こんばんは名前変換( 9/56 )




平山さんの部屋は整理整頓されていて綺麗だった。と、いうよりただ物が少なかった。平山さんはちゃぶ台の空の焼きそばの器をシンクに片した。棚から座布団を取り出してちゃぶ台の前に敷いた。
「井上さん、ここに座っといて」
と平山さんはキッチンに消えた。座布団に正座してぼんやり平山さんの部屋を見回した。本棚にはニーチェ、カント、デカルト、聞いたことはあるが手に取ったこともない難しそうな本が並んでいる。梶井基次郎、太宰治、芥川龍之介。知っているけれど進んで読むことはない本ばかりだ。
「井上さん、コーヒー飲めますか」
キッチンの奥から平山の声が聞こえた。
「飲めます…けどミルク多めにしてください」
「了解」
平山さんはブラックコーヒー。私はカフェラテ。一口飲むとただ苦いだけのコーヒーを牛乳でまろやかにした液体がストンと胃の中に落ちる。
「で、話ってなんですか」
「俺の職業って言っていいのかな、仕事の話」
「はあ」
平山さんは眉間にしわを寄せて難しい顔をした。
「俺、雀士なんですよ」
「ん」
「あの、たぶん意味わかってないですよね」
「はい」
私は正直に答えた。
「で、雀士ってなんですか」
「簡単に言うと麻雀の強さでお金を稼ぐ仕事です。井上さんなら…パチプロとかわかりますかね」
「まあ、なんとなく」
「ギャンブルで金稼ぐ仕事のツールが麻雀というわけです」
「そうですか」
味気ないカフェラテを一口飲んだ。
「で、それは私になんの関係があるんですか」
「こんな不安定な仕事とも言えない仕事で口を糊する男、嫌じゃないですか」
平山さんのサングラスの中の瞳が動揺して揺れている。
「嫌じゃないですよ」
きっぱり平山さんの目を見て言った。膜のできた牛乳に波紋が広がる。
「でも、そのことを誇りに思えていない平山さんは嫌いです。麻雀でごはんを食べていく、誰でもできることじゃないですよね。なのに罪悪感を抱えたような目で語られるのは嫌です」
私は正直にまくしたててしまった。
「井上さん、俺仲間内でも、雀荘でも麻雀だけは負けたことがなかったんです。そのうち麻雀の魅力にのめり込んで熱中して、俺、麻雀が好きなんですよね」
「麻雀の神様がいるとしたら…平山さんは少しは目にかけてもらえてるのでしょうよ」
いつになく、私たちは真剣に語り合っていた。
「井上さんの言葉で少し吹っ切れられた気がしました。それから、最近俺のこと避けてなかった。気のせいかもしれねえけど」
「大学でいろいろあって疲れてたから…ごめんなさい」
「誰だってそういうときはあるからさ」
私はまた嘘をついた。
「俺はもう気にしてねえよ。今日も勝ってくるから」
平山さんは屈託無く笑った。



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