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▼ 餌付け大作戦!

「会長、最近居眠りしないね」

 そんな庶務の一言から、とんでもない事実が発覚した。ゴールデンウィークを過ぎてから、佐倉が自室以外で眠っているのを誰も見ていなかった。初めは珍しいこともあるものだと思っていた周りも、それが何日も続くので気にはなっていたのだ。
 もし、佐倉に変化があったとするならば、ゴールデンウィーク中である可能性は高い。ゴールデンウィークの間も、佐倉は居残りで風紀委員会からの書類を少し処理していた。
風紀委員長なら何か事情を知っているかもしれないと真っ先に訊きに行ったが、彼も思い当たる節はないと言う。
 佐倉本人に直接訊いてもいいものかと役員達が悩んでいる所へ、体調不良から復帰してきた庶務がぽろっと疑問を溢したのだ。役員達の心配を余所に、佐倉は庶務の言葉に嬉しそうに答えた。

「安眠出来る抱き枕を見つけたからな」

 なんだ抱き枕かと最初は安堵したのだ。それも束の間、そこで話題を掘り下げなければ、その『抱き枕』の正体を知ることはなかったのかもしれない。

「会長がそんなに気に入るなんて、どんな良い物を買ったんですか?」
「買ったんじゃないぞ、拾ったんだ」

 そんなことを佐倉に言われ、役員達は一斉に首を傾げた。抱き枕は道端に落ちているような物なのであろうか。それに仮に落し物であったとしたら、佐倉が私物化しているのはよろしくない。

「誰かの物なんじゃないの?」
「どこで拾ったんだ?」

 持ち主が分かれば確認を取って返すべきだと考え、佐倉からさらに情報を聞き出そうとした。そこで佐倉は役員達と話が噛み合っていないことに気付いた。

「言っとくけど物じゃないからな、人だ」
「え、人?」
「寮に戻る道で倒れていたから拾ったんだ」

 何でもないことのように、佐倉はさらっと答えた。だがしかし、役員達の頭は大パニックを起こしている。突っ込みたいところが多すぎる。

「会長、道端で拾った人を抱き枕にしてるの?」

 混乱している役員達の中で唯一、落ち着いて興味深そうにしている庶務が佐倉に問いかける。佐倉はそれを肯定した。

「なんか腹減って動けなくなってたところに俺が偶然通りかかったみたいで、とりあえずなんか食い物やろうと思って食堂に連れて行こうとしたんだよ」

 役員達はひとまず佐倉が人を拾った経緯が解り、少し状況を整理することが出来た。問題はそこから何故抱き枕になったのかだ。

「で、食堂で一緒にご飯食べたの?」
「いや、あいつ食堂に行くのが嫌らしくてな。このまま道に置いて行くのも可哀相だから、俺の部屋に背負って連れて行って飯を作ってやったんだ」

 その発言に、役員達は目を見開いた。

「会長が他人の世話を焼けるようになるなんて……!」
「おい、馬鹿にしてんのか」
「だって、いつも風紀委員長にお世話になりっぱなしじゃないですか貴方」
「む……」

 それを言われてしまうと、否定は出来ない佐倉。膨れ面のまま黙り込んだ佐倉を懸命に宥めて、役員達はなんとか話の続きを促すことに成功した。

「そいつ、飯食い終わったらソファで寝てたんだよ」
「……釣られて眠くなったんですか」
「眠くなる温かさだし、抱き枕にするとちょうどいいんだ」

 佐倉はすぐに寝るので、相手を巻き込んで寝てしまったのかと予測は出来る。が、佐倉に捕まってしまって抱き枕にされているのだとばかり思っていた一同は、驚きを隠せなかった。
 そもそも、佐倉は一応これでも絶大な人気を誇る生徒会長様なのだ。その佐倉にご馳走してもらうというイベントが発生するだけでも珍しい。そんなイベントが発生した場合、大半の生徒には緊張や遠慮が多少なりともあるはずだ。
 もし、佐倉が拾った生徒がそれに当て嵌まるのならば、佐倉の部屋で爆睡など出来ないのではないか。

「……そういえば昼過ぎの休憩はどこに行っているのですか?」

 この学園で佐倉に対して物怖じしないであろう人物は限られてくる。ある確信を持って、副会長は佐倉にそう尋ねた。

「どこって、裏庭だけど何かあんのか?」

 この瞬間、役員達の絶叫が響き渡った。


*****


「………」

 姫路は寝ているフリをしながらどうするべきか考えていた。お気に入りの裏庭のベンチに横になっているのだが、少し離れた木陰から複数の視線を感じているのだ。

「……はぁ」

 姫路の胴に抱きついてすやすやと眠る黒髪の男を起こす訳にもいかず、向こうが動きを見せない以上は放っておくことにした。細かいことを考えて行動するのが苦手な姫路には、相手もこちらの様子を見ているだけの今はそうするしかないのだ。
 ゴールデンウィーク真っ只中の人の少ない学園で、空腹のあまり自室に戻る途中で動けなくなっていたところを、やたらと男前な生徒に助けてもらってからだ。今まで裏庭には滅多に人が来なかった。それが今では、毎日その男前が姫路に抱きついて眠ったり、何人かにそれを監視されている。
 確かに姫路が最初に行き倒れていなければ、このような事態になることはなかった。その上、姫路は満腹になるまでご馳走になり、その生徒の自室に置かれていたふかふかのソファで、うっかり朝まで爆睡してしまう失態を犯した。これは姫路に非がある。
 しかし、起きてみれば何故かその生徒に見事にホールドされていた。姫路も相手も体格の良い、かなり身長の高い男だ。むさ苦しいだけだとしか思えない。
 それに、その生徒は寝起きが悪すぎるのだということは、その時に理解した。姫路が彼を起こそうとしたら、腕を捻り上げられそうになり、咄嗟にその腕を掴んで関節技を決めてしまったのだ。
『お前…よく俺を止められたな』
 驚いた顔でそんなことを言われ、姫路は他に何人か犠牲になったのかと察した。その日はまだ六時を過ぎた頃だったので、一旦姫路は自室に戻って身支度を整えた。



 それから、毎日餌付けされている状態が続いている。どうやら彼は、姫路の体温と抱き心地の良さを気に入ったようだ。姫路も空腹が満たされるので、抱き枕にされることを別に気にしたりはしなかった。
 ただし、それはお互いに需要と供給を満たしているからであって、監視されてまでこの関係を続けたいとは思わない。

「そこの陰にいる奴、何か用か?」

 どう話しかけるべきなのか分からず、ぶっきらぼうな物言いになってしまって、姫路は内心焦りに焦った。が、そう心配する必要もなかったようで。

「あー、邪魔するつもりはなかったんだがよ。こいつらが心配だからって今日は連れ出されてな」
「……見ての通り、抱き枕にされてるだけだ」
「ほら、だから何度も俺は姫路なら大丈夫だって言っただろ」

 姫路はよく喧嘩を売られるので、当然それを止めに来る風紀委員長とは顔見知りであった。風紀委員長は姫路が自ら喧嘩を売ったり、無暗に人を傷付けたりするような気性の荒い人間ではないと知っている。
 生徒会の役員が揃いも揃って風紀室に駆け込んできたので、最初は真面目に話を聞いていたが、それならば寧ろ佐倉の方が迷惑を掛けているのではと役員達に話した。役員達は信じられないようで、様子を見に行くと言い張って聞かないので、風紀委員長も何も言わず放っていた。
 それから一日、二日、三日と過ぎ、役員達は本当に様子を見るだけで話しかけられずに今日まできてしまった。ちょうど書類を持って生徒会室にやってきた風紀委員長を連れて、今日こそは安全なのか確かめなければと意気込んでいる所までは良かった。いざ、姫路を前にすると萎縮してしまうらしい。
 しかし、対面してしまった以上は聞き出さなくてはならない。副会長は意を決して姫路に問いかけた。

「あの、どうして会長の抱き枕になっているんですか?」
「……会長?」
「……その、佐倉はうちの会長です。今、貴方を抱き枕に爆睡してる人です」

 まさか、そんなことがあるのか。役員達も風紀委員長も姫路も、寝ている佐倉以外全員が鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
 姫路はまじまじと佐倉の顔を観察する。伏せられた目を縁取る睫毛は長く、くっきりとした鼻筋の通った整った顔。姫路も最初は女子に見間違えそうな生徒から、好意を寄せられたことがあった。この顔立ちで騒がれていないはずがない。

「ここにあんたらが来てること、学園に知れ渡ったら俺の居場所がなくなる」
「確かに、人が集まるだろうな」

 風紀委員長は何かを考える素振りを見せた。佐倉と姫路を交互に見て、風紀委員長は姫路を呼んだ。

「お前はこいつが会長だって知ってたら世話になるのを断ってたのか?」

 その質問に対して、姫路は首を横に振った。
 空腹で倒れていた時は、とにかく食べ物をくれるのなら、相手が誰であろうと敵意さえなければ良かった。たまたま通りかかったのが佐倉だったというだけで、役職など関係なかった。

「こいつは昔から気に入ったモンは手放さない。たぶんお前は特に気に入られてるみてぇだから、お前がここに来なくなったらこいつは捜し回るはずだ」
「……もともと俺がこうなる原因を作ったようなもんだ。それに飯が食えなくなるのは困る」
「なら、多少騒がれるくらいは構わないよな?」

 風紀委員長には、何か策があるらしい。
癖のある風紀委員達をまとめている男だ。下手なことはしないだろうと姫路は了承した。



 翌日、姫路はざわざわと落ち着かない食堂の二階席に座っていた。その姫路の腹部には、コアラのように佐倉が抱きついて眠っている。一応、佐倉が落ちないように背中に左腕を回して支えながら、器用に姫路は大量のステーキを頬張っている。
 今朝、急遽開かれた集会で、風紀委員長からある発表があった。それは、姫路の風紀委員会入り。そして姫路は佐倉のボディーガードとして仕事をするということ。
 当然、困惑と疑問が交錯したが、風紀委員長の的確な説明と佐倉の姫路に対する熱意がその場を強引に納得させた。

「佐倉の親みてぇだな、姫路」
「あんた面白がってるだろ」
「ぎゃーぎゃー騒がれる心配はなくなっただろ? 飯も好きなだけ食い放題だし」
「それはそうだが、動物園の檻にでもいれられてる気分だ」

 姫路は頼んだ料理をぺろりと平らげ、佐倉を起こさないように抱え直して立ち上がった。
 風紀委員長が何故今さら姫路を勧誘し、一匹狼と呼ばれる姫路がそれに応じたのか。そして、何故姫路が佐倉のボディーガードをするのか。その理由を聞いた時には理解出来なかった面々も、今の状態を見ていればすんなりと謎が解けた。
『姫路は強い、その上面倒見も悪くない。佐倉が姫路を抱き枕にしたいと駄々を捏ねて姫路を離さねぇから、姫路には食堂利用無料と引き換えに風紀委員として主に佐倉のボディーガードっつうか、まぁ、お守をしてもらうことになった』
 そんな風紀委員長の発表をふざけているとは思えなくなった。

「姫路、昼休み終わったら佐倉を起こしてくれ」
「起こすだけでいいのか?」
「あぁ」

 反発しようとしていた親衛隊も、あそこまで無防備に姫路に懐いている佐倉の姿を見てしまうと反発し辛い。それに、佐倉だけでなく風紀委員長も姫路を認めている。
 危険な人物として噂されている一匹狼に佐倉を任せるとは、本当に大丈夫なのかと、やはり皆はじめは心配していた。が、そうして二人を見ている内に、気付けば佐倉を気遣う姫路の噂とは真逆の優しさにやられている生徒が続出する事態となっている。

「佐倉、起きる時間だ」
「ん……、あと五分……」
「待たないからな」
「ぅおっ!」

 しかし、それも佐倉を起こす時には、しんと静まり返る。寝起きの悪い佐倉を力づくでベリッと引き剥がし、ぐるぐると振り回す。見ているだけでひゅんとしそうな光景に、実際にやられている佐倉もさすがにぱっちりと目を覚ました。

「あー……びっくりした……」
「すぐに起きない方が悪い」

 何の被害もなくあの会長を起こせるなんて。そんなどよめきが起こる。
 瞬く間にその状況は学園中に広まり、二人が一緒に居ることは当たり前の光景になった。それと同時に、食堂で佐倉の手作り弁当を食べる姫路が目撃されるようになり、付き合っているのではと噂されるようになる。
 しかし、単に佐倉の味付けが姫路の好みというだけで、互いにそんな感情はない。

――あるいは、互いに自分の気持ちに気付いていないだけかもしれない。


END.


2015.10.18発行 web再録


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