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▼ 餌付け大作戦!

 雲一つない青空、吹き抜ける爽やかな風、そしてお腹いっぱいに食べた後の昼下がり。昼寝をするにはちょうど良い条件が揃っている。
 新学期が始まってから一ヶ月が過ぎた。気の緩みや気候的な要因から睡眠欲に抗えず、こっくりこっくり舟を漕ぐ生徒がいれば、机に突っ伏してしまっている生徒も多数見受けられる。それは、生徒会室でも同じであった。

「会長、会長! 起きてください!」
「いやだ、ねむい、おれはねる」
「せめて寝るなら仮眠室に……あぁ! 書類に涎を垂らさないでください!」

 副会長の悲痛な叫び声にも、生徒会長である佐倉は反応を返さない。佐倉の下敷きになったままの書類をどうすることも出来ず、副会長は途方に暮れていた。
 しかし、そんな副会長を助けるかのように、副会長の横から佐倉の頭に向かって容赦なく紙の束が振り下ろされた。

「いっ……!」

 むにゃむにゃと再び寝る体勢に入っていた佐倉を文字通り物理的に叩き起こしたのは、生徒会への書類を持って来た風紀委員長であった。

「おはよう、もうぐっすり寝ただろ? 仕事しろバ会長」
「優しさってモンはねーのかよ……」
「起こしてやったんだ、十分優しいだろうが」

 この風紀委員長とは親友で、互いに相手のことなら何でも知っているくらいに深い信頼関係がある。双方とも細かいことは気にせず遠慮もしない性格である。それで客観的に見れば過剰なスキンシップやじゃれ合いを勘違いされ、一時期二人は付き合っているのではないかと噂されたこともある。
 しかし、二人揃ってその噂をゲラゲラと涙が出るほど笑い飛ばしたことにより、仲が良すぎるだけであるという情報が広まり沈静化した。
 そんな誤解を招いた主な原因は、佐倉の寝汚さにある。
 朝は風紀委員長が起こしに行かなければいつまでも眠り、眠らずに授業を受けている姿を見ることの方が珍しい程、教室でも夢の世界に旅立っている。食欲よりも、性欲よりも、睡眠欲が圧倒的に勝っているのだ。
 そんな寝てばかりいる佐倉ではあるが、生徒会長に選ばれる実力は確かなものだ。加えて容姿もずば抜けて良い。すこぶる眠い時には涎を垂らしていることもあるが、それすらも許されるぐらいにイケメンなのだ。単に周りが佐倉に慣れてしまっているだけかもしれないが。
 佐倉も生徒会長になれば少しはしっかりするはずだと風紀委員長は思っていた。その期待は僅か三日で裏切られ、生徒会から回ってくる書類が皺になる前に防がなければならないという仕事が増えてしまった。
 生徒会のメンバーが佐倉を起こせば済む話ではある。が、佐倉の寝起きの悪さに太刀打ちできる腕っぷしの強さがなく、以前に庶務が佐倉を起こしてコブラツイストを決められるという事件が起こった。それからは、風紀委員長以外に誰も強制的に佐倉の眠りを妨げることが出来ずにいる。

「佐倉、眠いなら奥にベッドがあるだろ」
「会計がこの前連れ込んでヤってたから嫌だ」

 佐倉の発言で一斉に非難する目を向けられ、会計は小さく縮こまった。この後に説教されるコースが確定した。

「……保健室は?」
「保健医がこの前連れ込んでヤってたし、俺が寝てる時に邪魔してきたから嫌だ」

 風紀委員長は頭を抱えた。佐倉のことは別に襲われようと、相手をそれ以上に捻じ伏せるので全く心配はしていない。心配なのは、己の仕事が何故か増えるばかりであることだけだ。

「どいつもこいつも何やってんだ……」
「ナニをヤってんだろ」

 上手いことを言ったと自慢げにしている佐倉に、風紀委員長はとりあえずサソリ固めを一発お見舞いした。


*****


『裏庭には近づかない方がいいよ。あそこ、一匹狼のテリトリーなんだってさ。怪我したくなかったら絶対に行くなよ』

 雲一つない青空、吹き抜ける爽やかな風。しかし、腹の虫が鳴きやまず、昼寝をしようにも胃がきゅうきゅうと食物を欲するので、気持ち良く眠ることが出来ない。

「あー……腹減った……」

 一匹狼と呼ばれている姫路は、非常に困っていた。この学園に入学して一ヶ月が過ぎた。それまでは普通に食堂へも購買へも行けたのだ。空腹を訴える腹を満たすことが出来ていた。
 ところが、二週間を過ぎた頃から、食堂へも購買へも徐々に行かなくなった。別にお金が無くてお腹を空かせている訳ではない。授業に出る回数もそれに並行して減った。空腹で授業どころではない上に、どうもあの教室の雰囲気に馴染めなかったのだ。

「飯……作れねーし、でも腹減った……」

 睡眠欲よりも、性欲よりも、食欲が圧倒的に勝っているが故に、まともな食事にありつけないことは姫路にとって死活問題であった。
 しかし、料理をした経験もする気もなく、自炊しようにもまず調理器具がない。備え付けの電磁調理器はあるのだが、お湯を沸かす以外にどう使えばいいのか分からない。
 学園内にある食糧販売店では、自炊する人用に食材が売られていたり、スナック菓子やデザートなどは豊富すぎるぐらいに置かれている。ところが惣菜は食堂で販売している為、こちらでは取り扱っていない。
 レンジで加熱すれば食べられる白米と生で食べられる野菜、お湯を注ぐだけで飲めるスープを胃に詰め込んではみるものの、やはりしばらく食べていない肉が食べたいのだ。そう思うと、またぐぅと腹が鳴ってしまう。
 姫路は一人、裏庭のベンチに仰向けになりながら、消えない空腹感に耐えていた。


 そもそも姫路は、自分が一匹狼などと呼ばれていることを知らない。そう呼ばれるようになったのが、いつからなのかも明確ではない。ただ、どのグループにも属さずに一人でいる姫路の、その圧倒的な強さを見た誰かが勝手に呼ぶようになったのだ。
 素行の悪い生徒ばかり集められた教室では、日々どのグループが仕切るのかを巡って喧嘩が絶えない。姫路は入学試験の点数の悪さと見た目から、このとんでもない教室に放り込まれただけであって、好戦的な性格でもなければ自ら喧嘩を売ったりもしない。
 姫路が不良だと勘違いされる主な理由であるその容姿は、白銀に輝く髪と常に不機嫌そうに見える鋭い切れ長の目。それに、八頭身の高身長でしっかりと筋肉の付いた体格の良さも加わると、ぱっと見た感じでは怖いイメージが付いてしまうようだ。自然と姫路の周りには人が近づかなくなって、不良ばかりが集まるようになった。
 あまりにも昔からよく絡まれるので、姫路は護身用に様々な格闘技を習得した。その結果、大怪我をすることはなくなったが、普通に話しかけてくれる人もいなくなった。
 ここでも不良ばかりの教室に放り込まれてしまったが為に、喧嘩を吹っ掛けられては相手を最小限の動きで戦意喪失させ、次々と勝利を積み重ねていった。
 そして、入学して一ヶ月が経った今、姫路は最も恐れられる存在となってしまった。教室に行っても、食堂に行っても、人のいる所へ行くとざわざわと姫路の周りから人が離れて行く。だんだんと居心地が悪くなって、姫路は誰も来ない裏庭によく行くようになった。
 それが、いつの間にか生徒達の間で裏庭に近づいてはいけない≠ニいう暗黙のルールを創り出していた。

「暇、退屈、腹減った」

 今日も今日とて、一匹狼は一人腹を空かせている。






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