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▼ 平凡くんと会長様

 事件が起きたのは昼食をとる学生達で賑わう食堂でのことだった。それも食堂のど真ん中でそれは起こったのだ。

「吉永拓郎! 俺はお前を気に入った、今からお前は俺のモンだ!」

 この学園で絶大な人気を誇る生徒会メンバー。その中でもダントツの人気と支持を得ている会長――久我千里のどや顔大告白事件だ。
 吉永拓郎とばっちりフルネームで呼ばれた黒髪の、特にこれといった特徴のない普通の男子生徒は無表情のまま席を立った。痛いくらいの沈黙に、誰もが唾を飲み込むことさえ躊躇っていた。

「すみませんがお断りします」

ぺこりと頭を下げ、何事もなかったかのように去っていく吉永を、食堂に居た全員が呆然と見送った。それほど大きな声ではなかったものの、凛と響いた吉永の返答に驚愕した。
 この学園の大多数の生徒ならこんなジャイアニズム満載な告白――と言えるのかはさておき、喜んで受け入れるであろう会長の申し入れを吉永はバッサリと断ったのだ。
――久我様が、振られた……?
 会長が振られたのだと理解した途端に動揺は広まっていき、騒々と落ち着きを無くしていった。会長が君に決めた! と言わんばかりにビシッと指を差していたものだから、周りは気まずいことこの上ない。

「あ、そうだ。会長さんは人に指差しちゃいけないって教わらなかったんですか?」
「う……」

 自信満々にポーズを決めていた会長へのまさかの追撃に、親衛隊も黙っているはずがなく、風紀委員長が直々に止めに入る大騒動となった。会長はショックの余り動かなくなっていた。



 それから1ヶ月、吉永は平穏な生活には程遠い毎日を送り続けていた。初めは親衛隊に呼び出されて文句をひたすら浴びせかけられていた。
 しかし吉永は表情ひとつ変えることなくスルーし、さらにある日、様子を窺っていた会長を茂みの中から引っ張り出すとまとめて非常識すぎると説教を始めた。親衛隊員も会長もまさか説教されるとは思っていなかった為、反射的に全員で正座して頭を下げていた。
 吉永がすたすたと足早に去っていくのを見送り、親衛隊員達は隣で正座したままの会長を見た。葉っぱにまみれた会長を見てしまった時に親衛隊員らは確信していた――もしかして馬鹿なのではなかろうか、と。

 あんなに自信満々に告白して玉砕し、説教までされてしまったのだ。以前のような俺様っぷりは何処へやらといったぐらいに、会長はしょんぼりと遠くから吉永を見守るようになった。
――早く何とかしなければ。
 そんな会長を見た親衛隊は、吉永を呼び出しては会長と会ってくれと懇願するようになっていた。

「どうして会わなきゃいけないんですか……」
「久我様のあんなに落ち込んでらっしゃる姿、もう見てられないの!」
「……オレの所為?」
「そうに決まってるだろ! せめて会って話を聞いてくれるだけでもいいからお願い!」
「はぁ……もう、話聞いたら呼び出すのやめてくださいよ?」

 最終的に親衛隊員の粘り勝ちで会長と吉永を会わせることに成功し、親衛隊員達は喜びに浸っていた。
 しかし、それを聞いた会長は緊張し過ぎて、役員達から気持ち悪いと白い目を向けられる程挙動不審になっていた。会計はゲラゲラと笑い転げて頭を机にぶつけていたが。
 そんなことを気にしていられる余裕もない会長はひたすら悶々と百面相をしていたのだった。
――そして面会の日。

「会長さんはどうしてオレみたいなのに執着するんですか?」

 ずっと黙ったままの会長に痺れを切らした吉永は疑問を投げかけた。それに様子を窺いつつ答える会長を見ていた親衛隊員は、我が子を見守る保護者のようだったと後に吉永は語る。

「……今まで振られたことがなかった俺に全く見向きもしないから」

 吉永は少しムッと苛立ちを顕にした。

「自慢ですか?」
「違う! いや、自慢になるのか……? とにかく、最初は視界に俺を映して欲しかった……ただそれだけだった」
「会長さん、やっぱり馬鹿ですね」
「は? 俺は学年首席から落ちたことがないんだぜ?」
「そういう意味ではなくて、あーもう、めんどくさい」

 ビクリ、と肩を揺らした会長に気づいた吉永は会長に視線を合わせた。じわりと目に涙を浮かべている会長と目が合う。

「え……、ちょっ、泣いて……る?」
「泣いてねぇ! 目にゴミが入っただけだ!」
「いや、泣いてるって」
「泣いてねぇ!」
「あの会長さんが泣くなんてびっくりですよ」

 目を擦ろうとする会長の腕をやんわりと掴んで阻止する。それだけで目を見開いて戸惑いを見せる会長が、少し前の傍若無人な会長と同一人物であるとは思えない。
 それに加えて今は会長が座っている為、普段は見上げていた会長の方が今は吉永を見上げる形になっている。
 なんとなく会長の頭を撫でてみれば、驚き慌ててわたわたとするものの、振り払うこともなくそわそわとされるがままになっていた。

「以前よりは好感は持てますよ、少しだけ」

 本心をそのまま伝えれば、暫く固まった後、嬉しそうに破顔した。不敵な笑みではない、純粋な笑顔に吉永はぐりぐりと会長の頭を撫でた。

「よし、ながっ……?」
「本気でオレに好意を向けてくれているのは十分伝わりました。けど、あの時の所有物宣言はいただけません。どこのジャイアンですか」
「……駄目、なのか……?」

 ソファーに座り直して吉永はじっと会長に視線を合わせたままにっこりと笑った。
心配そうに、不安そうにしている会長には吉永の本心を見抜けるだけの余裕はなかった。

「もう一度だけ、チャンスをあげましょうか?」
「チャンス……だと?」
「会長がネコでいいのなら、付き合ってもいいですよ」

 

 それに対する会長の返答に吉永はゆるり、と口元に弧を描いた。

 いつから捕われていたのか、どちらが捕われていたのかは解らないまま彼らは幸せに平穏に毎日を過ごしている。


END




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