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 03



 保健室まで辿り着くと、圭太はガラリとドアを開けた。コーヒーを飲みながらくつろいでいた保健医が、驚き固まっている横を圭太は通り過ぎ、ベッドに明衣を降ろした。
 そして、保健医が固まったままでいるのをいいことに、勝手に戸棚を漁り湿布を見つけると、それをぴたりと明衣の腕に貼った。

「あの転入生どう追い詰めてやろうか……あぁうぜぇ」

 無表情のままぼそぼそと呟く圭太に、明衣は真っ青になった。確実に圭太が怒っている。
 しかも、容量オーバーしているか怒りの琴線に触れたか、どちらにせよここまで圭太を怒らせてしまったあの転入生が、これから無事に学園生活を送れる確率は極めて低い。

「あの取り巻き共も叩き直さねぇとな」

 ニヤリと笑みを浮かべた圭太を見て、明衣は御愁傷様と心の中で呟いた。




*****



 昔から圭太はあまり感情を外に出さない子どもだった。
一人で絵を描いたり、積み木をしたり、本を読んだりするのが好きだった。興味を持ったものはとことん追究する、それ以外は無に等しい。誰に対しても物怖じせず、非常にはっきりとした性格をしていた。
 圭太が小学校に入学する前の春、隣の一戸建てに新しい住人が引っ越してきた。四人家族らしく、揃って挨拶に来た。

「圭太、挨拶なさい」
「はじめまして、なんばけいたです」

 両親に言われ挨拶をしたが、視線は名も知らないさらさらな黒髪と、ぱっちりとした目が綺麗な同い年くらいの子に固定されたままだった。
 その子の隣に立っている、同じくさらりとした黒髪を可愛らしくポニーテールにしている女の子がにこりと笑った。

「わたしは皐月、よろしくね。明衣もほら、あいさつしなきゃダメでしょ?」
「てんのうじめいだ、なかよくしてやってもいいぜ」

 直後にごちん、と明衣の頭に皐月の拳骨が落ちる音がした。目を丸くした圭太に皐月はいきなりびっくりしたよねと慌てて拳骨を隠したが、圭太が驚きを露にしたのは皐月の拳骨ではなく――。

「あ、男の子なんだ」
「へ? うわっ」

 姉の皐月にそっくりな明衣が同じ男であることに驚き、明衣のズボンの中をまじまじと覗き込んでいた。

「おれはおとこだ! ちんちんついてるだろ!」
「ちっちぇえけどな。さつきとめいってトトロだろ、めいちゃんだ」
「ばかにすんな! おれだけみられたのズルい、けいたもみせろ」

 こうしてふざけた出会いを果たした、表情がコロコロと変わる我が儘で綺麗な男の子は、圭太にとって初めての友達になった。そして年月を経ていくと共に、圭太の中を占める明衣の存在は大きなものになっていた。
 小学生の頃から、顔立ちの良い明衣は周りから持て囃されていた。常に明衣の周りには人がたくさん集まり、輪の中心で楽しそうに笑う明衣を、少し離れた位置から見ているのが圭太は好きだった。基本は一人で静かに過ごすことが好きなので、明衣が遊びに誘ってきたら乗る程度であった圭太の印象は大人しい、物静かなイメージが定着していた。
 人気者の明衣に、中には嫉妬する子もいた。上靴を隠してみたり、ドッジボールで執拗に明衣だけを狙ったり、嫌がらせをするグループがいたのだ。
 しかし、明衣が知らない内にその嫌がらせの現場に圭太が乱入して、次の日には明衣の元へ皆必死に謝りに来る。挙げだすとキリがないが、全て圭太によって明衣への障害が解消されていた。
 それと同時に圭太は誰にも負けない強さを手に入れていた。
 基から運動も勉強も出来る文武両道な圭太は、明衣から見てまさに完璧な人間だった。
 滅多に怒らない圭太だが、明衣を傷付けようとする者には即キレる。圭太のプライベートに介入しようとすれば、いつかはキレる。着火点は少ないが発火までが速いのだ。
 後者で圭太が中学卒業間近の冬にキレて、明衣も圭太の恐ろしさは経験済みである。だから、高校に上がってから今まで全く、圭太と接点を持つことを許されなかったのだが。



*****



「もう怒ってねぇのか?」

 そう言って、圭太の様子を恐る恐る窺う明衣の頭をぽんぽんと撫でながら、圭太は穏やかな笑みを見せた。

「約束守ったしな、めいちゃんにしちゃ上出来だ。一人でよく頑張ったな」
「その呼び方止めろよ! それに猿にも手伝ってもらった所あるし」
「猿……あぁ、雫ちゃんだったか?」

 そう圭太が言った瞬間、スパァアンと扉が開かれた。

「その呼び方すんなやボケェ! お前ら何もかもほっぽらかして逃げよって……、どういう関係か話詳しゅう聴かせてもらえんのやんなぁ?」

 般若の出現に、今まで空気と化していた保健医が半泣きになりながら奥の方へ逃げていった。保健医が魔王様と鬼の風紀委員長のやり取りにガタガタと隅の方で丸まっていてだんだん可哀相になってきたので、場所を風紀室へと移すことにした。
 移動する際には風紀委員に連絡を取り、面倒な一行に出くわさないよう細心の注意を払いながら。



「王様の幼なじみで、王様以上にえぇ性格しとんのはよう分かった。で、今さら何しに出てきたんや?」

 明衣が雫に圭太との関係についておおまかに話した。雫はどうしてもっと早く明衣を助けようとしなかったのかと、非難するような物言いで圭太に詰め寄る。
 恵が来てから、明衣は差し出された雫の手も借りず、一人で仕事をこなしていた。
 今の話からすれば、明衣が約束していると言っていた相手は圭太だということは容易に結び付く。過去に何かあったのだろうとはいえ、大事な人を追い込むようなことをして今まで放置してきたことは、いつ倒れてしまうかも分からない状態にあった明衣を間近に見てきた雫には理解出来なかった。

「約束してたから、俺は口を挟まなかった」
「その約束って何やの?」
「何かやり遂げたら、俺はめいちゃんのことを認めるって昔に約束したんだよ。すぐ忘れると思ってたんだけどな」

 そう言った圭太に、明衣はムッと不機嫌そうに険しい表情を浮かべた。

「俺は一日も約束を忘れたことはねぇぞ」
「まさかとは思ったけどな」
「また友達になってくれるんだろ?」

 明衣の言葉に圭太は静かに自分の想いを口にした。

「俺はあの時も言った通りめいちゃんのことを友達、親友……んなもんだとは思えない。友情で好きじゃねぇんだ、恋愛の意味で好きなんだよ。理解できてるか?」
「恋愛……、友達とは思えないってそういう意味で……?」

 明衣は目を丸くした。ずっと、自分は圭太に嫌われたのだと思っていたのだ。圭太がいない日々は非常に退屈で、何か足りなくて、常に圭太の存在が脳裏をよぎる。どれだけ圭太に依存していたのだろうかと自分でも驚くくらいに、明衣は圭太のことを信頼し、尊敬し、そして好意を抱いていた。
 圭太がいつも一緒にいる。それが高校に入るまでは当たり前だった。その関係が心地よく、圭太とずっと一緒にこうしていられたらいいのにと思っていた。




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