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 寒い雪の日には



 年末から急激な寒波に見舞われ、あまり雪が降らない地域でも、昨日の天気予報では雪だるまのマークがついていた。
 雫は窓から外一面に広がる銀世界を見て顔を顰めた。ここから見える範囲内だけでも、積もった雪で遊ぶ生徒が何人もいた。わいわいと遊ぶのは構わないが、うっかりあの雪玉でガラスを割らないかだけは心配ではある。
 こんな寒い日に外には出たくない。休みの間はきっちり休みたいのだ。そんな他人の不注意で、自分の時間を潰されるのだけは御免だ。

「あー、さむ……」

 年末年始の帰省に向けて荷物をまとめていたが、その予定もなくなり、荷解きをして雫は炬燵に入り込んだ。新幹線も飛行機も、遅れが出るか最悪運休になりそうだったのだ。帰れたとしても、こちらに戻れなくなっては困るので、こうして寮の自室で年を越すことにした。
 炬燵の横に置いてある段ボール箱からみかんを取り出して、ばりばりと剥いて口に放り込む。
 実家から友達と食べなさいと大量に送られてきたものの、馴染みの面々はクリスマス前から帰省してしまっている。風紀室にいくつか置いてきたので、何人かの手には渡っているだろう。
 しかし、それでもまだまだみかんは残っている。減らないのだ。それなりに食べているはずなのに、段ボールの底が見える気配がない。

「さすがに飽きてきたなぁ……」

 どうしたものかと雫が悩み始めたところで、玄関からドアをノックする、というよりドンドンと殴る音が聞こえてきた。

「しーずーくーちゃーん」
「げっ……」

 雫はすっかり忘れていた。明衣や圭太に予定を尋ねていた時に、犬飼だけは「家に帰ってもつまんないし」と言っていたのだ。
 その時はまだ帰省するつもりでいたので、犬飼はみんな残らないと知って膨れ面をしていた。

「いるんでしょー?」

 恐らく圭太から、雫が残っていることを聞いたのだろう。いつもならこのまま無視を続けるのだが、今はみかんの消費要員と寒さをしのぐ為の暖が欲しかった。
 渋々といった様子で炬燵から出てドアを開けると、犬飼は目も口も大きく開いた。

「寒いからはよ入れ」
「どうしたの雫ちゃん、熱でもあんの?」
「……」

 無言でドアを閉めようとしたが、するりと犬飼は身を滑り込ませ、そのまま雫にぎゅっと抱きついた。すんすんと雫の首筋の匂いを堪能している犬飼を、ずりずりと引きずりながら炬燵まで戻る。

「後ろに貼りつかれると炬燵に入られへんやろ」
「んあ、こたつ、初めて」
「はぁ? 炬燵もないんか」
「毛布にくるまってればあったかいよ」

 にぱっと笑顔でそう話す犬飼を問答無用で炬燵に突っ込み、雫はみかんをずいっと押し付けた。

「食え」
「むぐ、ん……このみかん甘いね雫ちゃん」

 雫の突拍子な言動にも慣れたもので、いきなりみかんを半分口に押し込まれようと、犬飼は嬉しそうに頬を緩めている。

「そこの段ボールにまだ山ほどあるから好きなだけ食え」
「わぁ、いっぱいあるねー」
「家から送られてきたんやけど王様も魔王様もおらんやろ?」
「なるほどね、寒いから外出たくないもんね」
「分かったらちゃっちゃと食べろ」
「うん分かった」

 そう言って犬飼はみかんを一つ手に取り、剥こうとして握りつぶした。ぐちゅん、と見事に汁を飛び散らせた。

「いや、なんでやねん」
「んん、難しいね」

 被害が犬飼の手と机の上だけで済んだのが奇跡的だった。慌ててティッシュを引っ掴んで無惨な姿になったみかんを回収し、犬飼の手も雑に拭って洗面所へ行かせた。

「……まったく、世話のかかる駄犬やわ」

 またみかんを破裂させられても困るので、仕方なく雫は犬飼に食べさせる分をばりばりと剥いていく。

「雫ちゃーん、手洗った」
「そうか、ほら、とにかく食べろ」
「ありがとー」

 いつもなら犬飼がべったりくっついてくるのを鬱陶しいと追い払うのだが、犬飼の体温が寒さを凌ぐのにちょうどいい暖かさであることに雫は気づいた。冬の間だけなら、カイロ代わりに大人しく引っ付くくらいは許してやろう。
 そうして冬休みが終わってからも、しばらく雫は犬飼を背中に貼りつけたまま過ごしている。雫を見た生徒たちが皆、二度見し目を丸くしていた。







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