
「ねえ、かずちゃんとならいつでも死んでもいいよ」
***
午後五時、切符売り場で私たちは切符を買った。
「コレが本当の片道切符だな」
一虎はクスリと笑った。
「いつもかずちゃんは笑えないことを言う」
ゆっくり鈍行列車目的地に向かった。平日の各駅停車、人もまばらだった。
「お前と死ねると思ったら今日だけ悪夢を見なかったんだ」
一虎の表情は心なしか明るくなっている気がする。
そのあとは、様々なことを話した。保育園の時滑り台から骨折したこと、小学生の時に一番好きだった給食、そして人を殺したこと・・・
電車から降りるとさびれた商店街が広がっていた。私はこのままだと迷子になりそうだと思ったら
「ほらにぎれって、迷子になるだろう」
一虎くんと手をつなぎながら商店街を適当に散策すると薬局に着いた。そこで6箱ドリエルを買った。次にストゼロの一番度数のたかいやつを買い込んだ。
必要なものは買いそろえたので、目的地まで散策する。
浜辺では夏なのに特別賑わっていない、ソフトクリーム屋台があった。屋台の中では日焼けしたおじさんが真剣にテレビを見ている。
「ソフトクリーム食べたくない」
「ああ」
と珍しく一虎は自分の財布を出した。
「あれ」
「見んなよ。ソフトクリーム代ぐらいはあるだろ。」
といってソフトクリームの屋台に近づいた。
「注文はお決まりでしょうか」
屋台のおじさんはけだるげに聞いていた。
「俺はレモン味、お前は」
「わたしは、あ、わかめ味」
メニュー表を見てとっさに注文してしまった。
淡い黄色のソフトクリームと薄い緑のソフトクリームがカウンターから出てきた。
「なんでそんな変な味にしたんだよ」
「別に、興味あっただけ」
テトラポッドの上に座った。ソフトクリームはべつにわかめの生臭い味もせず牛乳の味が口広がっていく。
「交換しようぜわかめ女」
と無理矢理強引にわかめソフトクリームを奪われた
「んー、わかめもまあまあじゃん」
とまた強引に返してきた。
「夜暗くなってきたね」
「そーだな」
***
事前に調べたわけでもないのでとりあえず、見つけた寿司屋に入った。ネタは生臭いし、シャリはぼそぼそしているがレモンサワーで作業的に流し込んだ。隣の一虎は茶碗蒸し以外手をつけていない。
店から出ると
「最後の晩餐がこんなにまずいとはな」
「最悪だよね」
けらけら笑いながら海のほうへと向かった。
***
砂利が敷いてある浜辺で私たちはストゼロを開けた。
「最期の乾杯ってサマにもならねーんだな、俺たち」
私たち二人はイッキ飲みした。
「かずちゃん、こわくない」
「もう、お前と死ねるだけで本望」
一虎は迷いなくこちらを見つめる。
6箱分のドリエルをヒートシートから出す。
「なあ、一生に一度のお願いキスさせて」
「いーよ」
一虎は遠慮なく押し倒して唇を押しつける。
「私酒臭いんだけど」
「それはいつものことじゃね」
舌を回して入念に私の歯茎をなめていく。アルコールも相まってぼんやりしているが気持ちいいことだけはわかる。
「かずちゃん、だいすきだよ」
「知ってるけど」
***
浜辺に置かれた2足の靴。からになった6つのドリエルとストゼロの空き缶が転がっていた。
私の足は海に浸かっていた。
「かずちゃんここからは手をつなごう」
「わかった」
ぎゅっと握りしめられた。
「ねえ、かずちゃん、クラゲに刺されないかな、それもどうでもいいことだけど」
服で水の中を歩くのは思いのほか重かった。でも一虎は何も言わず、私の手ぎゅっと握りしめ、先に先にを行ってしまう。とうとう足がつかなくなっていた。
「かずちゃん助けて」
あれほど握りしめた手は簡単に水によってはがされてしまう。
「けほけほ・・・からだが・・・動かねえ」
一虎は頭をうき沈みさせている。そして、私のほうを頭だけで見つめると
「けほけほ俺はお前のことが大好きだ愛してるさよなら」
と弱い力で岸に戻された。そこからは記憶がない。
一人の男が突っ伏して泣いていた。
「また、なんで、お前だけが死ぬんだよ、裏切るなよ、ばか、馬鹿野郎」
男の前には水でふくれあがってパンパンのギリギリ人間の姿をとどめている死体があった。




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