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▼ パンツください!

 最初の出会い方が普通であったなら、まだ対応を考えていたはずだ。何事も最初が肝心と言うだろう、まさにそれだ。
 しかし、神楽木と星空の初対面は普通というものではなかった。ここまで酷い事態に発展するとは、その当時に神楽木は思ってもみなかったのだ。やり直せるのなら今すぐリセットボタンを押したい。
 その日は喧嘩の仲裁に入った後だった。なんてことはない、親衛隊同士の些細な喧嘩だった。双方の動きを止めて風紀室へ連行するだけの簡単な内容だったのだが、その内の一人がバケツいっぱいの水を相手にぶっかけているところに入ってしまったのだ。親衛隊二人と共に上から下までびっしょりと水を浴び、風紀室に置いてある予備の服に着替える羽目になった。
 そこへ居合わせたのが、新生徒会長として挨拶も兼ねて風紀委員会への書類を持って来た星空で。ノックもせずに星空は風紀室の奥にある仮眠室へ足を踏み入れた。その結果、濡れた服を脱ぎ捨ててパンツ一枚の状態である神楽木と対面することとなった。
 星空曰く、濡れて貼り付いていたパンツが異様にエロかったらしい。そのことについては生徒会の役員にしか打ち明けていない。
 別に神楽木のパンツだけが好きなのではなく、神楽木が穿いたパンツだから好きなのだと役員には力説している。ただ、神楽木を前にすると、破裂するのではないかと不安になる程バクバクと心臓が脈打ち、パンツだけを手に入れて満足してしまう変態ループに嵌まってしまっているのだ。
 この間、ノリと勢いで神楽木に初キッスをぶちかましてしまった後は、神楽木が猛ダッシュで出て行ってから我に返った星空は言葉にならない奇声を発した。

「今日もパンツ盗んだんですか」
「……習慣って怖いよな」
「もうこの先一生『パンツが好きな変態』としか思われないですよ」
「うぐ……、それは嫌だ」

 紺色のボクサーパンツを握り締めたままでは説得力がない。そのことに気付いているのかいないのかはさておき、神楽木に本気で告白をしない限りは進展も何もない。現段階で告白したところで断られるだろうとは誰も言わない。知りたくもない神楽木のパンツを、見せびらかされることがなくなればいいと思っているのだ。

「ならパンツパンツ言ってないでちゃんと告白したらどう?」

 神楽木のこととなると途端に頭の回転が鈍くなる星空は、役員達の言うことを実行する以外の選択肢を除外し、行動に移すことしか頭になかった。



 時を同じくして風紀室では副委員長が神楽木を叱責していた。その内容はもちろん、先日のパンツの件だ。
 神楽木ノーパン疑惑の沈静化と共に、実はあのパンツは副委員長のパンツだったのだと新聞部が記事を書いたことにより、副委員長のパンツはド派手というプライバシーに関わる情報が広まってしまった。完全な飛び火である。

「会長がでかくて男だってだけで他はめちゃくちゃドストライクなんだろ? まさかあれだけパンツ盗られて好き勝手されて大嫌いですとかそんなことないだろ? あ? もうパンツパンツうるさいの止めろ、付き合え。さっさと告白でもして付き合え」
「……ウィッス」

 ここで逆らうというコマンドを使っていれば、間違いなく即死ルートだ。触らぬ神に祟りなしとはこのことである。
 これ以上副委員長の機嫌を損ねることも、パンツを盗まれることも避けたい。神楽木は風紀室を出て、生徒会室へと向かった。

「あ」
「お?」

 生徒会室と風紀室はほぼ真逆の位置にある。一般生徒でも相談や駆け込みに来れるように風紀室は二階にあり、学科棟からも近い位置にある。対して、生徒会室は一般生徒は立ち入れない最上階の最も学科棟から遠い位置にある。
 最上階へはエレベーターに役員専用カードを差し込む必要があり、それがなければ最上階まで行くことは出来ない。
 その最上階に着いたエレベーターが扉を開けば、神楽木と星空が互いに目を丸くした。

「どっか行くのか?」
「神楽木こそ生徒会室に何か用事でも?」
「いや、生徒会室っていうか、お前に用があってだな」
「え、俺に?」

 神楽木が喋り出そうとしたところで、ゆっくりと閉まりかけた扉に慌てて開けるボタンを押してエレベーターを降りる。

「俺と付き合え、星空」
「付き合えって、どこに?」
「へぇ、まさかあれだけ毎日熱烈なラブコールをしておきながら冗談でしたーなんてことは言わねぇよなぁ?」

 笑顔で詰め寄る神楽木に、星空はまさに驚愕といった表情で後ずさる。

「え、急にどうしたんだよダーリン」

 ただならぬ雰囲気に星空は耐え切れず、いつもの軽いノリで詳しい説明を求める。神楽木の方からアクションを起こされたことのない星空は、どうすればいいのか分からないのだと誰が見ても分かる程にひどく狼狽えていた。

「ぶはっ、あんだけ積極的なくせに押されると弱いのかよ」
「え……いや……だって、話が唐突すぎるからそりゃどうリアクションしたらいいのか困るだろうが……」

 むぅ、と拗ねたように視線を横に逸らした星空。その姿が無性に可愛く見えて。
――振り回されっぱなしは性に合わねぇしな。
 この前のわざと作られた恥じらいは何とも思わなかったが、今、神楽木によって掻き乱され恥らう姿は悪くない、と神楽木は星空をまじまじと観察して思う。
 だから、少し、いや、かなり気分が高揚していたのだろう。気付けば、ぱくぱくと忙しなく動く星空の唇にぱっくりと食い付いていた。

「んんっ!?」

 ショートしたのではないかと思うぐらいにボンッと一気に赤く染まった星空の顔を見て、釣られて神楽木も自分の行動を振り返って、じわりじわりと赤面した。

「と、とにかく! 今日から正式にお前は俺のハニーだから覚悟しとけ!」
「う、え、はい……?」

 逃げるようにエレベーターに乗り、閉まり切った扉を見てから神楽木はしゃがみ込んだ。

「ああああああああっ何やってんだ俺は!」

 とても他人には見せられない言動のオンパレードが、神楽木の脳内を駆け巡る。見られていたら死ぬ。恥ずかしい。
過去の自分に対して頭を抱えている神楽木を乗せたエレベーターが下に着く頃。星空もまたしゃがみ込んでいた。

「なにがおこったんだ……」

 果たして今のは本当に神楽木であったのか。実はこれは夢なんじゃないか。そんなことをぐるぐると考えて、頬を抓る。

「いひゃい……夢、じゃない」

 唇に残る温かい感触を指でなぞり、せっかく治まりかけていた熱がまたぶわっと戻ってきてしまった。


*****


 あれから数日後。神楽木が目を覚ませばやはり星空が勝手に入り込んでいて。

「おはようダーリン」
「おはよう……ってだから何でパンツまた握り締めてんだよ! 嗅ぐな! やめろ!」
「これがないと落ち着かねぇんだよ!」

 付き合い始めても神楽木のパンツは毎日一枚ずつなくなっていて、特にこれといった変化は見られない。が、ふとした瞬間に、二人揃ってどうしようもなく恥ずかしくなり赤面し合うといういちゃつきを見せられる生徒会と風紀委員会の面々は、くっつけるタイミングを見誤ったなと後悔していた。


END.


2016.1.10発行 web再録


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