フォルテ | ナノ


 03



 あれから直接的な刺激を与えられず、明衣は溶けきった思考の中ひたすら堪えていた。
 ぐちゅり、と中を広げるようにローションを絡めた指を突き入れられては、前立腺には触れないように丁寧に掻き回される単純作業の繰り返しである。
 しかし、その単純な動きも圭太によって与えられている刺激なのだと思うだけで、ゾクゾクとした快感が駆け抜ける。もうどれぐらいの時間が経ったのか。それさえ分からず、感覚がおかしくなってきていた。

「明衣、もう今度からは無茶はすんな。倒れられて困るのは俺だからな」
「はぁっ…も、わかったから……!」

 さすがに初めてなのに後ろを弄られているだけで射精出来る筈もなく、熱は燻ったまま明衣の思考を溶かしていく。イきたい、それだけが脳内を埋め尽くしていく。
 圭太は枕に顔を埋めている明衣から枕を奪い取ると、ぐるりと仰向けに反転させた。
 突然遮っていた物がなくなり慌てる明衣を、圭太は逃がさないように覆いかぶさり深く口づけた。何度も角度を変えて差し込んではくちゅくちゅと舌を絡め合い、唾液が垂れるのにも構うことなく貪るように互いを求め合った。

「んっ…は、けー…たっ」
「ん、さすが抱かれたいランキング1位ってとこか?」
「なんでそんな手馴れてるんだよっ」
「あのマリモが来てから親衛隊に何度か襲われててな。男相手でも反応はしたから性欲発散に全部返り討ちにしてやった」

――何人犠牲になったのだろうか。
 明衣は被害者である筈の圭太ではなく、加害者側を心配した。圭太のことはもう心配するだけ無駄なのだと思い知らされている。
 それに対して、今も圭太に心配をかけてばかりで、明衣は自分の腑甲斐なさに苛立ちを覚えた。堪えていたものが一気に崩壊し、視界がじんわりとぼやける。

「明日には全て片付く。だから余計なこと考えずに笑ってろ」
「うっせー…っ、笑ってるっつうの」

 他人に興味を持つこと自体稀な圭太に、こんなに尽くされているのだと実感して綺麗な笑みを浮かべた明衣の目から、堪えきれなかった涙が一筋、ゆっくりと流れ落ちた。

「泣かれると別の意味でも泣かせたくなるんだけど」
「は? ちょっと待て…」
「イきたいって言ってたよなめいちゃんは」
「圭太はっ、それどうすんだよ!」

 まだ元気な明衣の性器を掴みにやりと笑みを浮かべる圭太に、慌てて圭太を指差す。膨らんでいる股間を指摘すれば、圭太は明衣に顔を近づけ耳元で囁いた。

「めいちゃんはどうしたい?」

 その声にびくりと身体を震わせながら、明衣は答えた。

「どうしたいって……辛いだろ?」
「慣らしたからといって初めてですぐ突っ込んだら絶対痛いぞめいちゃん」
「……大丈夫だ」

 圭太は明衣の中を弄り倒していた指を抜くと、ベルトに手をかけた。それを見た明衣が、僅かに緊張を滲ませているのを見て、圭太は安心させるように明衣の頭をよしよしと撫でる。

「絶対、馬鹿にしてるだろ」
「めいちゃんの身体を労わってるんだよ」
「労わってるならケツの穴に指入れたりしねぇだろ」
「じゃあ、めいちゃんは途中で寝落ちたりしないで最後まで俺に付き合ってくれるんだな?」

 圭太にそう問われ、明衣は回答に詰まった。正直に言えばものすごく眠い。圭太の言う最後までが、どれぐらいなのか分からない。が、一度達したらきっと寝てしまうだろうと思う程に眠いのだ。

「眠いんだろ?」
「……眠い」
「なら、抜き合いでもするか」

 そう言ってズボンと下着を脱いだ圭太を見て、明衣は顔を引きつらせた。

「でかい……」
「今日からしばらくケツ慣らしてやるから入る、安心しろ」
「そういう問題じゃねぇ!」

 明衣の罵声は次第に小さくなっていった。



 小鳥の囀る、爽やかな晴れた空の広がる朝。時刻は七時半を示している。圭太は未だ眠ったままの明衣を起こすべく、容赦なくタオルケットを剥ぎ取った。それで目は覚ましたものの、寝呆けている明衣を完全に覚醒させる為、圭太は明衣の耳元でわざと意識して甘い声を作った。

「めいちゃん、そろそろ起きろ」
「っ!?」

 途端に明衣は跳ね上がるように肩を揺らし、勢いよくベッドの上を転がり、反対側へと落ちて姿を消した。ギシリと音を立てベッドの上から明衣の後を追えば、耳を抑えて蹲る明衣の姿があった。

「おはよう、目覚めはどうだ?」

 にたりと笑みを浮かべながら圭太が問えば、明衣はムッとした顔で圭太を睨んだ。

「反則だ」
「めいちゃんにだけのサービスだぜ。起きなかったら、毎朝これで起こす」

 明衣は毎朝こんな起こし方をされては、心臓が持たないと焦った。が、そこで、ふと毎朝という単語に引っかかりを覚えた。毎朝ということは、朝に圭太が起こしにくるということだろうか。
 そんなことをぐるぐると、明衣がまだ通常運転ではない脳を回転させているのを、見抜いた圭太が爆弾を投下した。

「これから同居だから、よろしく」

 集会あるから早く用意しろよと、圭太に急かされて寝室を出る。未だ状況を呑み込めず唖然としている明衣は、テーブルに並ぶ卵焼きらしき物体Aと味噌汁らしき汁物B、そして唯一無事そうな白米と対峙した。
――やばい。
 知っている卵焼きはこんな炭みたいな色はしていないし、みそ汁も汁とは呼べないぐらいに、何か濃い。しかも赤い。
 圭太より先に起きなければ、精神的にも肉体的にも致命傷を負うことになると直感が告げる。そう、サバイバルの始まりだ。
 圭太の味覚は、一度病院に出した方がいいのではと思う程壊滅的である。ありえない物体を生産しては、生贄となる者が後を絶たない。生徒会室でのあれは嫌がらせの為にわざとしているのだと思っていたが、そうではない可能性が極めて高くなった。昔から全く料理の腕前は成長していないのだという事実を目の当たりにした明衣は、すぐに対策を考え始めた。
 最も重要なのは、圭太に自分が謎の物体を作っているという自覚がないことだ。この瞬間に、明衣は立ち向かうことを選択した。

「圭太、飯の準備なら俺がやるから」
――言った!言えた!
 明衣は心の中で拍手喝采を浴びている。これで明日からの食生活は平和であるに違いないと明衣は喜んだ。
 自信満々な明衣を見た圭太は、生成した物体達を弁当箱と保温ポットに詰め込んだ。

「とりあえず、集会まで時間ねぇから行くぞ」
「それ、持って行くのか……?」
「どうやら俺が作る料理は不評らしいから、マリモ共にやることにした」

 この件に関しては全く無関係な恵達が標的になり、そっと心の中で謝っておいた。
 相変わらず表情は変わらないままだが、明衣は気まずそうに視線を逸らす。不機嫌になっている圭太には、余計なことを言ってはならない。培ってきた防衛本能がそう告げている。

「飯はめいちゃんが作る担当でいい」
「……おう」

 謎の物体の代わりに圭太から食パンを与えられ、むしゃむしゃと咀嚼する。さらに明衣にコップ一杯の牛乳を渡して、明衣が食べている間に、圭太は寝癖でいつも以上にあっちこっちに跳ねている明衣の髪をてきぱきと整えていく。
 明衣が食べ終わったのを見計らって、今度は制服を明衣に渡して着替えさせる。

「あと十分か、めいちゃんしっかり掴まっとけよ」
「は? ちょっ、うわっ!」

 それだけを伝えて明衣を俵担ぎにすると、圭太は全力で集会の行われる体育館へと走りだした。明衣を担いでいるのを感じさせない速さで軽快に圭太は走る。
 部屋を出てから何分経ったのだろうか。振り落とされないよう恐怖から必死に圭太の背面からしがみついていた明衣は、割れんばかりの悲鳴と歓声を聴いて、ようやく体育館に着いていることに気づいた。
 しかも、圭太は既にステージの上に堂々と立っている。明衣の臀部を全生徒に向けたまま、圭太はマイクを手に取った。

「黙れ」

 圭太の所属するクラスの生徒達は顔面蒼白になりながら、圭太の下僕と化した親衛隊員達は恍惚とした笑みを浮かべながら、魔王様による公開処刑の幕開けを見守った。






「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -