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▼ 愛で縛ろう 01

 九条が目を覚ますと、そこは明らかに自分の部屋ではなかった。が、見覚えはある室内であり、助け出されたあの時に包まれた匂いが九条を落ち着かせた。
 ベッドサイドに置いてあった時計を見れば、既に正午を過ぎている。誰からも連絡が入っていないが、半ば強引に天久と連絡先を交換しただけで、あと連絡先に登録されているのは実家しかない。
 親衛隊の生徒は向こうで勝手に順番を決めて、勝手に部屋までやってくるので、連絡を取り合う必要性は全くなかった。生徒会の役員達も、何か連絡事項があれば、九条以外に伝言を頼んでいた。九条からコンタクトを取ることが、一度もなかった結果が現れている。

「調子はどうだ」
「最高に見えるなら死ね」
「絶好調だな」

 天久には何を言っても無駄である、それは学習した。さっさと自分の部屋に戻ろうと、ベッドから起き上がろうとしてすぐに再びベッドに沈んだ。

「いってぇ!」
「今日は無理すんな。俺だってお前に突っ込まれた後めちゃくちゃ痛かったし今も違和感あんのに、あの人数相手だったら元気に歩ける方がおかしい」

 歩くことは不可能、そう言われて九条はあることに気付いた。あの教室に天久が来た後、気を失っていたのか記憶が全くない。自力で動くことが出来なかった自分が今、天久の部屋に居るということは――。

「……おい、ここまで誰がどうやって俺を運んだ?」
「俺が、九条を横抱きにして」
「今すぐ飛び降りて死ね」
「一番身体に負担がかからない運び方がそれだったんだよ」
「問答無用、息絶えろ」

 あの場所には天久以外に他にも風紀委員が居たはずで、それなら、確実にその現場も目撃されているということになる。
 そもそも九条が天久を見た途端に気を失ってしまうという醜態を晒してしまっているのだから、その後に迅速な対応をしてくれた天久には感謝するべきである――とは九条は全く思わない。
 天久が勝手に助けに来て、勝手に運んだというだけのことで、そんなことを頼んだ覚えはない。そもそも天久は風紀委員長であり、当たり前のことをしただけだ。故に、九条が天久に感謝する必要はない、という振舞いをする。

「どうせ助けに来るんなら、もっと早く来いよ、無能野郎」
「そりゃ、間に合わなくて悪かったと思ってる」

 そこで、そういえば、とあることに九条は気付いた。

「そういや、あいつら盛ったサルみてぇに中出ししまくってたな……、お前、それも処理したのか?」
「腹ん中入れっぱなしだと腹下すだろ、指しか入れてねぇから安心しろ」

 不満だという視線を天久に突き刺しても、全く効果がない。それどころか更に距離を詰めて、九条のことをまじまじと観察してくる始末だ。

「お前、図々しいよな」
「最初からそうだっただろ」

 四月に顔を合わせた時から、天久がやたらと九条に突っ掛かってきていたことは記憶にある。確かに、天久は遠慮などという言葉を知らない。

「そろそろ俺の戯言を聞いてくれてもいいだろ?」

 穴が開きそうなくらいにじっと九条を見つめながら、天久は九条の答えを待っている。戯言を聞いてやってもいいだろうとは九条も思っているのだが、その前にどうしても気になることがあった。

「そこまで俺に入れ込む理由は何なんだよ」

 天久は九条にそんなことを聞かれるとは思っていなかったのか、切れ長の目を丸くしている。天久が何も話さなければ、九条は返事をしない。それを汲み取った天久は、はぁ、と息を吐いた。
 照れ臭いのか、ガシガシと頭を掻きながら、天久はぽつぽつと話し始めた。

「最初は顔がタイプだったから軽い気持ちで近づいただけだったんだよ」
「顔?」
「自信に満ちててお高く留まる奴を突いたら面白そうだなって思って、九条はどんな顔して泣くのかとか想像したらすっげー興奮してさ」
「悪趣味だな」
「で、九条のことを片っ端から調べて、俺に惚れさせてこっ酷く振って嗤ってやろうと計画してたはずなのに……あの時の九条の泣きそうな顔は思ってたのと違ったんだよ」

 あの時、というのは、恐らく初めて天久が『愛してる』と九条に向かって言った時のことだろう。

「『愛なんてくだらねぇ』って、すっげぇ辛そうな顔してお前が言うから頭から離れなくなってさ」

 九条はそこまで自分は酷い顔をしていたのかと内心驚きつつ、話の続きを促す。

「それだけでここまで俺に入れ込むか?」
「確かに性格には難あり、だな。でも、俺はどうしようもなく九条のことが好きなんだよ」
「ふっ、何だよそれ……理由になってねぇよ」

 思わず噴き出した九条を見て、ぴたり、と天久は動きを止めて凝視した。九条も突然固まった天久に釣られて天久をじっと見つめる。

「……普通に笑えるんだな」
「……俺を何だと思ってたんだ」

 真顔で驚きを伝えてきた天久に九条は呆れた顔で返す。天久はズボンのポケットからスマートフォンを取り出すと、九条に向けて構えた。

「もう一回」
「はぁ?」
「ほーら、笑顔、smile」
「馬鹿にしてんのかてめぇ」

 身体が動く状態であれば容赦なくぶん殴っているところなのだが、起き上がるだけでも激痛が走る今は手を出せない。

「とりあえず、今日一日は俺の部屋で大人しく世話されとけ」

 先程から天久のペースに乗せられているのが気に食わず、何か言い返そうと考えを巡らせてはみるものの、何を言っても天久には通用しない気がして反論するのを止めた。
 天久に背を向けて、九条は再び目を閉じる。

「……五時間経ったら起こせ」

 それだけを伝えて九条は寝息を立て始めた。
――無防備すぎるだろ。
 それだけ気を許されていると捉えていいのか。期待をしても、いいのか。

「あー……なんなんだよ、ほんと……」

 まだ今回の加害者達への処分が決まっておらず、風紀室へ向かわなければならないというのに、九条から離れることが嫌になってしまって。ぐしゃぐしゃと頭を掻き乱す。

「すぐ戻る」

 早く風紀室に行って、九条を襲った男達が退学するように脅して、ここに戻ってこなければならない。九条に手を出した人間を同じ空間に留めさせる気は更々ないのだ。
 自ら他の場所へ行きたいと志願するように、一本一本刃を突き立てていくだけ。足元から、確実に。
 天久には九条の身を守る為なら、手段を選ぶ必要などどこにもない。風紀副委員長に電話を掛け、今から向かうとだけ伝えて風紀室へ向かった。





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