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 楽園ならそこにある



 公式が最大手、なんて言葉をよく耳にするだろう。あぁ、夢じゃなかったんだと拝み倒し、噎び泣き、興奮したままその勢いでペンを取った経験もあるだろう。

「幸せすぎてツライ」

 ここに一人、その無限ループに嵌まってしまった男がいた。彼の名前は猿渡誠司、腐男子である。
 男女別になっている西宮学園に来れば、生BLが拝めるのではないか。そう考えて、もともと好きでやっていたカメラ撮影の腕を磨き、写真学科に成績優秀者として入学を決めた。――それが五年前の話である。
 長く生BLを見ていたい、その一心で留年している。広報部部長として学園行事や連絡事項をまとめて掲載、配布をしている傍らで、情報屋として動いたりしている。
 情報の報酬は誠司からのBL的なお願いばかりなので、利用する者は滅多にいない。その為、一日の活動の大半を占めるのはそういった観察になっている。
 誠司が先程ツライと話していたのは、学園内を騒がせているあるカップルのイチャイチャぶりについてだ。

「ほんま魔王様、あれ絶対狙ってやってるわ」

 ソファに身体を沈ませて、誠司は黙っていればイケメンと持て囃される顔をニヤニヤとだらしなく崩している。そんな姿を咎めるように、一人の男がズカズカと書類の束を丸めながら誠司に近付き、それを容赦なく誠司の頭へめがけて振り下ろした。

「いちいちここ来るんやめてや兄貴」
「暴力反対や、泣くで!」
「勝手に泣いとけ!」
「弟が反抗期……!」

 誠司が今いる場所は、弟である雫が統率している風紀委員会の部屋で、当然他の風紀委員もそこにいる。誠司が雫の元へと駆け込んでくる回数が、ここ数日で格段に増えた為、気にする者は少ないのだが。
 雫の友人である生徒会長の天王寺明衣と、最近知り合った南波圭太。彼らのイチャつきっぷりがけしからんのだと熱弁する誠司に、何故自分が友人の恋愛事情はともかく性事情まで把握せねばならぬのか。解せぬ。そう切り返しても、誠司が二人の話を止める気配はなく、雫は一方的に二人と顔を合わせるのが気まずくて仕方がない。

「最初はなぁ、魔王様が王様のこと抱きたい時に抱いてるんやとばかり思ってたんやけど、ちゃうねん! 王様がえっちしたなってしゃあなくなってんのを魔王様は分かってて仕掛けてんのや! それか、わざと気ぃついてへんフリして王様から来るん待ってんの! 策士やわ! しかも見られてんの知ってて、王様の顔は見えへんようにしっかりガードすんねん……!」
「やめろや言うてるやろ!」

 耳を塞いで叫ぶ雫の声に、ちょうど風紀室に書類を届けに来た明衣が、びくりと肩を揺らした。

「喧嘩か?」

 目を丸くして、明衣は誠司と雫を交互に見る。その直後、パシャリ、と響くシャッター音に全員の視線が誠司へと向いた。

「びっくりしてる顔めっちゃ可愛いんやけど」
「何勝手に撮ってんだよ」

 眉間に皺を寄せる明衣に、誠司は静かに言葉を返した。

「萌えを逃す訳にはいかんのや」
「もえ?」
「皆の前におる時の王様と魔王様とおる時の王様は、ギャップがあってほんまえぇわ。何よりえろい、これ重要」

 ハアハアと息を荒げて迫ってくる誠司が、明衣にとってはホラーでしかない。一体どこまで観察しているのか。
 雫が明衣と目を合わせようとせず、気まずそうにしているのを見ると、先程までなされていた会話は自分達のことだろうという察しはつく。何を話したというのか。

「まさか、部屋に何か仕掛けてんじゃねぇよな……?」
「いやぁ、それやっても魔王様にすぐ処分されるから先週にやめたで」
「仕掛けてたのかよ!」
「これからお楽しみ〜ってところで途絶えたんや! 生殺しやったわ!」

 顔を手のひらで覆い、えんえんと嘘泣きをする誠司に心底引いた表情をしながら、誠司の企みをすべて阻止している圭太の勘の鋭さにも若干の恐怖を感じていた。
 もっと有効的な才能の使い方をすればいいのに。そう思わざるを得ない。

「王様はどの体位が一番好きなん? スタンダードに正常位か激しくバックでヤったり? ノリノリで騎乗位してみたりするん? そこんところ詳しく教えてほしいんやけど」
「誰が教えるかよ!」
「二人だけの秘密ってやつやな……おいしい……」

 勝手に妄想に勤しむこいつをどうにかしてくれ、お前の兄貴だろ。そう目で訴えてみても、雫から返ってくるのは首を横に振る動きだけだ。ダメだこいつ、手遅れだ。誠司の暴走をなんとか出来るのは一人しかいない――。

「世の中ギブアンドテイクだろ。何の報酬もなしに褒美はやれねぇな」
「ちょこっとだけ教えてくれてもえぇやんかぁ魔王様」
「今まで撮ってためいちゃんの写真を全部こっちに引き渡して、これ以上隠し撮りをしないなら考えてやってもいいけどな」

 誠司はぐぬぬ、と頭を抱えた。どちらも捨てがたい。悩みに悩む誠司に追撃するように、明衣に軽くキスを仕掛けはじめる圭太に誠司が出した答えは一つ。さっとカメラを構えて、シャッターを切った。

「ありがとうナイス萌え」

 今日もこうして誠司は目の前の楽園に手を伸ばすのであった。




2016.5.4無配 web再録




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