ニコイチ | ナノ


 02



 教室へと戻る道中、三森は一夜に外で寝るのをやめて欲しいと懇願していた。今までも散々言ってきたのだが、一夜は三森の意見を全く聞こうとしない。
 危険性については、一夜がよく知っているはずなのに。

「本調子じゃないのは俺の所為でもあるけど、尚更外で寝るのは避けるべきじゃないの?」
「あんなに激しくされるとは思わなかったんだよ」
「昨日は、まぁ、久しぶりだったし……それに、最初に誘ってきたの一夜じゃん」
「大会で一位獲ったらご褒美やるって約束してたし、確実にお前が喜ぶだろうなって思ったのがアレしかなかったんだよ」
「う、……まぁ、そうだけど……」

 一夜の言うことに、否定するべき点は何一つない。ご褒美が欲しいと言ったのは三森だ。それに、昨日の夜に突然貰ったそのご褒美も、確かに三森が最も喜ぶものだった。

「ここなら風紀が近くにいる。それに、お前がすぐ迎えに来るだろ」
「……俺に迎えに来てほしいって意味で捉えていいの?」
「さぁどうだろうな」

 悪戯が成功した子どものように無邪気に笑顔を見せる一夜に、三森は心底悔しそうに唇をきゅっと噛んだ。
 弄ばれている悔しさよりも喜びが上回り、どうリアクションをすべきか混乱しているのだ。

「ホント喜んだり怒ったり忙しい奴だな、面白くて飽きねぇわ」
「ハァ……誰の所為で振り回されてると思ってるの……」
「まぁ、三森のそういう分かりやすいとこ、好きだけどな」

 ぽかんと口を開けたまま、三森は立ち止まった。今、一夜は何と言ったのか。聞き間違いでなければ、好きだと言ったはずだ。

「え、ズルい……待ってよ一夜!」

 全くそういうことを言わないのに、不意打ちで言うなんて。ズルい、嬉しい、訳が分からなくなってくる。
 振り向いた一夜が青い目を細めて三森を見る。出会った時から、一夜には敵わないのだ。



*****



 三森と一夜の出会いは、一年前の春ーー新入生歓迎会の時だった。正確に言えば、三森が一夜の存在を知った日だ。
 三森は中高一貫校である桜ヶ丘学園に中学一年から在籍している。それ故に、誰が来るかも分からない場所で無防備に惰眠を貪る姿は、酷く危機管理のなっていないものとして目に映った。
 三森自身も、入学してしばらくは意識していなかったのだ。この学園の特殊なコミュニティーと、異常とも言えるルールを知らないままでは、非常に危険であるということを。
 高校からの編入生であるならば、ここの特殊な事情を教えておくべきだろうかと、三森は男に近づいた。

「こんな所で寝てたら危ないよ」

 三森はそっと近寄り、声を掛けた。よく見れば、風に揺れる髪は綺麗に銀に染められてあり、鼻筋の通った端整な顔立ちをしている。
 親衛隊が作られていてもおかしくはない。かなりの美形だ。
 その双眸がゆっくりと開かれ、三森の姿を捉えた。夏の晴れた空のような透き通った青い目が現れる。何度か瞬きをした後、緩慢な動作で彼は身体を起こした。

「……」
「外部からの編入生だよな?」
「……」
「ここ、中庭より静かだし昼寝にはうってつけなんだけどさ……トラブルも起きやすいらしいから、一応伝えとこうと思って」
「……」
「起こしちゃってごめんな、それだけだから」

 相手が話をちゃんと聞いているのかさえ微妙な雰囲気のまま、三森は来た道を戻ろうとした。

「にゃー」

 しかし、猫が彼の横からひょっこりと顔を覗かせたことによって、三森は動きを止めた。

「なんで猫がこんなとこに……?」

 その三毛猫は三森に一度視線を向けただけで、興味をなくしたようにそっぽを向いてしまった。仰向けに寝転がっている彼に寄り添うように、脇腹と左腕の間に入り込み、くあ、と欠伸を漏らした。

「また来たのかお前……」
「にゃあ」
「今日は何もねぇぞ」
「にゃー」

ーーイケメンが猫と会話してる……。
 インパクトのある光景に、三森は目が離せなくなっていた。が、まだいたのかと言わんばかりに鋭い視線が突き刺さり、三森は慌てて踵を返した。



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