こんばんは名前変換( 20/56 )




商店街を歩いていたら古本屋があった。
「ちょっとここ寄ってもいい」
「いいけど…」
なんだか一見さんお断わりの雰囲気が漂っている。平山さんは迷わず扉を開いて、本を手当たり次第物色し始めた。ページが黄変している難しそうな本を手に取っている。
「難しそうな本だね」
「そこそこだと思うよ」
「なんで、平山さんはそんなに本が好きなの」
平山さんは私のことを一瞥して、そして難しい顔をしながら言った。
「俺の生まれた家、ゆきが想像つかないぐらい貧乏な家でさ、しょっちゅう電気も水道も止められてたから、娯楽も何もなかったんだよな。でも、近所の古本屋のおじさんだけは売り物にならないぐらい傷んでる本を分けてくれたんだ。だから、俺にとって本は唯一の娯楽って訳」
そういうと、平山さんは困ったような笑みを浮かべた。私は平山さんのことをなにも知らなかったんだとやっぱり少しショックを受けて、本の背表紙をなぞる。
「俺のそういうこと聞いて、ゆきは優しいから俺のことを同情するかもな。でも生まれは変えられないけど、生き方はいつだって変えられるから俺は俺の人生に後悔はしてねぇんだ」
平山さんはようやく歯を見せて笑った。平山さんがそういう生い立ちであってもわたしはうすうす気づいてたので驚かなかった。けれど、ちゃんと平山さんの口から、過去のことが聞けるくらい、私を信頼してくれたんだと思ったらなんだか胸があったかくなった。
***
最寄りのバス停から降りて、歩いて帰る。もう、少しずつ日が短くなってきた。
「ねぇ、平山さんあの喫茶店本当は寂れてるのかと思ったけど、すっごいパフェおいしかったよね」
「だよな。俺もあんなところに喫茶店があるってことすら不思議だったよ」
平山さんの背中をじっと見る。
「ねぇ、平山さん。手ぇつないでもいい」
私は最後なんか誰にも聞こえないような声量で言ってしまった
「え」
平山さんが振り返った。
「ひっ、平山さん、手をつないでもいい…かな」
平山さんは立ち止まり、びっくりしたのか一瞬目をおおきくして、私から顔を逸らして手だけ私のほうに向けた。
「…」
これって、やっぱりオッケーのサインなのかな。平山さんの小指に触れようとしたら、私の手はからめとられて平山さんの手の中にすっぽり納まった。
「俺が言うつもりだったんだよ」
ぼそりとつぶやいた。そして、もっと力強く握り直された。平山さんの顔を覗き込んで
「ねぇ、平山さん、顔真っ赤だよ」
「うるせぇ、夕日のせいだ」



prev next
bookmark back
トップ
章に戻る
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -