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私は平山さんの部屋の前に立っていた。もうこれで平山さんと話せなくなると思ってチャイムを押せずに靴の先を見ている。体感時間3分。やっと決心がついて、チャイムを押した。中から青の柄シャツを着た平山さんが出てきた。
「どうも、井上さん」
「この前のハンカチと傘です。本当助かりました。ありがとうございました」
平山さん、サングラスの奥の目をぱちくりさせた。
「ああ、あの時のね。丁寧にありがとう。傘、もう昔に買ったやつだったから捨てても良かったのに」
平山さんの言う通り、その傘は錆びついてて骨も曲がっている。でも、私が返さないと許せない気がした。
「そうでしたか」
「井上さん、20分くらい話せませんか」
「いいですけれど…」
平山さんの困った顔が私の心をギュッと締め付ける。
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