俺様 | ナノ


 03



「ただいま戻りました」

提出を終えた那智が帰ってくると、そこには双子に押し倒されている瑛と、助けようとしている恢斗、俯いて震えている夏希のカオスな光景が広がっていた。

「何やってるんですか……。前に言いましたよね? 抱きつくのはやめなさいと」

 那智の背後に魔王が見えるのは、気のせいにしておこう。何も見ていない、見えてなどいない。
 むぅ、と頬を膨らませて、瑠伊と結伊は那智に構わず瑛にしがみついた。

「だってナツがあっきー採寸してる時に、腰やっぱり細いーって言うから確かめてたのー!」
「だからってくすぐるな!」

 涙目になりながら瑛はハァと息をつき、額に浮かぶ汗をハンカチで拭っている。色気やらフェロモンやら、とにかく色々と垂れ流し状態だった。普段からふとした仕草に気品があって、口の悪さとは対照的なそれが一部の層にはとても人気がある。

「っ……! と、とりあえず! 恢斗は止めようとしていたようですからいいとして、夏希は何をしているんです?」

 あまりにも目に毒すぎる瑛から慌てて視線を逸らして、那智は夏希に詰め寄った。瑛と那智の様子をにまにましながら見ていた夏希は、突然ターゲットが自分に向いたことに驚きはしたものの、へらりとまた笑みを浮かべて那智の質問に答えた。

「え? いや〜仲がいいなぁって思ってぇ。っていうかぁ瑛エロいねぇ」
「あ?」
「何でもなぁ〜い。あ、那智も採寸するからぁ」
「夏希、一回殴らせてください。瑛も無防備すぎるからそんなことになるんです」

 素敵な笑顔のまま、那智はポキポキと音を鳴らした。準備万端、いつでも鉄拳制裁オーケー。夏希はひくりと頬を引き攣らせた。
 この綺麗な王子様フェイスに惑わされる人が多いが、那智は武道の達人なのだ。自分の身は自分で守るべしと、父親が雇ったありとあらゆる分野の体術のエキスパートから、みっちりと基礎から教わりすべてを習得している。

「いやぁ〜! 那智の殴るはマジで痛いからだめ!」
「うるさいですよ黙りなさい」

 ストッパー役であるはずの那智まで加わり、ぎゃあぎゃあと騒ぐ三人を、恢斗が間に入って場を落ち着かせる。

「まぁ、その辺にしておいたらどうだ那智。皆も賑やかなのはいいが、少し落ち着こう、な?」
「おにいちゃんだぁ……」

 泣きそうになっている夏希を宥め、怒っている那智を説得し、乱れている瑛の服装を整える。その一連の動きに無駄な動きは一切なく、こういったことに慣れていることが分かる。

「そうだ、今日は食堂でプリンを買ってきたんだ。食べるか?」

 恢斗が冷蔵庫から取り出したプリンは、食堂のデザートメニューで不動の一位を誇る人気メニューだ。それに真っ先に食い付いたのは綾瀬兄弟で、ぴょんぴょんと嬉しそうに飛び跳ねている。

「やったね結伊、プリンだって!」
「やったね瑠伊、おいしいプリンだよ!」
「ちゃんと人数分あるから慌てなくても大丈夫だぞ」

 バタバタと駆けていく綾瀬兄弟に、那智はやれやれと溜息を吐いて自分の席に座る。恢斗がせっかく円満にこの場を治めてくれたのだ。わざわざ蒸し返してまで追及するほどのことではない。強いて言うなら、那智としては、瑛には少し危機感というものを持ってもらいたいところではあるのだが。
 こうしておやつを食べ終えたら、なんとかまた仕事に取り掛かる生徒会。こんなことは日常茶飯事であり、着々と恢斗のお兄ちゃんスキルが磨かれていっている。



 数日後、歓迎会まであと三日の生徒会室には、女の子が二人いた。

「結伊似合ってるよー」
「瑠伊似合ってるよー」
「っていうかこの衣装が僕らに似合わないわけないよねー」

 瑠伊は赤、結伊は青のフリルドレスを着て、いつもちょこんと結んでいる前髪は下ろして、清楚な仕上がりになっている。顔立ちが元から可愛らしい上に、体格も然程良くはないので、違和感はまるでない。楽しそうに手を繋いでくるくる回ったりしている。

「本当に女の子みたいだねぇ〜」

 今、生徒会室では、仮装パーティー用の衣装の試着が行われている。嫌がる瑛を那智と夏希がうまく言い包めて、現在に至る。

「夏希……この服は何なんですか?」

 奥の仮眠室から出てきたのは、どこからどうみても女王様な那智だった。ただし、那智がいくら細身であるとはいえ、男らしさは拭いきれない。

「何って女王様ぁ、もっとフリフリの可愛いのが良かったぁ?」
「いえ結構です。夏希はチャイナ服ですか」
「似合う〜?」
「見た目だけはいいんですから似合っているんじゃないですか?」

 那智は腕を組みながら、見た感想を素直に言った。それは本当に小さな声であったが、夏希には聞こえていたようで、ぱっと顔を明るくした。

「那智はツンデレも持ち合わせてるなんて……!」
「なっ、今の聞こえ……! やっぱり似合ってません! それにそのツンデレって何ですか!?」

 わいわいとしていると、着物の胸元を大胆にはだけさせて着た恢斗とメイド服を着た瑛が、着替えを終えて出てきた。

「意外と可愛い」

 生徒会役員達の瑛を見ての第一声が、それは見事にハモった。
 綾瀬兄弟はもちろん、那智や夏希は美人系の顔立ちで、女装してもまぁ似合うだろうと予想出来ていた。
 しかし、瑛は恢斗に比べれば細身であるとはいえ、男前に分類される凛々しい顔立ちと体格の良さは、誤魔化さなければならない。
 夏希がここで講じた策は二つ。大きなリボンとメイド服だ。リボンで女子らしい愛らしさを出し、肩のごつさを丸みのあるシルエットのメイド服を選ぶことで和らげる。さらに、スカートにボリュームをもたせることで、きゅっと締まったウエストとスカートから伸びるスラリと長い脚を強調している。
 髪色は瑛と同じ黒髪で、ロングのウィッグをツインテールにして青いリボンでまとめた。スカートは膝上で黒のニーハイと、リボン以外は黒で統一され、肌の白さが際立っている。
 男らしい部分に視線が集中しないように他を目立たせれば、違和感は多少あれど見れないものではなくなる。

「フン、可愛いなんざ言われても嬉しくねぇ。俺だけヅラまで被っておかしいだろ」

 夏希はうまくいったと喜んでいるが、完全に瑛はご機嫌斜めである。これは想定内のことなので、夏希はちゃんと瑛が食べたがっていた限定販売のチーズタルトを用意している。不服そうにしながらも、許してくれるだろう。
 一番夏希を悩ませたのは恢斗の衣装だった。恢斗はどう足掻いてもオカマにしか見えず、親衛隊の子達のことも考えると恢斗は女装を止めておくべきと判断し、夏希はもう一度考え直した。
 その結果、男らしさをより追及したらいいんじゃない? と夏希は閃いた。きっちりと着物を着て出てきた恢斗に「もっと肌蹴て!」と指示を飛ばし、困惑した様子の恢斗に苦笑いされたが、理想を現実にするためなのだ。夏希は苦笑いの一つや二つ、気にしてなどいられなかった。





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