02
衝撃的かつ圧倒的だった。今でもあの光景は目に焼き付いたまま、風化することはない。と、同時にあれは夢だったのではないかと錯覚する程に、あり得ない出来事だった、と声楽専攻クラスのとある生徒は、新聞部から出された圭太について書かれた号外記事を見て語る。
それは高校一年生、四月の初日、入学式の日の出来事だ。最初ということで、端から順番に簡単な自己紹介をしていた。
「二十一番、南波圭太」
騒がしい教室の真ん中、一番後方で立ち上がったその男は――。
「平穏無事に学生をやりてぇ奴は、俺に今後一切関わるな。以上」
床に這い蹲った強面の男を優雅に踏み躙りながら、自己紹介という名のクラス掌握をしていた。無表情すぎて見た目からは感情を読み取れないが、低くドスの効いた声が怒りを露にしている。
一瞬でしん、と静まり返った教室。クラスメイトの視線の先には、先程まで五月蝿く騒ぎ、クラスメイトを馬鹿にしていた三人組の頭。踏まれているというのに、恍惚とした表情で圭太にされるがままになっている。
彼が標的にしたのは、いや、してしまったのは南波圭太という、ごく普通の生徒だった。
半刻ほど前のことだった。下の掲示板に貼り出されていたクラス割を見て、そわそわとどこか落ち着かない様子で、教室に集まってくるクラスメイト達。
そんな中、一人黙々と読書をしている圭太が居た。周りではヒソヒソと圭太に関する噂がなされている。
――あいつが学年主席らしいぜ。
――お前が話しかけに行けよ。
そんな会話を遮るように、ガンッと机を蹴る音が響いた。
「お前学年主席なんだって?」
三人の男が圭太を囲むように立ち、へらへらと見下していた。有名な音楽家の一家に生まれ育った彼らは、ごく普通の一般家庭に育った圭太を妬んでいた。
実技試験でも圭太はトップに立っている。幼い頃から英才教育を受けてきた彼らからすれば、名のない平凡そうな圭太に負けたことが、余程悔しかったのだろう。
しかし、そんな敵意剥き出しの彼らには目もくれず、圭太はひたすら文字を追っている。圭太は何もそこに存在していないかのように、何の反応も返さない。
「おい、何か言えよ!」
痺れを切らし、胸ぐらを掴み上げ怒鳴る男の手を、圭太はいとも容易く捻り上げた。と、同時に引きずるようにして教室から出ていく。
突っ掛かっていた男は、突如立ち上がった圭太に引きずられるようにして連れ出され、数分後には恍惚とした表情を浮かべながら完全に言いなりになっていた。クラスメイトは皆一様に驚きのあまり石化した。
――アイツ、やばい。
人をドMにする能力でも持っているのだろうか。そう考えた方が、あの彼の豹変っぷりに納得できる。
平均的な背丈、顔に加えて、髪も染めていない上にピアス等の装飾品も身に付けていない。彼が学年主席だという情報は、既にクラスメイト全員が知っている。その情報が、より一層彼はおとなしい人間であるのだろうと印象付けた。
しかし、彼に手を出してはいけないのだと、一瞬にして誰もが理解した。開いてはいけない扉を開いてしまう。
この教室の空気は圭太の機嫌次第で変わるのだ。掌握されているとはいえ、圭太に不必要な関わり方をしなければ普通に平和な日常を送れていた。
「生徒会の皆様に付き纏っている身の程知らずな平凡ってあんたでしょ」
しかし、転入生が来てから教室は冷え切っていた。それに気づいていない人間が来る度に、クラスメイトはビクビクと恐怖に震えていた。
「いい加減にしてほしいんだよね!」
――いやいや、こっちがいい加減にしてほしいんだけど!
何か言うことは出来るが、圭太から一切口を挟むなと言われている以上、圭太に近づくことも躊躇っていた。
圭太の邪魔をしてはいけない、それが一番優先される。
――もう勘弁してくれ。
そんなクラスメイトの一致団結した心の声など相手に聞こえるはずもなく、圭太の機嫌を窺うのに皆、胃を痛めているのであった。
*****
そういった魔王様の名に相応しいエピソードと共に、最も注目されている王様との仲についてや、圭太に異常に懐いている犬飼をはじめとする四人の下僕との関係についても、号外記事には記載されていた。
どれもインパクトが強すぎて、本当のことなのかと疑問を口にする生徒もいた。特に犬飼達を下僕扱いしている部分は多少話を盛っているのではないか。そう思うのが普通である。何も間違ってはいない。
しかし、この学園の生徒は皆すでに圭太に掌握されていた。あの人ならやりかねない。これは事実なのだと、疑うことをすぐにやめたのだ。
圭太本人のプロフィールは全く公開されておらず、ひたすら明衣に関する惚気話のような内容が紙面の半分を埋め尽くしている。
しかも、一面を大きく飾っている写真は、圭太と明衣が熱いキスを交わしている瞬間を、これ以上ないぐらいに綺麗に納めている見事な仕上がりだった。写真提供はもちろん猿渡誠司である。
幸せオーラが全開な写真と圭太の惚気話が詰め込まれた号外記事を見た明衣が、ボッと火が出そうなくらい顔を赤くして圭太の元へ全力で走る。貼り出されていた記事をちゃっかり回収しつつ、圭太のいる教室のドアをスパンと開いた。
「思ったより遅かったな」
「なんだよこの恥ずかしい内容は!」
「牽制、手っ取り早いだろ」
その後は、自分だけやられたのは気に食わないと、明衣が新聞部の部室へと乗り込み、翌日に再び号外記事が配られた。
学園中の生徒が、昨日の号外記事と今日の号外記事を見て、二人の邪魔をしたりしないから、ひっそりとイチャついてくれと、あまりの甘さに砂を吐いている。
それ以降、圭太が明衣と一緒にいても邪魔が入ることはなく、圭太は学園生活を快適に過ごしている。
-END-