俺様 | ナノ


 02



 瑛が帰った後、夏希を筆頭に役員達で瑛の衣装についての会議が行われたのは、役員達だけの秘密である。瑛が居れば、確実に幻滅されていただろう。
 そもそも、瑛が生徒会会長になった日も、似たような感じで決まったのだ。
 要は、瑛にとって不可能なことはない。その高いプライドを逆なでされれば、瑛は乗ってくるのである。瑛は馬鹿ではない、単純なだけである、たぶん。
 三月の終わりに生徒会入りを決められていたが、拒否した瑛は理事長である煌海真に、役員達も一緒に呼び出されていた。
 理事長室には、収納性に優れた上品な棚や本棚が数多く置かれており、スペースが埋まっているせいか少し窮屈な印象がある。派手な装飾品もなく、学園内では質素なイメージを与えるような部屋だ。
 その部屋に、理事長と秘書が居た。

「待っていたよ」

 にこりと優雅に微笑みながら、理事長は瑛たちを出迎えた。非常に若く見えるが、もうすぐ四十を迎える。

「深雪さん、お茶でも用意してもらえるかい?」
「はい、承知しました」

 深雪と呼ばれた黒縁の眼鏡をかけた綺麗な女性は、顔色ひとつ変えずに奥のスペースへ消えた。

「お茶なんていいですよ、返事はどれだけ粘ろうと俺は会長なんか、んなもんやりませんから」
「そんなこと言って拒否出来るとでも? それとも会長をやる自信がないのかな?」

 どっちだい? と、愉しそうに理事長は瑛に問い掛けた。

「俺は今まで何でもやりとげてきた、欲しいものは手に入れてきた。それはこれからも変わらない。だが生徒会なんざ、全校生徒と教師らの雑用係みたいなもんだろ……面倒くさいだけっすよ」

 眉間に皺を寄せながら、吐き捨てるように瑛は言った。
 しかし、それでも理事長はにこにこと笑みを浮かべている。
 瑛は理事長のことが苦手なのだ。何を考えているのか読めない。穏やかな物腰と口調とは裏腹に、こうして執拗に瑛に会長職を勧めてくるのも、何か裏があるのではないかと疑ってしまう。

「君は誰よりも統率力があって賢いと思っていたのに残念だよ。面倒くさい……ねぇ?」

 探るような理事長の言い方に、瑛は怪訝そうにした。

「何か言いたいことでもあるんすか」
「いや、御堂コーポレーション次期当主である瑛君ほどの人間なら、会長の仕事なんてすぐ終わっちゃうでしょう? なら、面倒くさいよりも簡単すぎて飽き飽きしちゃうんじゃないかなってね」
「……要は俺が逃げてるとでも?」
「ふふふ、違うかい?」

 にっこりと笑う理事長に、瑛はますます眉間に皺を寄せる。すっかり相手のペースに呑まれてしまっている。それが気に入らない。

「お茶とお菓子をご用意致しました。どうぞ」
「ありがとう、今日はダージリンとアップルパイだね。皆も遠慮せずどうだい? あ、生徒会に入れば毎日、深雪さんお手製のおいしいお菓子とお茶を用意するよ」

 瑛はアップルパイをじっと見ていた。若干、いや、かなり目を輝かせながら。
 そんな瑛を、他の役員達は気づかれないように見ていた。そして、そんな彼らを、理事長は相変わらずにこにこしながら見ていた。

「御堂様は会長にはなられないのですね、さすがの貴方様でも学園をまとめきるのは不可能ですか」
「何だと?」

 変な光景になりつつあった理事長室で、今まで黙って理事長の指示に従っていた秘書は、突然口を開いた。

「出来るのならば会長になればいいと言っているのです。私は理事長が仰っていた通りだと、御堂様を拝見して思いましたが違いますか?」

 感情の一切ない、冷徹な声色で瑛に言った。理事長とは正反対のタイプではあるが、こちらも全く表情を読み取れない。瑛はどう出るべきか躊躇った。
 理事長は少し驚いた表情をしていたが、すぐにまた愛想のいい笑顔で、秘書に話しかけた。

「深雪さん、人にも得意不得意があるんだ。瑛君もそれは同じだよ」
「なるほど。なら、その程度の人間でしかなかった、ということですね。……私は御堂様が次期当主となられると聞いて期待していたのですが」

 無表情から一転して、完全に呆れる態度を取る秘書。勝手な憶測だけで他人から低い評価をされて、瑛も黙ったままではいられなかった。

「さっきから好き勝手言いやがって……会長? そんなん俺が出来ねぇわけねぇだろ。なんだろうがやってやるよ」

 他の役員達も瑛が会長になるのならと、それぞれの役職に就くことに同意し、今の生徒会がある。
 瑛がいるからこの生徒会は成立し、とことん瑛を中心に回るのである。

 しかし、瑛や役員達は知らない。
 瑛が生徒会会長になることは、投票で選ばれたからというだけでなく、必然的だったことを。それを仕組んだのは、目の前にいる二人だということを。
――もう一人、瑛が会長となったのを、喜んだ人物がいることも。



 生徒会役員達が出ていった後、理事長と秘書は先程までの落ち着きはどこへやら。同一人物か疑いたくなるほどに、おおいに盛り上がっていた。

「深雪さん見た? あの瑛君のにやり顔! 攻めの子達みんな顔赤くしちゃって、思わず叫びそうになったよ」
「それもGJ! 個人的にアップルパイが好きな瑛君マジ天使! もうそのまま誰か持ち帰っておいしく頂いてしまえ! けしからん、もっとやれ!」
「深雪さん本当に演技巧いよね。今の深雪さん見たら確実に引くよ皆」
「構わん、私に萌えを分けてくれ」

 二人のマシンガントークは、日が沈むまで延々と続いた。



*****



 煌海学園は全寮制男子校で、周りからは『金持ちばかりがいる学校』と言われている。
山を開拓して造られた敷地は、無駄に広い。豪華な校舎と寮、体育館等の施設がこれまた無駄にでかい。
 閉鎖的な空間であるからか、思春期真っ盛りな生徒達は、欲の捌け口に同性へと走る者が多かったりする。つまり、「同性愛? なにそれ普通ですけど何か?」といった感覚を、自然と身に付ける。
 そういったことに全く染まらない人も、少数ではあるが当然いる。瑛もその一人である。彼らは生徒会から新入生歓迎会について説明があっても、まぁ堅苦しい行事じゃないならいいや程度に聞いていた。
 しかし、大多数の生徒にとっては学校行事ひとつひとつが、生徒会をはじめとする憧れの人に接触出来る一大イベントなのだ。

「ねぇねぇ聞いた!? 今年の歓迎会仮装パーティーなんだって! しかも生徒会の皆様も仮装されるんだよ! 僕嬉しすぎて……」
「それ本当!? 可愛い服を用意しなくちゃ!」
「瑠伊ちゃん結伊ちゃん、きっと可愛いだろうなぁ」
「水城様の美しいお姿が見れるんだろうな……!」

 どこの教室もそんな話で持ちきりになっていた。
 一年生はまだ変な方向でそこまで盛り上がりはないものの、パーティーというのに期待はしているようだった。だが、彼らはこの学園の仮装のレベルを知らない。
 『金持ちばかりがいる学校』というだけあって、何でも親や自分のツテで調達が出来る上に、それにかける費用も桁違いなのだ。そうなると、クオリティも高くなってくる。

「瑛、今日締め切りの分終わりましたので提出してきますね」
「あぁ。歓迎会の方はどうだ?」
「皆楽しみにしてくれてるみたいだよぉ〜。仮装も可愛いの着るんだ〜! って張り切ってるっぽいしぃ〜」
「……そうか」

――男子しかいないよな?
 何故可愛いのを着るんだと、瑛は頭を抱えた。生徒達の方向性が少し心配になる。遠い目をしている瑛をよそに、夏希はカバンからメジャーを取り出した。

「みんなの衣装用意するから、後で採寸するね〜」
「では、早めに提出してきます」

 那智が書類を抱えて生徒会室を出ていったことにも気づかないまま、瑛はひたすら考え込んでいる。
 そんな瑛の様子に苦笑いしながら、ふと恢斗は思っていたことを夏希に尋ねた。

「ところで俺たちは何の衣装を着るんだ?」
「まだ秘密〜」

 夏希はぱっちりとウインクをしながら答えた。はぐらかされはしたが、瑛が全員女装を条件にしたのだ。期待は出来そうにない。

「お手柔らかに頼むよ」
「ちゃんと似合うのを選んだからぁ心配しないで」
「いや、それを言われると心配になるんだが……」

 生徒会役員の中で恢斗が一番しっかりとした体格をしている。顔立ちもキリッとした男前で、どう足掻いても女装したら大惨事になる姿しか思い浮かばない。
 視界の暴力になりかねないものを大勢の前に曝け出して、本当にそれで大丈夫なのか。不安を抱えたまま、恢斗は大人しく夏希の指示を待った。






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