▼ 同棲はしてます
「ただいま」
「おかえり、遅かったな」
おんぼろ、とまではいかないが、そこそこ年季の入ったアパートの二階の一番奥のドアをガチャリと開けた。出迎えたのは、モデルをしていると言われても信じてしまう程に背の高い男前な青年だ。
「あー、つかれたー」
「俺が全部出してやるからバイトなんかしなくていいっつったのに」
「和泉にそこまで甘えてられないって」
二人が一緒に住んでいるのは、村井が大学の費用で困っていたのが始まりだった。
この春から大学生となった村井だが、これまでにも色々な苦労があった。真面目で常識もあり、人に対する気遣いも出来過ぎるくらいの村井の学力は平均値だった。運動も芸術も何をとっても、上手くはないが下手ではないに留まった。
唯一、他人よりずば抜けていたのは高校での知名度だ。自分には刺激の強すぎる空間だったと今でも思う程、そこは異質な場所だった。男子校だからといっても、同じ男相手にあれは行き過ぎてるよな等と他人事だった。
生徒会や風紀委員会に入る人間は何故か顔立ちの良い男ばかりで、ファンのような男子生徒が騒いでいたりした。
抜け駆け禁止だの、制裁だのよく分からない決まりがある中で、村井はフツメン代表と自負していながら、人気の頂点に君臨していた会長の和泉によるイタズラの犠牲者として全校生徒に知られていた。ファンでさえ、和泉のイタズラには困っていたのだが、村井は叱って和泉の面倒を見ていた。
それを見た生徒達は、『和泉のオカンだよ、あいつは』と口を揃えて言う。
だいたい暇な時は二人でいることが多く、遊びに行ったり、寮暮らしだった和泉の部屋でごろごろしたりしていた。
二人で居るのが当たり前で、いつからか会えない時が続くと落ち着かなくなっていた。
「心配してんだからな……」
「分かってるよ。でも、ここで甘えたら駄目だと思ってるんだ」
「将来お前が働いて返せばいいだろ」
「いつになるか分からないじゃん」
和泉はしばらく腕を組んで、村井をじっと見つめた。何故か目をそらしてはいけない気がした村井も、負けじと和泉を見つめ続けた。
が、お互いにだんだん恥ずかしくなってきて、同時にバッと目を逸らした。
「なんだよ」
「寂しいこと言うから」
「……ずっと一緒とか恋人かよ」
「あ、それいいかもな」
「は?」
マヌケな顔をしたままの村井を、和泉はぎゅっと抱きしめた。
「一緒に暮らそう」
「……もう一緒だろ、それに」
「それに?」
「好きだ、雅……俺と付き合ってください。こっちが先だろ?」
「……このフツメンめ」
同棲はしてます
(お付き合いをはじめます)