short | ナノ




▼ 失楽園

「う……」
「あ、起きた?」

 ズキズキと痛む頭を押さえながら、御厨蓮は声の主へと視線を向けた。数年ぶりに見るその顔は、相変わらず詐欺師のようだと言われる胡散臭い笑みを浮かべている。
 その端正な顔立ちには、不釣り合いなほど大きなガーゼが頬に貼られている。自然とそこに向いた御厨の視線に気づいた九十九飛鳥は、三日月のように目を細めた。

「これ、痛そうやろ?」

 そう言いながら、わざとらしく困ったように眉を下げる。目と鼻の先まで顔を寄せて、九十九は御厨に見せつけるようにガーゼを指差す。

「もぉびっくりしたわぁ、蓮くん出会い頭に殴ってくるんやもん」
「……殴られるようなことしかしてないだろ」
「なぁんも覚えてへん? まぁ、昔っから蓮くん酒に酔うたらまったく記憶あらへんしなぁ」

 からからと笑う九十九を信用することは出来ないが、右手には確かに痛みがあり、包帯が巻かれている。思い出そうと記憶を探っても、何も思い出せないままだ。
 酒に酔ったらこうなるのはいつものことだった。だが、決して御厨は酒に弱くはない。
 御厨が記憶をなくすほど酔うのは、昔から決まって九十九がいる時だけだった。

「ボクが目ぇ離したらすぐ他の男と仲良うして、ほんま悪い子やわぁ」

 ゆっくりと、御厨にかけた手錠を指でなぞりながら、九十九は上機嫌に笑う。

「……なんであんたがここに」

 辺りを見回す。御厨が今住んでいる部屋で、まったく知らない場所に連れ込まれたわけではないようだった。

「偶然会うただけやわ、そない疑わんとってや」
「つけ回してたの間違いだろ。あんたとはとっくに終わったんだよ、九十九さん」

 九十九を睨みながら、御厨は拒絶する言葉を言い放った。が、その声は微かに震えていた。九十九は僅かに口角を上げる。
 しかし、すぐに悲しそうな表情を作って御厨の頭を優しく撫でる。

「意地悪せんといてぇや、……痛いんイヤやろ?」

 九十九はポケットから、タバコとライターを取り出した。慣れた手つきで火をつけて、肺を満たすかのように大きく吸い込む。そのまま煙を御厨に吹きかけた。
 仄かに甘いバニラの香りも、昔と何も変わっていない。
 咳き込んでいる御厨を九十九は笑顔で見下ろした。タバコが苦手なままの御厨を満足気に見つめ、灰が落ちそうになっているタバコを御厨の左太腿に押しつけた。
 

*****


 御厨と九十九は大学のサークルで知り合った。九十九は御厨の二つ歳上で、サークル内ではいつも中心にいる人気者だった。
 最初は、九十九のその顔立ちの良さ目当てに御厨は近寄っていた。だが、面倒見が良く、親身になって御厨の話を聞いてくれる九十九に、いつの間にか御厨は自然と惹かれ本気で恋をしていた。
 御厨は自分がゲイであると自認していた。好きになるのはいつもノンケばかりで、今回も叶わぬ片想いで終わるのだと思っていた。
 その予定が崩されたのは、九十九が卒業する日の夜のこと。
 卒業式終わりからサークル仲間たちと集まって飲み会をして、二次会でもう一軒居酒屋をはしごした辺りで、御厨の記憶はなかった。
 片想いでいいとは思っていたものの、いざ九十九が卒業したらもう会うことがなくなると考えると、とにかく飲んで気持ちを紛らわせようと御厨はいつもよりハイペースで酒を煽っていた。完全に出来上がっている御厨を放っておけないと、二次会もそこそこに九十九は御厨を自宅へ連れ帰り、世話を焼いてくれたのだと御厨が知ったのは翌朝のこと。
 酔い潰れてからの記憶が一切なく、ひたすら謝り続ける御厨に九十九は腹を抱えて笑っていた。

「いっぱい甘えてかわいい御厨くんになっとったけど、どこ行ってしもたんやろか?」
「ボクは御厨くんのこと気に入ってるんよ、かなり」
「付き合うてみる?」

 矢継ぎ早に九十九にそう言われて、御厨は顔から火が出るかと思うくらい頬を赤くして、布団にしばらく籠城したことを今でも鮮明に覚えている。
 最初の頃は、毎日が楽しくて幸せだった。
 互いに上京してきていたので、気兼ねなく家に遊びに行ったり、九十九の車に乗って遠出したり。昼間は友人のようでいて夜は恋人としての営みも、身体の相性がいいのか、マンネリ化することなく続いていた。
 それが狂い始めたのは、御厨が大学を卒業してからのことだ。
 きっかけは些細なことだった。御厨がそう思っていただけなのかもしれないが。そこそこ大手の企業で働き始めて、なかなか九十九との時間を作れないでいた。
 毎日九十九からは連絡が来ていたが、慣れない環境に疲れて寝てしまい返信できない日もあった。返信がない日は九十九が御厨の家に来て、合鍵を使って上がり込んで家事をしてくれていることもあった。
 気にかけてくれているのに御厨からは何も返せず、一方的に世話を焼かれているのを申し訳なく思っていた。もうそんなに世話を焼かなくていいと話をしても、九十九は遠慮しなくていいと御厨の家に行き続けた。
 いっそのこと同居をしようかと九十九から提案されたが、その当時はただでさえ甘えすぎているのに、同居なんてしたら九十九に負担をかけすぎると、御厨は首を縦には振らなかった。
 表向きはそういう理由で断ったが、九十九の相手をするのに少し疲れていた部分もあった。
 毎日連絡を返さないといけない。返さないと家に来る。
 家に来るとべったりで、その日何があったのか聞かれ、翌日が休みならそのままセックスに持ち込まれる。
 上司に気に入られたと話した時は、執拗に責められ途中で御厨が気を失い、朝起きても九十九のモノが入ったままにされていたこともあった。
 それらの言動が積み重なって、だんだんと九十九が自分に対して執着しすぎているように感じてきていた。それを、怖いと思うようにもなっていた。
 御厨がことごとく提案に乗らず、九十九からすれば疑問しか浮かばなかった。どうして喜んでくれないのか。以前なら断らなかったのに、付き合いが悪いのは何故なのかと。

 数日後、御厨が会社の上司と飲みに行く姿を偶然見かけた九十九の中で、何かが切れる音がした。


「なぁ蓮くん、ボクのこと好き?」
「急にどうしたんですか飛鳥さん、……好きですよ」
「ほんならお願い一個、聞いてほしいんやけど」
「お願い? 無茶振りじゃなければ、まぁ」

 日曜日の朝から、九十九は御厨の家に上がり込んでいた。いつもならまだ寝ているかもしれないからと、昼に連絡を入れてから来るのに、御厨が目を覚ますと真横にじっと見ている九十九がいて危うくベッドから落ちるところだった。
 起きてからも九十九はずっと御厨についてきて、元々スキンシップの激しい人ではあったもののどこか違和感を覚えていた。その状況で九十九から『お願い』されるなど、一体何を要求されるのかと御厨は無意識のうちに警戒していた。
 それを感じ取ったのか、九十九は御厨が好きな日本酒を手荷物から取り出しながら、少し困ったように笑う。

「そない身構えんとって。おいしい酒買うたから、一緒に飲みたいなぁ思ってん」

 ようやく普段の九十九らしい姿になって、御厨は何を構えてしまっていたのだろうかと、少しだけ肩の力を抜いた。

「それくらいわざわざお願いしなくても付き合うのに、どうしたんですか?」
「ほんまに? ゆっくり蓮くんと二人きりでおれるん久しぶりで緊張したわぁ」

 御厨が承諾した途端に、ぱっと表情を明るくした九十九は、大袈裟なくらいに胸を撫で下ろしている。からからと笑う姿は変わりない様子で、御厨もようやく調子を戻した。壁にある時計を見れば、もうすぐ正午になるところだった。

「お昼、出前でも頼みます? 奮発して寿司とか」
「ならボクがもっと奮発して一番高いやつ頼もか」

 おいしい寿司屋を知っているからと、九十九が電話で注文をした。が、昼時の時間帯であることも重なって寿司が届くまで一時間程かかるようで、先に酒でも飲もうと二人はソファーに並んで座った。
 たわいない話を交わしながら酒を飲み、小一時間経った頃に頼んでいた寿司が届いた。

「わぁ、うまそう!」
「好きなん食べてえぇよ」
「えー、じゃあトロ貰っていいですか?」
「それ取ると思ったわ。なら、ボクはイカでも貰おかな」

 好き嫌いがないからと、いつも御厨が苦手な物を進んで食べてくれるところも、九十九の優しい性格が出ている。
 御厨の味の好みをしっかりと覚えていても、そのことは一切言わずに、しれっと御厨が食べない物を先に食べていたりする。
 最初は、それが九十九の好物なのだと御厨が思っていたくらいだ。食の好みが真逆だと御厨が話をした時に、初めて九十九は好き嫌いがないだけなのだと知った。
 九十九の様子がおかしいのではないかと心配していたが、それは杞憂であったと、気にするのを止めて御厨は食事を楽しんだ。――はずだった。

「も、やだッアッあ、あぁあ!」
「イヤとちゃうやろ?」

 ガクガクと身体を震わせて、深い絶頂へと登り詰める。御厨の声はガラガラに掠れ、顔はぐしゃぐしゃに濡れている。

「またイッてしもたん? 我慢できへん蓮くんにはお仕置きせなあかんなぁ」

 『お仕置き』の言葉に、御厨は反射的に顔色を青くした。取り乱し逃げようとする御厨を押さえつけて、仰向けにひっくり返す。両手は手錠がかけられ、縄でベッドにくくりつけられている。
 自由だった両足を大きく開かれたまま、こちらも縄であっという間に拘束されてしまい、御厨は恥部を曝け出したまま一切身動きがとれない状態になってしまった。鼻歌交じりに九十九は余っていた酒を煽ると、御厨に口付けて無理矢理飲ませる。

「ゲホッ、な、で……こんな」
「なんで? 蓮くんは誰のモンか教える為や」
「別に、こんなことしなくたって……」
「浮気せぇへんって? ボクより例の上司と仲良うしてんのに?」
「あの人とは、仕事の話だけで何もない!」

 声を荒げる御厨に九十九は笑いかける。九十九の手には細長い棒が握られていた。それをどうするのかは分からずとも、御厨にとって都合の良いものではないのは確かだった。御厨は勢いよく首を横に振る。

「飛鳥さん、まって」
「これ何か分かる? 今から蓮くんのこともっと気持ちようしたるわ」
「嫌だ……これ以上は壊れる、おかしくなるからッ」
「ほら、酒飲んで頭ふわふわになろうな。……なぁんも覚えてへんよ、起きる頃には」

 ひたすら酒を口移しで飲まされて、だんだんと意識が曖昧になっていき、とうとう御厨の視界はブラックアウトした。


 肌寒さと下腹部の違和感に、御厨は目を覚ました。酷い頭痛に頭を押さえようとして、自由に動かせないことに気づく。

「……え?」

 全裸で四肢を拘束され、性器は見覚えのない器具で覆われている。動いた瞬間に快感が走り、御厨は声にならない喘ぎを漏らした。
 御厨が下腹部の違和感の正体に気づくのにも、そんなに時間はかからなかった。付き合い初めてすぐの頃に、御厨の自慰用に、と九十九がふざけて買ってきたディルド。何度か一人の時や九十九との行為で使っていたそれが、御厨のアナルに入れられている。
 どうしてこんなことになっているのか。混乱している御厨のもとに九十九が上機嫌でやってきて、御厨はさらにパニックに陥った。

「やっと起きたんやね、お寝坊さんやなぁ」
「……これは、どういうことなんですか」
「声ガッサガサやなぁ、水でも飲むか?」
「ちゃんと答えてください!」

 乾燥した喉がひりつくのを押し切って、御厨は声を荒げた。
 部屋を出ようとしていた足を止めて九十九が振り返る。その表情は凪いだ海のように静かだった。御厨はヒュッと息を飲んだ。
 一歩、また一歩と近づいてきた九十九は、御厨の上に跨ると、へらりと笑った。

「ボク寂しかったんよ? 連絡くれへんし家に来んな言われるし同居も断られるし、もうボクのことどうでもえぇんちゃうかって。ボクとは行かへん店に他の奴と楽しそうに二人で入っていくん偶然見たんよ。あんだけ尽くしてきたのに、ずっと好きやったのはボクやのに」

 淡々と喋りながら九十九はズボンのチャックを下ろし、下着の中から性器を取り出して御厨に見せつけるように目の前で扱く。

「そんな、こと……」
「そんなことない言うんやったら今すぐ仕事辞めてボクと住んで。ボクやったら蓮くん一人くらい余裕で養えるし、ボクがおらん時は外に出やんといて」
「無茶なこと言わないでください!」
「……このお願いは聞いてくれへんねんな、残念やわ」

 九十九は御厨に入れていたディルドを一気に抜いた。九十九によってすっかり開発されている御厨の身体は、それだけで快感を拾う。力が抜けている隙に左足の縄だけを解くと、強引に横向きにさせて肩に足を担ぎ上げた。

「ひっ……い、いやだッ!」
「イヤイヤばっかりやな、もうそれ聞き飽きたわ」

 昂った性器を御厨のアナルにあてがい、九十九はそのまま一気に奥まで突き入れた。腰を押しつけるように前後に揺する。
 御厨はしばらくして突然、苦悶の表情を浮かべた。

「あっあ、いだッいぃ! いっ、痛い、あぁあッ」

 股間に走る痛みに御厨は悶絶していた。御厨の性器に装着された貞操帯が、勃起を阻害していたのだ。
 大きくなろうとする度に、陰茎に貞操帯が食い込む。先端には棒状の突起があり、尿道を塞ぐだけではなく敏感になっている内側を擦る。
 締めつけられ痛みがあるのに快感も与えられ、性器が萎えることなく御厨を苦しめていた。

「夜に散々イッたのに、まだおちんちん元気になんの?」
「知らな、アッぐ、取っでぇッいたいぃ!」
「それだけ元気やったら大丈夫やろ」
「おねが、あッしま、痛いのや、だッ」

 ガツガツと腰を打ちつけながら、九十九は考える素振りを見せる。その隙を見た御厨は必死に止めてほしいと乞う。
 九十九はわざと聞こえていないフリをして、さらに質量を増した陰茎を奥に押し込む。

「ひぎッァ、ダメ!」
「ダメちゃうやろ?」
「それ、いじょッ奥、ぁあああアアッ!」

 ぐぷり、と閉じていた最奥をこじ開けて、張ったカリが結腸に入り込む。目を見開き、だらしなく開いたままの口から涎が垂れるのも気にする余裕がなく、御厨は身体をガクガクと震わせた。

「雌イキ気持ちえぇなぁ、もっとしたるわ」
「らえ……やぁっ、いきたくなッ」

 最奥にカリを引っかけるように、大きく揺すられる。絶叫に近い嬌声を上げ、御厨はずっと絶頂から降りられずに、九十九にされるがままになっている。
 御厨の性器は勃起を制御されながら、だらだらと先走りを垂れ流している。九十九が動くのに合わせて揺れる度に、尿道に入り込んでいる棒が内部を擦る。

「あ、すかざッアッぐ、やぁあッ!」

 御厨の縋るような目が九十九に向けられる。今、形はどうであれ御厨が見ているのは間違いなく九十九ただ一人だけだ。九十九の陰茎は、はち切れんばかりにぐっと大きさを増す。
 与えられる刺激についに泣きじゃくり始めた御厨の姿に、九十九はにんまりと口角を上げ、最奥に欲をぶちまけた。
 ドクドクと脈打ち中に出される感触に、御厨は失望した。
 御厨の知る九十九は常に気遣って中に出すどころか、生でしようともしなかった。そんな優しさの欠片もない、目の前にいる九十九はまるで別人のように見えていた。

「ボクのことだけ考えて、ボクとずっと一緒におって」

 そう囁きながら、涙で濡れた目元に口付ける。そのまま下へと移動し、鎖骨に強く吸い付く。くっきりと残る鬱血痕を見て、九十九はうっとりとした笑みを浮かべた。
 異様に重い身体と、昨日の午後からの記憶がまったく思い出せない焦り。それに、九十九の異常な行動に、御厨は強い不安と恐怖心に支配されていた。
 再び硬さを持ち始めた九十九のモノに、御厨は身体を強張らせた。その反応に目ざとく気づいた九十九が、ゆるゆると腰を動かす。

「もっとしてって?」
「ちが、う……」
「大丈夫、まだまだしような」

 拒絶する隙もなく、またガツガツと責め立てられる。が、反応が薄くなった御厨に九十九は一度動きを止めた。

「どないしたん?」
「……っ、……」

 何も答えない御厨に、九十九は不思議そうに首を傾げる。御厨の様子をじっくりと上から下まで観察し、性器が萎えて縮んだままになっているのに気づく。

「気持ちようない?」

 前立腺を狙って動かすと、感じているような締めつけはあるものの、いつものような反応はない。視線も合わせようとしなくなった御厨に、九十九は舌打ちして行為を中断し、部屋を出て行った。
 ふ、と短く息を吐く。
 機嫌を損ねただろうか。次は何を要求されるのか。

「ど、して……」

 また涙が溢れてくるのを、御厨はどうすることもできないまま枕を濡らす。何かを漁っている音が止み、乱雑な足音が近づいてくる。びくりと御厨の肩が跳ねる。

「ほら、飲み」
「ぅ……ァ、っ」

 口を無理矢理開けられて、何かを飲まされた。ツンとくるきついアルコールの匂いに、昨日の出来事がフラッシュバックする。瞬間、吐き気を催し、御厨は飲まされたばかりの酒を吐き出した。

「うぇっ、げほ、ぅうッぐ、おぇっ」
「ちゃんと飲まなあかんやろ?」

 小さな瓶の飲み口を、再度口に押し込まれる。咽せるのも気にせず中身を全部流し込み、また吐き出さないように口を手で塞ぐ。吐き出さないのを確認してから、九十九はタバコに火をつけ吸い始めた。
 部屋にタバコの匂いが充満した頃、どろりと思考力が溶け出した御厨に、九十九は中断していた行為を再開した。意識がクリアになりかける度に酒を飲ませ、何度も何度も九十九は御厨の中に欲を放った。
 泥酔状態の御厨の性器は勃起することはなく、射精を伴わないまま絶頂し続けた。最後の方は意識を飛ばし、貞操帯の僅かな隙間から漏れていた尿がシーツにシミを作っていた。
 気を失った御厨から貞操帯を外すと、溜まっていた尿が一気に勢いを増してシーツを濡らしていった。散々弄られた尿道が失禁する刺激さえ快楽と受け取るのか、意識のないまま御厨はびくびくと身体を跳ねさせている。
 その一部始終を九十九はスマホで録画し、タバコをもう一本吸いながらゆったりと後始末を始めた。


 御厨は約三週間、九十九に監禁され続けた。
 九十九が御厨の会社に体調不良で休むと連絡を入れていた為、発見されるのが遅くなってしまった。
 御厨が解放されるきっかけとなったのは、連絡を入れてくる九十九が毎回詳細をはぐらかす為、長期の休みを心配した上司が御厨の家を訪ねてきて、九十九と鉢合わせたからだった。
 頑なに御厨との面会を断ろうとする九十九を不審に思った上司が、警察に通報し事態が発覚した。駆けつけた警官に九十九はその場で身柄を拘束され、寝室にいた御厨は非常に衰弱していて病院へ救急搬送された。
 それから三日後、目を覚ました御厨は錯乱状態に陥り、医師と看護師数人がかりで取り押さえられた。数日かけて状況を説明され、すべてを理解した御厨は静かに涙を流した。
 退院してすぐに、九十九との連絡手段を断った御厨は、もう関わることがないように会社も辞めて遠くへ引っ越した。


*****


「嫌だッ離せ!」
「そない暴れんといて」

 М字に足を開かせて、九十九は性急に御厨のアナルに指を入れた。ローションをまとった指はすんなりと飲み込まれ、九十九はあっさりと引き抜いた。

「昨日もお楽しみやった? えらい柔らかいけど」
「……あんたには関係ない」
「ふぅん?」

 九十九は御厨のスマホのロックを難なく解除して、スラスラと操作していく。スマホを御厨に向けた途端に、聞き馴染みのある声が聞こえてきて御厨は硬直した。

『もしもし、蓮?』
「たく、ま……」
『え、なん……なに、どういうこと?』
「やッ見ないで!」

 御厨は顔を青ざめさせた。音声だけではなく、映像も通話相手――御厨の今の恋人である並河拓真に繋がれている。

「いーっぱい、気持ちようなろうな蓮くん」
「やだッしたくない! あ、あアァッ」

 拘束され、抵抗できない御厨のアナルに、猛った陰茎が無遠慮に入り込んでいく。悲痛な叫び声を上げる御厨の様子に、これが合意ではないと察する。並河は焦りと怒りを見せた。

『誰だよお前! 蓮に何してんだ!』
「キャンキャン吠えなや、今えぇとこやねんから」

 見知らぬ男に犯されている恋人の姿に、並河はスマホを握り締めて家を飛び出す。

「見ない、でッいやだ! あ、アッ」
『蓮! 助けに行くから!』
「ボクとのセックスのがえぇやんなぁ、喜んで締めつけとるよ」
『お前は黙ってろ!』

 並河は全速力で走る。映像の背景は、並河もよく知っている御厨の部屋のものだった。並河の家から、徒歩数十分の位置にあるマンションの五階。

「一緒にイこうなぁ蓮くん、ここ好きやろ?」
「きらい、いぎだぐないぃッ」

 エレベーターを大人しく待つ猶予もない。
 階段を駆け上がり、息を切らしながら、鍵を開けて室内に駆け込んだ。ベッドが激しく軋む音と御厨の声が、スマホからも目の前からも並河の耳に届く。

「ごめ、なさッごめんッアぁイぐ、イぎたくな……ッ!」
「うっ……はぁー締めすぎやで蓮くん」

 寝室を開けた先には、中に出されながら盛大に腹を自らの欲で濡らしている恋人と見知らぬ男がいた。

「遅かったなぁ」
「なに、してんだよ」
「ボクが蓮くんをどうしようが勝手やろ、ボクのやねんから」
「何言ってんだよ……さっさと消えろ」
「ボクが仕込んだんよ、えっちな蓮くんに」
「なんだよそれ」

 力づくで九十九を引き剥がし、並河は九十九に殴りかかった。
 それに抵抗することなく殴られ続けた九十九は、部屋の隅からカメラを取り出し映像を見せる。

「今の暴力と蓮くんのハメ撮り動画、ネットに流してもえぇんやろか。あ、バックアップはあるし、これ壊しても意味ないで」
「脅す気かよ、そんなのに屈するとでも思ってんのか?」

 九十九は起き上がり、並河から御厨に視線を向けた。

「蓮くんは賢いからよう分かるやろ?」

 声をかけられて、御厨は怯えたように肩を震わせた。

「……たくま、ごめん」

 震えたか細い声で、御厨は並河に向かってただそれだけの言葉を発した。
 九十九に刷り込まれた恐怖が御厨を支配する。並河を巻き込まない為にも、御厨に残された選択肢はこれしかなかった。

「ごめんってなんだよ、蓮」
「お願いだから、ほっといて!」
「ほっとけるかよ!」
「出てって、はやく……お願い」

 引き留める並河に対して、御厨はひたすら突き放す言葉ばかりを返し続ける。

「そういうことやから、大人しく帰ってもらおか」
「納得できるかよ!」
「蓮くんの気遣いを無駄にするん? 暴力は見逃すし、蓮くんの恥ずかしい動画が出回るんも防げるんやで? ボクと蓮くんは恋人同士やし、なんも問題ないやろ」
「蓮、こいつの言うことなんか聞くなよ!」
「……ごめん」

 ボロボロと泣き出した御厨に並河はそれ以上何も言えず、無言のまま部屋を出て行った。
 薄暗い部屋の中、破綻していく様を見ていた九十九だけが楽しそうに笑い出す。

「ボクのお願い、聞いてくれる?」

 九十九の問いかけに、御厨は力なく頷いた。



【完】


2022.4.3発行
ど鬼畜アンソロジー寄稿再録



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