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▼ パンツ争奪戦

「パンツがない……」



 最後に思い出でも作ろう、卒業旅行に行くぞ! なんて、わぁわぁと騒いで箱根にやってきたのが五時間前。懐石料理に舌鼓をうち、この旅行のメインである温泉を満喫した後のことだ。
 野々口のパンツが消えた。穿いていたパンツも、これから穿く為に持ってきていたパンツも。どこにも見当たらないのだ。

「どしたの、のんちゃん」
「パンツがないんだよ」
「パンツ? のんちゃんの?」
「確かにカゴに入れたはずなんだけどな」

 首を傾げる野々口と一緒になって、鎌谷は不思議そうに辺りを見回した。貴重品なら盗まれた可能性を真っ先に疑うが、今探しているのはパンツなのだ。
――そんな、まさか。
 鎌谷は表情を曇らせた。普通なら、男物の下着がなくなったくらいで騒いだりはしない。が、残念ながら心当たりがありすぎるのだ。犯人はきっと、この中にいる。
 それに加えて、卒業旅行の言い出しっぺである会長――椿が、離れにあるこの露天風呂を一時間貸切にしていたのだ。部外者がわざわざここまで来て男の、しかも野々口のパンツだけを持って行く方がおかしい。
 そそくさと横切っていく気配に、鎌谷は推理を止めて視線を移した。

「ねぇ、椿会長」
「何だよ」
「そんなに急いでどうしたの?」
「別に急いでねぇよ」
「のんちゃんのパンツがないんだよ? 探してあげないの?」
「持ってくるの忘れたんじゃねぇのか?」
「穿いてきたパンツもないんだよ?」

 黙り込んだ椿を不審に思った鎌谷が、椿をじっと見つめる。嘘を吐くのが異常に下手な男なのだ。視線をあちこち泳がせる椿に、鎌谷は黒だと確信を持った。
 一歩近づくと、ギクリと肩を跳ねさせた。大事な大事な野々口の為なら、例え相手が会長であろうと見逃す訳にはいかない。
 椿の荷物をチェックすると、パンツが二枚出てきた。黒のボクサーパンツと赤いトランクス。
 あ、と野々口が声を発し、黒のボクサーパンツを手に取った。

「これ、俺の……」

 野々口がそう呟いた途端に、殺気が一斉に椿へと突き刺さった。生徒会メンバーは全員、補佐として友達として頼りになる野々口のことを気に入っている。
 家の事情で時期外れに転入してきて慣れない環境の中でも、己のスタイルを貫き通し、誰に対しても親身になって話を聞いてくれる。そんな野々口のことを尊敬し、好意を抱いているのだ。
 そんな大切な野々口の私物を、それもパンツを盗むとは何事かと空気が冷え込んでいく。

「椿、あなた何してるんですか?」
「目の前に野々口のパンツがあったから、つい」
「つい、じゃないでしょう!」

 普段は穏やかな蒼井が声を荒げ、椿は口をきゅ、と閉じた。かなりの迫力があり、椿は何もアクションを起こせないまま野々口のパンツを没収された。

「ありがとう蒼井」
「いえ、会長の失態は副会長である僕がカバーしなければなりませんので、当然のことをしたまでのことですよ」
「卒業したんだからそこまで面倒見なくてもいいんじゃないか?」
「確かにもう役職はないんですし、面倒を見なくてもいいとは分かっているんですが癖で」
「あー、椿はすぐ無茶言うからな。ほっとけないんだよな、分かる」

 蒼井は確実に狙って言い出したのだが、それに野々口も乗り出して盛り上がり始めてしまった。
 しかし、まだ野々口のパンツは一枚しか見つかっていない。もう一人、犯人がいる。そう鎌谷が口を開こうとした時だった。

「ねぇねぇ、しゅうちゃん、ポケットからはみ出てるのなぁに?」

 ゆったりとした口調とは裏腹に素早い動きで、しゅうちゃんこと諫早のポケットから里中は何かを抜き取った。

「あっ……!」
「これは……パンツ……」
「ちが、あの……」

 里中からパンツを渡され、野々口はタグを確認した。兄弟が多いので自分の物には名前の頭文字を取って『あ』とマジックで書いているのだ。そのパンツにはきっちり証拠があり、野々口のパンツはどちらも手元には戻ってきた。
 その代わりに、友人にパンツを盗まれていたという処理に困る事実が残されている。
 椿はまだ、日頃の行いがよろしくないので困りはしない。諫早がパンツを盗るという、予想だにしないことが起こっていることの方が重大な案件である。

「なんでパンツを……?」
「ごめ、なさ……いい匂いして……」
「いや、いい匂いはしないと思うぞ諫早」
「篤志のパンツ、いい匂い」
「うーん……」

 消極的な諫早が力強く自信に満ちた表情で野々口のパンツの良さを語っている。こういう時、どうしたらいいものか。野々口は諫早のことを弟のように可愛がっているのだ。強く否定することが出来ない。
 野々口のパンツを物凄く気に入っている様子の諫早の視線は、未だにパンツへと注がれている。そんなに気に入る要素は一体なんなのだろうか。普通に市販されている、それも三枚セットで安く売られていた、なんてことはない普通のパンツだ。

「そんなに欲しいのか……?」
「ほしい」

 即答だった。あの優柔不断な諫早が、やや被せ気味に答えた。パンツぐらいあげても何も減ることはないだろう。そう考えをまとめて、野々口は諫早にパンツを手渡した。

「なんかよく分からないけど、欲しいんだったらやるぞ?」

 その一言で空気がピシリと固まった。

「あっくん、今、なんて?」
「え? パンツぐらいやるけどって……」
「本当!? 俺もあっくんのパンツ欲しいなぁ」
「里中?」
「抜け駆けしてんじゃねぇよ里中!」

 野々口は詰め寄ってくる里中と椿に目を丸くした。何が起きているのか、理解出来ない。いや、したくなかった。

「二人とも何言ってんの? のんちゃん困ってるでしょ」

 野々口の前に立ち、二人を注意する鎌谷の姿が、野々口には天使に見えた。よかった、まともな人がいた。野々口はほっと胸を撫で下ろした。
 しかし、その安らぎは一瞬で消え去った。

「そうですよ二人とも、パンツを貰うならきちんと順序というものがあるでしょう」
「ん……?」
「今、パンツを貰ったら、野々口はノーパンになってしまうじゃないですか! 新しいパンツを買うのにもお金が掛かるんですから盗むなんて言語道断です! 野々口のパンツが欲しいならまずはパンツを渡すべきです!」

 おかしい。基本的な、根本から間違っている。里中も椿も諫早までも、蒼井の意見になるほどと頷いている。そこは頷くところじゃないと思うなんて、野々口が口を挟める雰囲気ではなかった。
 ぽん、と隣にいた鎌谷が憐みの表情で野々口の肩を叩く。

「どうしてこうなった」

 高校生活最後の思い出が、温泉旅行からパンツ争奪戦になるなんて。とにかく、他人に気安くパンツをあげたりしないようにしようと野々口は強く心に誓った。



パンツ争奪戦
(こいつらを誰か止めてくれ)





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