▼ パンツ事件
立花は天性のドジ属性を持っている。何もないところで派手に転倒し、その拍子に人を巻き込んで大騒ぎになる。所謂ラッキースケベを巻き起こす能力を持っていた。
女子生徒相手であれば、まさしくラッキーと言えるだろう。だが、ここは全寮制の男子校。女子のような人間はいても、柔らかいふくらみはないし、もれなく股間に逸物が付いている。
そんな立花のスキルが今、立花にとって非常によろしくない方向へ効果を発揮している。
「探したぞ、立花!」
「げっ」
「どうした? もっと嬉しそうな顔をするといい」
「いや、無理です」
立花の目の前に立つ美丈夫――生徒会長である星川――から、そっと立花は距離をとった。立花が一番会いたくない人物で堂々の一位に輝く男だ。
事の発端は、数日前に起きた『パンツ事件』だ。美化委員会の活動が終わり、帰る途中に立花は星川とばったり遭遇した。何が起こったのか察しの良い人はもうお気づきのことだろう。
立花は星川を巻き込んですっ転び、あろうことか星川を押し倒す体勢で星川の股間に顔面を着地させた。舞い散る書類、生温かいほどよい弾力を持ったナニか。
「す、すみませんんんん!」
慌てて立ち上がろうとして、立花は自分でばら撒いた書類に足をとられ、再び星川の股間に覆い被さる形となった。その時に、立花はあることに気付いた。
――パンツ穿いてないんじゃ……。
「おい」
「ふぁい!」
「随分と熱烈なアタックだな」
「違うんです! すみませんこれは事故で……」
「こんな誰が通るかも分からない廊下で堂々と、しかも押し倒されるとは生まれて初めてだ」
「本当にすみません!」
「顔はまぁ普通だが、その男らしさは嫌いじゃないぞ」
「え?」
雲行きが怪しくなってきていることに、立花が気付いた頃には遅かった。星川がパンツを穿いているのか穿いていないのか、それに気をとられていたのが敗因だったと立花は語る。
何故か星川に気に入られ、ずるずると星川の部屋に拉致され、気付けばふかふかのベッドに横たわっていた。
「抱かれる側は初めてだが心配するな。天国を見せてやろう」
「う、うわぁああああああ」
「お、おい! 何故逃げる?」
天国を見る前に地獄を見てしまうところだった。あと、パンツ穿いてなかった。窓を開けたら星川会長の御立派様がこんにちはしていた。
必死に逃げることしか、立花の頭の中にはなかった。学園一のイケメンでも、野郎の時点でまったくラッキーではない。
日常的にノーパンなのか、あの日だけノーパンだったのか定かではないが、少なくともまともな人間ではないだろうと立花は考えた。突然見知らぬ平凡顔の男に押し倒されて、怒るどころか部屋に連れ込む手の速さと見境のなさは、真っ当な人間と位置付けるには無理がある。
立花は星川とは関わらないようにしようと心に決めて、翌日から早速それは叶わぬ夢となった。
「そんな覇気のない顔をしていては幸せが逃げていくぞ」
「その原因はあんたですよ」
「なんだと?」
「俺は別に星川会長とどうこうなりたいとは思ってない。あの日の出来事は全部俺がただドジしただけ、理解しました?」
「俺は立花のことを気に入った、だから問題ないぞ」
「……俺の話聞いてないでしょ」
キラキラとした目で見つめてくる星川から顔を逸らし、立花は頭を抱えた。
言うことを聞かない子どもを相手にしている気分だ。わざとそうしているなら、本気で怒ればどうにかなりそうなのだが、星川は素でこんな態度をとっている。実に厄介なパターンだ。
怒ったところでどうしてなのか分かっていないので、星川は首を傾げるだけで、数分後にはセックスしようと迫ってくる。立花はもうお手上げだ。
「じゃあ俺がその気になるように誘惑してくださいよ」
「誘惑?」
「そう、それができたら考えますよ」
男相手に、しかも自分より体格のいい星川を相手にそんな気は起きないけど。その言葉は星川には伝えることなく、立花は星川がどう出るか見守った。
星川はぱちくりと目を瞬かせた後、立花にゆっくりと抱きつきながら、耳元で甘く囁いた。
「抱いてくれないのか?」
「なんっつー声出してんだよあんたは!」
「誘惑しろと言ったのはそっちだろう。触りたければ触るといい」
「ちょ、またあんたパンツ穿いてないだろ!」
「それがどうした?」
「も、わかったから離して……」
「そうか、なら部屋に行こう」
にぱっと笑みを浮かべて立花を担ぎ、寮へルンルンと歩いていく星川が目撃され、いろいろな推察が飛び交うこととなるが、星川の耳には少しも入っていない。
しかし、見た人は口を揃えてこう言う。担がれた立花を見ているとドナドナが聞こえてくる、と。
「天国見れただろう?」
「ハイ、ソウデスネ……」
脱童貞を果たした立花は、全裸のまましくしくと泣いた。星川のペースに完全に流されるのも、時間の問題なのかもしれない。