俺様 | ナノ


 03



「初日から遅れてくるとはいい度胸してますね」
「人生という名の道に迷っていたら遅くなりましたすんません」
「まったく反省してないでしょう」

 ふふふ、と上品に笑っているようで、那智の目はまったく笑っていない。もともと乗り気ではなかった依頼で機嫌が悪かった上に、相手はこの大遅刻で反省の色なしだ。
 優しくする必要がどこにある。いや、ない。そう結論を出すまでわずか一秒。
 とげとげしい雰囲気を隠すことなく、那智は面倒臭そうに目の前の男に目を合わせた。とは言っても、目元を覆う長い前髪の所為で、きちんと目が合っているのかは分からないのだが。
 写真で見ただけでは根暗そうだと思っていたのだが、それはハズレらしい。なかなかいい性格をしている。ただ、その鬱陶しい髪型をどうにかしなければ、ここでの生活は苦労するだろう。
 しかし、そこまで面倒を見るようには言われていない。世話を焼いたところで那智にはメリットが何一つない現状で、そのことについて指摘するはずもなく。

「……まぁいいです。僕は生徒会副会長をしています水城那智です。貴方を理事長室まで案内するために来ました」
「ご丁寧にどうも。知っているとは思いますけど煌海碧です」
「えぇ理事長から聞いています。時間も過ぎていますし逝きましょうか」

 にっこりと、それはもう素晴らしいとびっきりの笑顔を向けた。その笑みの対象が、那智の親衛隊なら大喜びしていただろう。残念ながら編入生――煌海碧は、完全に引いている。

「俺、ちゃんと案内してもらえるんですよね?」
「冗談ですよ、冗談。仕事はきっちりしますよ」
「仕事は、ね……」

 不安を抱えつつも那智についていくしかないので、碧は異様に早歩きな那智に置いて行かれないように、歩くペースを上げた。
 そうして言い合いながら理事長室へと向かう二人を陰から見ていた例の集団は、「王道イベント総スルー、だと……」と全員が肩を落とした。

「だから言ったじゃんかぁ〜、王道展開はないってぇ」
「ま、まだ食堂がある……! 夏希! 生徒会メンバー全員食堂に連れてきて僕に萌えをちょうだいよ」
「凜、諦めも時にはいるんだよぉ。生徒会はみんな瑛とランチがお決まりなのぉ。しかもさぁ編入生君背ぇ高かったじゃんかぁ〜! 受けは小さい華奢な子しか駄目って凜いつも言ってるの早速アウトじゃないのぉ〜?」
「うぅっ……夏希今すぐチワワちゃん捕まえてきて公開プレイしろよバカぁああっ! 夏希×柚でもいいから!」
「だが断る」

 夏希と柚が見事にハモった。その後しばらく、凜は屍のようだった。



 コンコンッと静かな空間に扉を叩く音が響いた。

「どうぞ」
「失礼します、編入生を連れてきました」

 扉を開けた先では、理事長と秘書が優雅にモーニングコーヒーを飲んでいた。
 しかし、机の上にあるのは、よくスーパーで売られているインスタントコーヒーだ。

「随分と庶民的なんですね」
「インスタントを舐めたらいけないよ? それに贅沢しすぎるのはよくないね、たまに贅沢するからこそ価値を見出だせるのだと思わないかい?」
「そう考えるのも否定はしませんよ」
「水城様も一杯いかがですか?」
「いえ、結構です。生徒会室に戻ります」
「あぁ、ありがとう」

 那智が理事長室から出ていった後、碧は口を開いた。

「真さん、なんで姉さんがここに?」
「あーちゃん久しぶりね! すっかり男らしくなっちゃって残念だけど碧×瑛君萌えるわ! 昔なら受けだったけど今の碧なら攻めね! でもその頭どうにかした方がいいわ!」
「とりあえず姉さんは相変わらずっていうかパワーアップしてるな。姉さんこそ頭をどうにかした方がいいぞ」

 久々の姉弟の再会であるのに、なんとも残念な会話である。

「碧君久しぶりだね。最後に会ったのは碧君が小学生くらいの時だったね。深雪さんは秘書兼アシスタントでね」
「お久しぶりです真さん。……あぁそうですか、そういえば真さんも姉さんと同じなんとかって奴でしたね」
「碧君には期待してるよ。瑛君なら生徒会会長をしているから」
「キスでもしてそのまま押し倒してしまいなさい! あーちゃんなら出来るわ!」

 盛り上がる二人が面倒になった碧は、担任があまりにも遅いので、何かあったのかと呼びに来るまで夢の中へ旅立っていた。



「よし片付いたな」

 碧が来た次の日、春先から続いていた行事も終わり、生徒会の仕事も落ち着いたので、瑛達は久々に授業に出ることにした。
 生徒会及び風紀委員会所属の生徒は授業免除制度があり、忙しい時期はめったに授業には出ない。各学年にはランキング上位者及び各委員会委員長・副委員長をひとまとめにした特別クラスがあり、そこで授業を受けるのでみんな同じクラスである。

「御堂様だよ! 生徒会の皆様もいる!」
「こんなに近くで見られるなんて……!」

 教室の方へ行く途中で生徒会メンバーが全員揃っているということもあり、人が大勢集まってきて混乱していた。が、事前に知らされていた生徒会会長親衛隊が手を回していたので、それ以上大事にはならず、すぐに混乱は収束した。

「配慮が遅れてすみませんでした」
「いや、助かった。神村」

 瑛達に申し訳なさそうに頭を下げて詫びた彼は、生徒会会長親衛隊隊長である神村綴。図書委員長も務める眼鏡の似合う青年だ。二年でありながら、的確な状況判断力と冷静で真面目な性格から委員長を任されている。親衛隊隊長を任されているのも、前任の先輩からの推薦である。
 会長親衛隊には隊長だけで副はいない。ルールが守れない生徒は親衛隊には入れない仕組みとなっていて、瑛に害を及ぼさないよう徹底している。そのため、瑛が何か迷惑だとか言わない限りは親衛隊は動かない。
 見守っていることがほとんどなので、隊長だけで十分なのである。周りからは"御堂様を見守り隊"と陰で呼ばれている。

「授業頑張ってください、それでは失礼します」
「本当に助かりました」
「「つづりんまたねー」」
「ありがとぉ〜」
「神村、いつもすまないな」

 生徒会メンバーにも信頼されている親衛隊隊長である。教室に入ると一瞬ざわついたがすぐに「久しぶり!」など、生徒会入り以前と変わらず話し掛けてくるクラスメイト達。特別クラスではちやほやされることもなく、毎日騒がれている生徒達にとって居心地がいい場所となっている。
 しばらく談笑していると、いい加減席に着けと担任の教師に皆揃って怒られた。



「「終わったー! 早くお昼食べに行こうよ!」」

 午前中の授業が終わり、チャイムが鳴り終わると同時に双子は席を立った。

「このまま食堂行くとまたパニックになるだろ。神村に連絡するからちょっと待て」

 そう言って、瑛は電話をかけ始める。それから数分ほどで生徒会親衛隊員らによる計らいで、スムーズに食堂まで辿り着いた。
 食堂では視線は物凄く感じるものの、騒ぐ者は誰一人いない。特別クラスといえど、皆平等に普通のテーブルに座る。
 ただ、生徒会メンバーの周りのテーブルには誰も座らず、少し離れたところに座っている。一度、普通に食堂に来て席についた途端に、隣接するテーブルの奪い合いが起きたことがある。それ以来、生徒会役員はなるべく食堂を使わないようにして、利用する時は生徒会でまとまり、周囲は特別クラスの生徒のみか空席にするのが決まりとなってしまっている。
 悲鳴や雄叫びで騒がしい彼らが静かにしているのは、憧れの人の声を聴きたいからである。

「はぁ、変に静かってのも不気味だな」
「気を遣わせすぎてるな……」

 そんなファンの心理を知る由もない瑛と、申し訳なさそうにしている恢斗。二人以外はこの静寂の見当がついているが、あえて口にはしない。

「とりあえずお昼食べましょうか」
「「僕らもうお腹空きすぎてげっそりー」」

 レストランと同様に、注文した料理はまとめてウエイターが運んでくる。テーブルに並べられていく出来立ての料理を前にして、瑠伊と結伊のお腹がぐぅと仲良く鳴った。既にフォークとナイフを持ち、食べることに集中している双子の向かいで、恢斗が手際よくサラダを小皿に分けていく。
 結伊の左隣に座っている夏希は、サラダを受け取りながらぼそりと呟いた。

「……まさかの食堂来ちゃったよぉ、なにこれフラグ立つの?」
「なんか言ったか? 夏希」
「ううん、それより瑛がオムライスって可愛い〜」
「可愛いってなんだよ。ここのオムライスがうまいから頼んだだけだ」

 まさか聞き取られるとは思わず、夏希はだらしないと言われる緩い笑顔で話題を変えた。夏希の向かいにはデミグラスソースのかかった、ふわふわのオムライスが湯気を立てている。
 オムライスには料理長の気分で、毎日違った小さい国旗が立っている。ちなみに今日はフランスだ。
 お昼を食べ始めてしばらくして、入り口の方で歓声と批判が入り混じった悲鳴が聞こえてきた。

「騒がしいですね」
「……ウソでしょ、こっちに近づいてきてない〜?」

 食堂にいた全員の視線が騒ぎの中心へと向く。

「駄目だってば碧君!」
「関わらん方がえぇよ、碧」
「俺はどうなっても知らねぇからな!」
「どうしても会いたいんだ。岳は心配してくれてるんだよな? 俺ならまぁ大丈夫だろうし」
「べ、別に心配なんかしてねぇ!」

 二年で有名な三人組と見慣れない生徒。しかし、その特徴的すぎる髪型には見覚えがあった。那智は露骨に嫌そうな顔をしている。
 碧を止めようとしていたが、四人はそのまま生徒会のテーブルまで来た。瑛の横に立ち、碧は嬉しそうに口を開いた。

「約束通り会いに来た、瑛」






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