フォルテ | ナノ


 01



 圭太はゆっくりと辺りを見回した。壇上にいるため当然、圭太は館内にいる生徒達を見下ろす形になっているのだが、それだけではない圧倒的な支配力は十分に発揮されている。
 現に音楽科の生徒達は、皆が身を寄せ合いぶるぶると恐怖に震えている。
 しかし、今まで本性を公にしていなかった圭太に対し、そんな反応をするのはごく一部のみだ。食堂での騒ぎを知っている者は、まだ、やたら良い声をした平凡な生徒としか思っていない。
 未だ圭太に担がれたままの明衣の姿に、会長の親衛隊員達は圭太を睨み、騒ぎ立てようとした。だが、それは呆気なく第三者によって阻まれてしまった。

「はいはーい、今からオレのご主人様がお仕置きしてくれるんだからイイ子にしようねー」
「なっ……! 離せよ、何なんだよあんたは!」

 親衛隊隊長を制したのは、へらへらと人懐こい笑みを浮かべたド派手な美形だった。
 襟足の部分だけきついピンク色の金髪に、耳には大量のピアス。間違いなく初対面なら不良だと思うであろう、嫌でも目を引く派手な格好をしている。
 事実、彼は好戦的な性格で気も短く、強そうな人間を見つけると、挨拶の代わりにまずぶん殴ってみるというぶっ飛んだ思考の持ち主だ。あまり他人と接触したがらない美術科の中で、完全に異端児扱いされているが、本人は全く気にしていない。
 そんな強い人間が大好物な彼が何故、どう見ても弱そうな親衛隊隊長を捕まえているのか。答えは彼が圭太のことを″ご主人様″と呼んだ時点で、既に察することが可能だ。

「隊長さん捕まえてきたよー、褒めて褒めてー!」

 小柄ではあるとはいえ、男子高校生を軽々と肩に担いで壇上に上がってきた美形不良は、何の躊躇いもなく圭太に近づいた。後ろ向きに圭太に担がれている為、状況が全く理解出来ていなかった明衣は、突然自分の親衛隊の隊長がド派手な不良に、しかも自分と同じように担がれてやってきたのを見て、目を丸くしている。

「あ、めいちゃん会長様ちわっす」
「は……?」

 軽い挨拶をされ、明衣はさらに困惑した。とにかく危ない奴が来たと判断した明衣は身構えようとしたが、圭太が明衣を担いだまま降ろしてくれないので、どうすることも出来ない。
 そもそも今目の前にいる男は、圭太に向かってご主人様と言ったのだ。その時点で、嫌な予感しかしない。
 しかし、明衣はツッコミを入れざるを得なかった。

「普通に会長様でいいだろ」

 これだけは、何としてでも訂正しなければならなかった。変な呼ばれ方をされる原因は、間違いなく圭太にあるだろう。
 明衣の言葉に首を傾げた美形不良は、しばらくして何か察したのか、ぱっと笑顔を見せた。

「あー、なるほど! ご主人様しかめいちゃんって呼び方しちゃダメなんっすねー!」
「いや、そうじゃない」

 思わず被せ気味に否定してしまったが、名前の呼び方に関する話をこんなに大勢いる前でするのは、明衣にとって羞恥プレイでしかない。ここで否定してしまえば、また追求がくるに違いない。
 だからといって、王様と呼ばれてきた明衣が、めいちゃんと呼ばれているというのを否定しないのは、王様としてのプライドや自分の名前を良く思っていないコンプレックスが邪魔をする。
 明衣の予想通り、美形不良は疑問を発しようとした。が、圭太がそれを許さなかった。

「おい、わんこ」
「っ! はーい、ご主人様!」
「誰が勝手にお喋りしろって言ったんだ?」
「……ごめんなさーい」

 好き勝手行動する彼、犬飼刹那が平凡な生徒の言うことに従っている。その光景は、圭太の本性を知らない生徒達にも、圭太が只者ではないと知らしめる一つの要素となった。

「お前らも、黙って話を聞けよ」

 圭太につま先を容赦なく踏み躙られ、痛みに悦ぶ犬飼と落とされそうになって必死に犬飼にしがみつき絶叫する親衛隊隊長を見て、生徒一同首を縦に振るしかなかった。

「俺が今から伝えることは決定事項だ、文句があるなら後で聞いてやる」

 それだけを言い終えると、圭太は舞台袖へ顔を向けた。そこには生徒会と風紀委員会のメンバーに加えて、恵の姿もあった。

「転入生……柳川恵が来てから生徒会がほぼ機能していなかったことに関しては、ここに居る全員が知っているはずだ」

 ずっと担いだままだった明衣を横に下ろし、圭太は雫へとアイコンタクトを送る。それに頷いて、雫はA4サイズの紙の束を圭太のいる舞台中央まで運んでいく。
 まるで辞書のような紙の束の厚みから見て、百枚以上あることははっきりとしている。

「今の時期は行事が多い、なら当然それらを取り仕切る生徒会の仕事も多くなるってことは分かるだろ?」

 圭太は置かれた紙の束に手を置き、落ち着いているがよく通る声で一言一言しっかりと響かせる。生徒会、恵だけではなく、ここに居る全員に言い聞かせるように。

「柳川恵が来てから生徒会長を除く生徒会役員は仕事を放棄、さらに親衛隊が柳川恵と衝突する度に器物破損と怪我人の報告」
「お、俺は皆と仲良くしたいだけだったんだ!」

 恵が圭太に近寄ろうとするのを、風紀副委員長である西が引き止める。それに便乗して犬飼に捕まったままの隊長も、舞台下にいる親衛隊員達も、黙ってはいられないと騒ぎ始めた。
 しかし、それも数十秒で自然と治まり、再び圭太へ視線が集まってきた。

「次はねぇからな」

 極度の緊張状態に、思わず誰もが固唾を呑んで動向を見守る。圭太と目が合っただけで、完全に気圧されてしまっている親衛隊に、犬飼はへらりと笑みを浮かべていた。
 あの凍りつくような侮蔑の目が堪らないというのに、堪能しないなんて勿体無い。そう考える犬飼の行動を遮るように圭太は残りの下僕達を呼んだ。

「にゃんこ、トラ、タカ」
「やっと出番だね南波サマ」
「いつでもいいぜ」
「何なりとご命令を、南波様」

 圭太に呼ばれて現れたのは、やはり犬飼と同様に有名な生徒ばかりだ。
 にゃんこと呼ばれている猫渕遊真は犬飼と仲が悪く、可愛らしい見た目とは裏腹に、この二人が居合わせたらすぐ逃げろと言われる程に手が出るタイプの人間だ。
 特進科に在籍しており頭脳戦にも強く、誰に対してもはっきりと物を言うので、圭太は気に入ったらしい。目立って行動しているのは犬飼と猫渕だが、後ろに控えているトラとタカは風紀委員長である雫が最もよく知る人物である。
 雫は切れ長の目を丸くして、二人を見ていた。

「虎尾、鷹崎…何でここにおるん…」
「俺も最初は乗り気じゃなかったんすよー? 面倒そうだったしぃ、でも委員長のお友達の会長様が南波様のコレだって言うから頑張っちゃおうかなぁって」

 虎尾と呼ばれた大柄な男が、小指を立てながら気怠げに雫からの問いに答えを返した。
 虎尾瞬と鷹崎青羽は両名共に風紀委員で、委員長副委員長に次ぐ位置にいる。実力はあれどやる気がないので、どうしたものかと悩んでいた時期もあったのだが、最近は率先して恵を止めに行っていた。
 その時は、やっと風紀委員としての自覚が芽生えたのかと雫は感心していたのだが。

「南波様、これが片付いたらまた私を椅子にしてくださいね」
「あっ、ずるいぞタカ! 俺の方が座りやすいっすよ南波様」

 芽生えていたのは風紀委員としての自覚ではなく、性癖の方だったとは全く考えもしなかった。雫は普段見られない活発な部下達の姿を無心で眺めている。

「こいつらを呼んだのは生徒会の奴らと転入生を叩き直すのに忙しい俺の代わりに、影でこそこそやってる奴らの取り押さえをさせる為だ」

 スクリーンに名前が映し出され、その横には圭太の下僕達の名前が書かれている。恵絡みで親衛隊に所属している生徒の名前が大半を占めているが、恵への対応で手薄になっていた風紀委員会の取り締まりの隙を突いて、他にもやらかしている生徒の名前が挙がっている。

「ごちゃごちゃしてる間にさ、イケナイことしちゃった奴は覚悟しといてねー」
「証拠ならばっちり猿渡誠司が写真を撮っているので、言い訳は一切不要です」

 次に、圭太は生徒会へ目を向けると、紙の束を書記へと押し付けた。

「会長はお前らが仕事をしなくなってからも一人でその量を毎日毎日やってたんだ、それは一番お前らがどれだけ大変なことか分かるはずだ」
「……やってくれなんて頼んだ覚えはない」
「会長は他人に指図されて素直に言うこと聞くような奴だと思ってんのか?」

 それを言われると反論が全く出来ない。森宮に至っては先日、圭太に休めと言われたのに休もうとせず強制連行されていった明衣を見たばかりだ。仕事を押し付けたから、明衣がやっているとは到底思えない。
 生徒会という少数の人間をまとめきる役すら出来なくて、圭太が認めてくれるはずがないと必死になっていた明衣を、全て知っているのは誰一人としていない。そこには雫も圭太もそれに含まれる。本人以外に誰も、明衣の心理を読み解くことは出来ない。
 一人になっても仕事を片付けていた明衣を知っていても、その理由を知らなかった雫。昔からの明衣はよく知っているが、もう自分とは無関係だと自ら明衣と距離を置き、この学園での明衣のことは知らない圭太。
 この学園では最もよく明衣のことを知る二人でさえ、分からなかったことがあるというのに、明衣とまともに向き合ってすらいない生徒会役員達が、明衣のことを理解出来ている訳がないのだ。
 完全に押し黙ってしまった生徒会役員達へ、圭太はやれやれと息を吐き、再度質問をする。

「頼ってくれなかったとか言ってたが、お前らはそれを会長に伝えたのか?」
「言ってない……」
「言わなくても伝わるような深い仲でもねぇだろ、甘えんなよ」

 何を言っても自分達が仕事をしていなかったという事実は変えられない。頼りにされるように努力しようとも、それを言葉にしようともしなかった。自分達の失態を明衣に背負わせて、見て見ぬフリをし続けていた。

「後悔してる暇があるなら働け」

 圭太は書記以外の役員に軍手とゴミ袋を渡すと、生徒達の方へ顔を向けた。

「一人はデスクワーク、他は校内の清掃をしてもらう。会長はその間休みだ」

 生徒会にそんなことをさせるなんて、と戸惑いや怒りの声がざわざわと空間を埋め尽くす。が、いつもならこんな時に真っ先に反発してくる恵が大人しいことに気づいた生徒達は、その違和感に口を閉じ恵へと視線を向けた。

「ごめんなさいって謝るだけじゃダメなこともあるって圭太が言ったことは何となく分かる」
「本当に友達なら謝って済むこともある。生徒会の奴らとは友達になれたのか?」
「ここに来てから分からないことだらけで……、でも仲良くしたいって思ってるのは変わってない!」
「なら、親衛隊なんてなくしちまって皆で仲良くすりゃいいんじゃねぇの」

 その圭太の一言に、全員がぽかんと口を開けたまま固まった。恵でさえ、口を開けたまま固まっている。

「仲良く遊ぶ方法を知らないとは言わねぇよな?」
「そんな急に言われても……」
「何だよ副会長、幼稚園に行ってるガキでも出来ることが、高校生のお前に出来ないなんてことないだろ」

 圭太の言っていることは決して難しくはない。それを分かっていても、今までの付き合い方をそう簡単に変えられるものなのか。そんな考えを見抜いた圭太は、大袈裟に溜息を吐いた。

「別に全員と仲良くしろとは言ってない。そんなことやろうとしてるのはそこにいる恵くらいだろ」

 しれっと恵をバカにしつつ、圭太は淡々と話を進めていく。

「まずは会長と仲良くしてみろ。で、親衛隊はすべて解散」

 圭太は生徒会役員達を中央に一列に並ばせて、副会長にマイクを渡した。

「なにを……」
「親衛隊の奴ら、俺にしょぼい制裁してくるぐらいお前らのことが好きで尊敬してるようだし、迷惑かけてたのは会長にだけじゃないだろ?」

 各役員の親衛隊が暴走していることは、風紀委員会からも忠告されていた。親衛隊を作ってもいいと許可はしたが、その後どうなっているのかは、放置していたので知る由もない。

「会長の親衛隊を除く中心メンバーは、今は俺が躾けている。親衛隊の下っ端の方は事情を知らないだろうけどな」

 犬飼に担がれたまま、信じられないといった面持ちで、会長の親衛隊長は他の親衛隊の隊長達の方へ顔を向けた。
 突然敬愛する王様が見ず知らずの平凡な生徒に好き勝手されていて、怒りと嫉妬に駆られていると言うのに。確かに、会長の親衛隊だけは転入生による直接的な王様への接触及び被害がこれまでなかった為、様子を見て大人しくはしていた。
 しかし、先日の食堂での一件で黙って見ている訳にはいかなくなった。だから、昨日緊急で会長親衛隊の行動について会議をして、今日、恵と圭太を呼び出そうとしていたのに。
 本当に他の親衛隊の隊長達が圭太の管理下にあるのなら、親衛隊の解散も現実的な話になってくる。

「親衛隊を解散するからって生徒会と接点がなくなることはない。むしろ、親衛隊なんて規則で固められたものがある方が生徒会とは関われないと思うけどな」
「親衛隊は人気のある生徒会の皆様をサポートする為に、勝手な行動で困らせてしまわないようにする為に、ファンの行動を制限してるんだから、規則があるに決まってるでしょ」

 フン、と鼻を鳴らし強気な姿勢を崩さない親衛隊長の発言を受けて、圭太は不敵に笑ってみせた。

「他の隊長も全員同じこと言ってたけど、矛盾してねぇか?」
「……何が言いたいの?」
「生徒会に近づくすべてを排除して、制裁して、周りからの生徒会へのイメージはどうなる? 自分達だけの生徒会であるように生徒会が接触出来る人間を制限してるんじゃないか?」
「違う! あの方たちに相応しい環境を作っているんだ!」
「お前がそれを決める資格はねぇし、第一、俺とめいちゃんは幼馴染で十年以上前から家族ぐるみで付き合いがあんのに邪魔してくるお前の方が目障りだ」
「黙れ!」

 親衛隊長が声を荒げる。突かれたくない部分を暴かれてしまったことが、今の反応で露呈する。恵の言っていた『親衛隊なんかに邪魔されて友達いねぇだろ』という表現は、あながち間違ってはいなかったのだ。

「邪魔せずひっそりとファンでいることにはなんら問題ねぇけど、邪魔されて困るのはめいちゃんの方だからな」
「さっきから馴れ馴れしく王様のことを呼んで、嫌そうにされてるじゃない」

 親衛隊長の言葉に、圭太は首をこてん、と傾げて明衣を見た。滅多に見られない気の抜けた圭太の仕草に、明衣は普段とのギャップに悶えつつ、どう答えるか迷った。
 嫌ではないが、良いとも言い難い。

「圭太は特別だから、まぁ、気恥ずかしいだけっつうか」
「特別、ですか」
「俺は圭太と一緒にいられるのが嬉しいし、圭太のことが一番大切なんだよ」

 ふわり、と蕩けるような笑みを浮かべた明衣に、誰もが見惚れ、息を呑んだ。
 本心から明衣は圭太を選び、圭太を認めているからこそ、こうして今、全てを圭太に委ねているのだ。支配されているのではなく、支配されることを許している。

「お前らだけの王様にはなれても、お前らだけの天王寺明衣にはなれない」

 明確に宣言されたその内容は、親衛隊を解散させるに至る王手となった。親衛隊の存在を否定する訳ではないが、親衛隊を特別視することも、邪魔を許すこともしない。
 本人から暗にそう言われて、親衛隊を続ける意味があるのか。普通にただ一人のファンとして、話が出来るようになった方がいいのでは――。

「異論はないな?」

 親衛隊長は圭太からの問いかけに対して口を閉ざしたままで、反論することはなかった。







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