フォルテ | ナノ


 01



 どうしてこうなってしまったのだろうか。その理由を考えたところで、目の前にいる魔王様の怖さを再認識するだけになるので、男子生徒Aは非常に後悔していた。彼と一緒に居た生徒も、顔を蒼白くし震えている。
 今、何が起こっているのか。事の発端は今から三十分前に遡る。



 堕落した生徒会の躾直しを宣言したある平凡な容姿の生徒――南波圭太は、少し前まではAの記憶では例の破天荒な転入生の柳川恵に付き合わされていた大人しい生徒でしかなかった。
 しかし、食堂で運悪く転入生と出くわしてしまった会長を彼が助けて、そのまま会長を抱えてどこかへ連れて行ってしまったという噂を聞いた時からすべては変わった。
 一体、彼と会長はどういう関係なのか。彼はどういった人物なのか。学園中がそんな話で盛り上がっているこの状況で、新聞部の部長を務めるAが、こんなにおいしい話題を野放しに出来るはずがなかった。Aが欲望と好奇心に勝てず、また音楽科の生徒らが畏怖する存在である南波圭太のことをよく知らなかったが故に、Aは『魔王様』と陰で呼ばれている彼に安易な気持ちで接触を図ってしまったのだ。
 その結果、身体の芯まで冷え切るような鋭い視線が向けられて、Aと助手の生徒はその圧倒的な威圧感を前に石像のように立ち竦んだ。

「事前に承諾も無しにって失礼すぎるとは思わねぇの?」

 一歩、圭太が距離を詰める。また一歩、ゆっくりと。

「なぁ、新聞部部長さん」

 目の前にまで圭太が迫る。耳元で囁かれた声は腰にくるような甘い低音であるのに、圭太の纏う空気は凍えるような冷たさで。頭も身体もパニックを起こし、言葉を発しようともはくはくと口を動かすだけで意味を成さない。
 少し前までの己の浅はかさを呪ってみても、現状は変わらない。リセットが可能であるならば、今すぐにでもそうしたいと彼らは思った。

「次は、ちゃんと出来るな?」

 そんな彼らの願いが届いたのか否か。その圭太の問いかけに、Aと助手はこくこくと必死に首を縦に振る。頭が取れるのでは、と思うほど何度も、何度も。
 すると、ふっと急に圭太から威圧感が消え、Aと助手はその場にへたり込んだ。先程までの息苦しさはどこへ行ったのか。呆然としている二人へ、圭太は無表情のまま話しかけた。

「聞き分けのいい奴は嫌いじゃない」

 その声に二人が顔を上げれば、圭太はニヤリと笑みを浮かべていた。それを見て、言われた言葉を反芻して、ぶわりと何かが込み上げてくる感覚に戸惑いを隠せず、圭太からばっと顔を逸らした。
 しかし、解放されたのも束の間で、そこへ第三者の声が響き渡ったことにより、再び彼らはドキリと身を強張らせることとなる。

「圭太! 何やってんだよ」
「お、めいちゃんじゃねぇか」
「めいちゃん言うな」

 やってきたのは『王様』と呼ばれている生徒会長の天王寺明衣で、圭太とは非常に親しげにしている。圭太と一緒にいる時の明衣の姿は子どもっぽさがあり、最初は圭太を敵視していた明衣の親衛隊もそのギャップにやられて、邪魔をしなくなったとか。

「いい加減これ以上誑し込むのはやめろ」
「ちょっと釘を刺してただけだから拗ねるな」
「拗ねてなんかねーし」

 そう言って口を尖らせる明衣を見た圭太が突然、齧り付くようにキスをして、その場にいた圭太以外全員が目を見開いた。明衣から口を離した圭太が、二人を横目で見る。

「こういうことだから、余計な詮索はすんなよ」

 恐らく意識して甘い声を発したのであろう。一瞬で淫靡な空気へと変わった。大人しくなった明衣を連れて去っていく圭太の背中を見送り、新聞部の二人はお互い顔を見合わせた。

「……ファンクラブに入ろう」
「賛成だ」

 すっと立ち上がった二人の目に揺らぎはなかった。



 圭太が新聞部と接触した翌日のことだった。昼休みに食堂へ来ていた明衣と圭太のところへまたあの二人がやってきたのだ。圭太の元にやってくるなり深々と頭を下げて、記事を書かせてほしいと懇願してきた。

「原稿で気に入らない部分があれば仰っていただいた通りに修正致します。なのでどうか南波様のことについて教えていただけないでしょうか?」

 圭太は少し考える素振りを見せた後、新聞部のインタビューを受けることを承諾した。明衣はてっきり断るのだろうと思っていたので、信じられないといった様子で圭太を凝視していた。

「本気か?」
「新聞部を利用しないのはもったいないからな」

 圭太は放課後に部室へ向かうとだけ新聞部に伝えて、昼食を再開した。不服そうに圭太を見るものの、一度決めたことは変えない圭太のことだから何を言っても聞かないだろう。
 一体何をするつもりなのか見当もつかないまま、昼食を終えた明衣は圭太と別れ、最終チェックだけをする為に生徒会室へと向かった。

 放課後、圭太が新聞部の部室へと足を踏み入れると、ふかふかのやたらと座り心地の良いソファーに座らされ、見るからに高級そうなケーキとコーヒーが用意された。
 厚いおもてなしでありがたいとは思うのだが、圭太は僅かに顔を顰めた。それに目敏く気付いたAは、恐る恐る圭太に話し掛ける。

「もしかして、ケーキは苦手ですか?」
「ケーキっていうより、甘い菓子全部無理なんだよ」

 ここで気を遣って何でもないと誤魔化せば、モヤモヤとした微妙な空気になることはもちろん、相手に余計な気を遣わせてしまうだろうと推測して、圭太ははっきりと答えを返した。はっきりと物を言うタイプではあるが、きちんと相手の性格は把握して加減はする。
 新聞部の部長である彼には、記事を書くにあたっての責任感と度胸は並外れたものがある。最初に接触してきた時の感じから、思ったことをはっきりと言って問題はないと圭太は踏んでいた。

「申し訳ないです、何が好きですか?」
「スナック菓子、ポテチがあるならそれがいい」
「なんか意外……あ、いや、すみません用意がないです」
「別に菓子食いに来たんじゃねぇし、本題に入ろうぜ」

 圭太に言われてAは慌ててメモとペンを用意し、圭太の話を聞く姿勢を取った。

「まずは、今回のことについて音楽科の同じクラスの方は、特に驚いている様子はなかったようですが、彼らはいつから知っていたんですか?」
「最初から知ってる。聞き分けがいいぞあいつらは」
「最初から、とは入学してその日からということですか?」
「あぁ、うるさい奴を黙らせるついでに、ちょっとな」

 ちょっと、というのが確実にちょっとどころではないだろうという視線を向ける。一体何をしたのか。
 新聞部がいくら訊き出そうとしても、頑なに口を割ろうとしなかったのだから、こうして本人に訊くしかなかった。その他の圭太に関する情報も不明で、結果、甘い物が嫌いな圭太にケーキを差し出してしまう痛恨のミスを犯してしまった。

「あいつら、喋らなかったんだろ? 俺について詳しく知りたいなら、俺に訊くかめいちゃんに訊くしかねぇからな」
「はい、誰も話してくれませんでした。何をしたんですか?」

 身を乗り出して興味津々に圭太からの答えを期待するAに、圭太はもう隠す必要がないから答えても問題ないかと口を開いた。







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