フォルテ | ナノ


 02



「ちゃんとできたらスペシャル焼きそばパン買ってやる」
「焼きそばパン!」
「いいか、風紀室にこれを届けてくるだけだからな。途中で強そうな奴見つけても喧嘩しに行くなよ?」
「わかったぁ」

 圭太から渡された鞄を持って、犬飼はルンルンと上機嫌で生徒会室を出ていった。
圭太が犬飼に渡した鞄の中には風紀委員会への書類と、その風紀委員会を率いる猿渡雫個人宛のプレゼントが入っている。そのプレゼントは圭太から直接渡してもよかったのだが、それを使われる≠フは犬飼なのだ。
 それなら、犬飼も一緒に渡してしまった方がなにかと都合が良い。圭太はそう考えて、犬飼に『おつかい』と称して荷物を持たせた。
 鞄の中身については、犬飼は知らされていない。大事な書類が入っているから見てはいけない、と圭太が言ったのだ。別に中身を見てしまっても、雫にちゃんと届けることが出来るのなら問題はない。
 ただ、犬飼が何も知らないまま本当に大事な書類だと思っていれば、風紀室で雫は中身を確認するだろう。その時の雫の反応を、圭太は期待しているのだ。
 中身を知られても問題ないとはいえ、犬飼は基本的には圭太の指示に従う。それに、この鞄を開けると強い相手が出てくると言うなら犬飼も興味を持っただろうが、ただの書類に犬飼が関心を示すことはない。
 さらに、このおつかいを無事にやり遂げれば、以前から毎日食べたいと犬飼が思っていた学園名物『スペシャル焼きそばパン』を買ってもらえるのだ。大好物を前にして指示通りに動かない、なんてイレギュラーな行動は起こさないはずだ。

「大丈夫なのか?」
「心配ねぇよ、雫ちゃんに懐いてるし」
「ううん……」
「そんなに心配ならついて行くか? わんこに気づかれずに行けるならの話だけどな」

 明衣はしばらく悩んでいたが、犬飼に気づかれずに尾行するのは圭太でさえ無理だと断言しているくらい、犬飼は気配を察知する能力に長けている。本人曰く、『においで分かる』らしい。それについては先日、その話を聞いた時は「そんな馬鹿な」と明衣は全く信じていなかった。いくら気配に敏感であったとしても、見失わない程度に距離を保って行けば楽勝だと思っていたのだ。
 犬飼を尾行する必要が今までなかったので、試したことはない。ないのだが、いつも犬飼は場所を言わなくても圭太が来いと命令すればすぐに来るのだ。まるで、最初から居場所が分かっていたのではないかと思うくらいに、どこにいてもふらりとやってくる。
 そもそも強そうな人間を見つけたら嬉々として殴りに行く問題児なのだ。普通はあまり積極的に関わりたいとは思わないだろう。
 だから、尾行して乗り気になっている犬飼の機嫌を損ねる方が、後々面倒なことになるかもしれない。
 圭太も心配ないと言っているのだから、ここは任せておいても大丈夫だろうと信じて、明衣は首を横に振った。

「いや、犬飼に任せる」
「そうか。あ、雫ちゃんには連絡すんなよ、逃げるから」

 圭太が楽しそうにしている時は、だいたい誰かが悲鳴を上げている。これは選択を誤ったかもしれない、とまだ何も知らずに風紀室にいる雫に多少の申し訳なさを感じつつ、明衣は何も追及せず席についた。
 とにかく今の圭太に話しかけると、厄介なことに巻き込まれる可能性が高い。今はガンガン行くべきところではない。命大事に、様子を見るべきだ。

「放っておいたらいいんだろ?」
「あぁ」
「後で怒られても知らねぇぞ」

 一応圭太に忠告はしておく。雫も怒らせると色々と怖いのだ。そこでふと気づく。
(周りに敵に回したくない奴しかいないんじゃねぇか……?)
 そんな気づきたくもなかった事実に辿り着いてしまったが、犬飼は既に雫の元へと行ってしまっている。
 怖がられてはいるが、言葉遣いや態度で誤解されがちなだけで雫はとても優しい。今回の件でも本気でキレるということはないだろう。が、あれだけ犬飼を避けている雫のところに犬飼を送り込んだのだ。不機嫌にはなるだろう。
 しかし、明衣からの忠告に圭太は問題ないと言い切った。

「あいつらはあいつらで楽しむだろうし、そんなに文句は言ってこないと思うぜ」
「楽しむ?」

 雫と犬飼が、というよりは犬飼が一方的に雫に懐いているのは知っている。が、それ以上のことは知らない。
 少なくとも雫が楽しむ、というのは想像できない。

「差し入れ、あれわんこ用のおもちゃなんだよ」
「……犬飼のって、まさか」
「めいちゃんは犬飼にするお仕置き、前に一回見ただろ?」
「え、あいつら、付き合ってんの?」
「飼い主と犬って感じだな」
「飼い主と犬」
「ちなみに雫ちゃんがわんこから逃げてるのはわんこの体力がありすぎる上に欲望に忠実で『これ以上搾り取られたら死ぬ』って逃げてる」
「あ、そう……」

 気まずい、この上なく申し訳ない気持ちになる。明日からどう接すればいいのか。
 あぁほら、楽しそうな圭太に関わると碌な事がない。何も聞かなかったことにして、明衣は生徒会業務へと戻った。







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