フォルテ | ナノ


 02



 カリカリ、カタカタと無機質な音ばかり聞こえる。が、次第にその音は途切れ途切れになり、最後はカツンッという音で途絶えた。

「あぁもう無理手ぇ死ぬっ!」

 机に山積みにされたコピー用紙とコロコロと転がるインクの切れかかったボールペンを、ぼんやりと会計である森宮は見ていた。
――静かだ。
 今は生徒会室に彼以外誰もいない。圭太から一人で仕事をするようにと言われ、森宮はそれを受け入れた。迷惑を掛けた分、自分に出来ることはやろうと、――明衣と向き合うことから逃げ出してしまった、あの時の自分から変わりたい。そう思っての選択だった。
もちろん、恵は残りたがったが、圭太に対する恐怖が刷り込まれつつある所為か、彼にしてはあっさり身を引いた。

「……無駄に広いなぁ、この部屋」

 外は既に日が沈み、より一層静けさに包まれている。一人で仕事をするのがこんなに寂しいとは思っていなかった。
 今日渡された仕事は明衣が終わらせていたのも多かった為、副会長と自分と書記の分が少しずつ――それでも三日分程ある為、一人でこなすのには限界がすぐに訪れた。
毎日自分の仕事を休憩も入れながらとはいえ、平均して三時間程度かけて片付けていた。自分の分だけでも十分負担のかかるものを全て一人で抱え込んでいた明衣に対して、いくら後悔し謝ろうとも取り返せないことを改めて突き付けられる。

「ごめんね、会長」

 ぽつりと呟いたその言葉は誰かに聞かれることもなく、再びカタカタとパソコンのキーを打つタイピング音が虚しく響き始めた。



 森宮が生徒会室で一人残って仕事をしている間、圭太は明衣に頼んで明日に臨時集会を開くことにした。その旨を全校生徒に伝えるべく、放送室へやってきていた。

「生徒会からの連絡だ、黙って聞け。明日の朝八時から臨時で集会を開くことになった。遅刻のないように、以上だ」

 明衣は喋り終え電源をオフにするとニヤリと笑った。

「圭太の言う通りにセッティングはしたぜ」
「上出来だ。じゃ、帰るか」
「あ、その前に生徒会室に俺の分の書類が」

 あるから取りに行く――、そう言おうとした途端に圭太に抱え上げられた。明衣の脳内で食堂での記憶がフラッシュバックする。

「ちょ、圭太! 降ろせっ」
「騒ぐと人来るぜ? 明衣は部屋に帰ってさっさと寝ろ」

 圭太は有無を言わさず明衣の部屋へと直行し始めた。一度決めたらやり通す圭太に、明衣は生徒会室へ行くのは無理だろうと判断した。
 部屋に着いて圭太が帰ってからでいいかと明衣は諦め、おとなしく運ばれていった。

「ちゃんといい子で寝ろよ、めいちゃん」
「うるせぇ、子ども扱いすんな」

 胃に入るだけ野菜や肉を詰め込まれ、久々にゆっくりバスタイムを満喫し、明衣がベッドに潜り込んだのを見届けて圭太は自室に戻っていった。
 圭太が出ていってから五分程経った頃、もう大丈夫だろうとジャージのまま外へ出た。誰にも見つかることなく生徒会室へ着くと、まだ明かりが点いたままだった。
 そっと扉を開けて中を覗けば、森宮が一人で黙々と仕事をしていた。

「森宮、まだいるのか?」
「かい、ちょ……?」
「明日出さねぇといけねぇ書類取りに来ただけだ」

 明衣は書類の山からがさがさと何枚か抜き出し、自室に持って帰ろうとした。が、森宮はひょいと書類を奪い取り、明衣が仕事をしようとするのを阻止した。
 書類をすらすらと流し読み、自分がやっても支障のないものだと分かるとそのまま自分のデスクへ持っていった。

「おい……」
「やっておくからゆっくり休んでよ。判だけかいちょーが捺せば良いやつでしょ?」

 書類を取り返そうと前へ出た明衣を見て森宮は驚いた表情をした。が、それは明衣の背後を見ているのだと、明衣が気づいた時には肩にぽんと手が乗せられていた。
 ギギギ、とぎこちなく首を回せば圭太が満面の笑みを浮かべて立っていた。

「なーにしてんだぁ?」
「けい、た……」
「俺は寝ろっつったはずだぜ、なぁ? めいちゃん」

 背筋がぞっと寒くなる。完全に圭太の発する空気に呑まれ、固まってしまったかのように身体が動かない。
 明衣は自分の行動を後悔した。圭太がそう易々と明衣の行動を予測出来ずに見逃すはずがなかったのだ。
 圭太は明衣を部屋に帰す為に再び担ぎ上げると、放置されて気まずそうにしていた森宮をじっと見た。
――何を言われるのだろう。
 びくびくと怯える森宮に、圭太はふっと柔らかく微笑んだ。

「そこそこ頑張ってるみてぇだな、えらいえらい」
「っ!」

 それだけを言い残し、圭太は明衣を担いだまま生徒会室から颯爽と出ていった。また一人残された森宮だったが、しばらくの間茫然と立ったままでいた。
 どれだけ時間が掛かっているのか。そう言われて、またあのプレッシャーが重くのしかかってくるものだと覚悟していた。
 しかし、実際は真逆だった。

「う、えっ…? どうしよ…褒められた……? 嬉しい……っ」

 森宮は思い切り頬を抓り、痛みに涙目になりながら締まりのない笑みを溢した。夢なんかではない。現実に、今、褒められたのだ。

「もう頑張るしかないじゃんか」

 森宮は気合いを入れ直し、中断していた仕事に再び向き合った。仕事のスピードが上がったのは言うまでもない。



 圭太は部屋のドアを乱暴に開け放ち、明衣をベッドにぼふっと放り投げた。自分のネクタイを解くと暴れる明衣の腕をいとも容易く縛り上げる。

「さて、めいちゃんに質問です。俺が何に対して怒ってるか分かるか?」
「……書類取りに行ったからか?」

 明衣が答えている間に、付近の棚の引き出しをがさがさと漁る。

「俺は休めって言ったよな。もう無理しなくていいんだ、分かるか?」
「でもあれ、明日に提出……」
「会計が頑張った成果をお前は明日褒めりゃいい。何の為にあいつは戻ってきた?」
「それ、は……」
「寝れねぇなら今後のことも考えて、軽く運動でもするか? ちょうど良いのがあったしなぁ?」

 圭太が明衣に見せたのは、セフレが持ってきていたローションのボトルだった。明衣を片腕で押さえ込みながら、器用に明衣のズボンと下着を脱がす。

「言う事聞けねぇ悪い子にはお仕置き、だろ?」
「けい、……ひっ」

 明衣をうつ伏せの状態にひっくり返すと、腰を上げさせて、圭太に向けて臀部を突き出しているような体勢をとらせた。
 いくら相手が圭太であろうとも、屈辱的かつ羞恥心を煽るこの体勢に、明衣は身体を捻って反発した。――それしきでどうにかなるような相手ではないと分かっていても、だ。

「今抵抗しててもどの道突っ込まれるんだぜ? まぁ、抵抗されてると燃えるけどな」
「突っ込まれるのが嫌とかじゃねぇんだよ! 今はその……何の準備もしてねぇから汚ねぇし……」
「俺は別に気にしねぇし、お仕置きだって何度も言ってるだろ?」

――嗚呼、穴があったら入りたいってこういう事か。
 どこか他人事のように、否、必死に現実逃避をしていた明衣の後孔に、ツプリとぬめり気を帯びた圭太の指が侵入した。が、その異物感に逃避していた意識ははっきりと覚醒した。
――気持ち悪い。
 元々の使用方法は排泄、つまりは異物排除である場所に異物が混入すれば、気持ち悪いのは当たり前といえば当たり前なのだが。圭太なら大丈夫だろうと思っていた自分を憎んだ。

「けぇ、たっ……気持ち悪、い……」
「セフレとつるんでた時はずっとタチだったんだな」
「そう易々と、抱かれてたまるか……!」
「まぁ、俺も襲ってきたチワワを喰ってたし、その辺はお互い様だな」
「襲って……?どういう、っあ!」

 圭太の言葉に疑問を抱き、詳しく聞こうとした時だった。ずっとぐちゅぐちゅとローションを足しながら、明衣の中を掻き回していた指が前立腺を掠めた。
 突然ビリッと背筋を走った刺激に、思わず甘さを含んだ上擦った声が洩れた。圭太の唇がゆるりと弧を描く。
――しまった。
 そう思う暇も与えられず、再び前立腺をギリギリ掠める刺激が明衣を襲う。じわりと浸食していくような鈍い快感と突き抜けるような鋭い快感が、交互に明衣を追い詰めていく。
 しかし、その周辺を撫でるだけで、あともう少しというところまでしか触ってくれない。

「はっ……はぁ、ふ…」

 無意識に腰が物欲しげに揺れているのに気づいたが、あの転入生が来てから自慰すら久しくなっていた明衣には、その動きを止めることが出来なかった。
 腹につくほど反り立った陰茎の先からは、だらだらとはしたなく先走りが溢れ、強い刺激を受ける度にぴくりと揺れ動き、解放を待ちわびている。

「明衣、エロい」
「んっ…も、指抜けっ……」
「勃ってるな、イきたいか?」
「んぁっ! ……はっ…イき、た…い」

 僅かな快楽を拾い、反り返った明衣のペニスをするりと撫でながら、妖艶に不敵に圭太は笑みを浮かべた。
 絶対に良からぬことを考えている。そんな圭太の表情に、明衣は嫌な予感がした。

「まだ我慢出来るだろ? 返事」
「え? はぁ、あっ…無理だっ……!」
「こんな状況になったのは明衣が約束破ったから。分かってるよな?」

――魔王様、とても良い笑顔です。
 そう思わざるを得なかった。





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -