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▼ 聞く耳持たず

 壊れかけた古い南京錠が、コンクリートに叩きつけられて、がしゃりと音を立てた。錆び付いて滑りの悪い扉を容赦なく蹴り飛ばせば、彼の目当ての人物が縄で縛られ床に転がっていた。

「よぉ、気分はどうだ?」

 返事はないが、ギロリと突き刺すような視線に、このテリトリーの主である村尾は口角を上げた。
 一歩、また一歩と距離を縮めるにつれて、鼻につく異臭が濃さを増していく。

「派手にやったな、越智」
「……るせぇ」
「悪かったな、トイレを用意してやれなくて」

 村尾はしゃがみ込むと、越智と呼んだ男の髪を鷲掴み、目線を合わせた。痛みに歪む越智の顔を見て、恍惚とした表情を浮かべる。
 どこの族にも媚を売らず、単独で好きなだけ暴れて回る一匹狼。それが今、目の前で自らの手によってされるがままになっている。
 この状況に、ここら一帯を取り仕切る族の総長である村尾は、それはもう嬉しそうに笑みを浮かべた。

「いい加減、俺のとこに来いよ」

 これで五度目となる村尾の誘いにも、越智は首を縦には振らなかった。村尾はチッと舌打ちをして、越智の髪を掴んでいた手を離した。支えを失った越智は地面に体を打ち付け、息を詰まらせた。
 村尾は耳に開けた赤いピアスを弄りながら、越智の耳へと手を伸ばす。越智は身動きの取れない状態ではあるが、顔を背けて僅かな抵抗を試みる。ほとんど意味のないその抵抗に、村尾はニタリと愉しげに口元に弧を描く。

「お前にはもう選択肢なんざねぇんだよ」
「っ……触るな」

 同じ赤いピアスがきらりと光りを反射する。越智を力で捻じ伏せ、ここへ運んできた時に村尾が勝手に開けたものだ。

「お前は強い、だからお前が欲しい」

 越智は厄介な奴に目を付けられてしまったものだと、自分の運の無さを後悔した。別にこれが初めてな訳ではない。今までも色々な族から勧誘はあった。
 しかし、ここまで執拗に、強引に来たのは村尾が初めてだった。まさか拉致された上に縄で縛られて、喧嘩が終わるまで放置されるとは思っていなかったが。
 村尾が断トツに強いことは認めることが出来ても、ここまでされて誘いに乗るのはプライドが許さなかった。

「俺はお前が嫌いだ」
「釣れねぇな」
「お前の言うことを聞く日は来ねぇよ」

 越智は唾を吐き捨てると、しゃがんだままの村尾の額へ上体を振り上げ、頭突きを繰り出した。鈍い音と村尾の激痛に悶える声をBGMに、越智の意識は遠のいていった。



 それから数か月後に、尻に敷かれている総長がいる族があると、恰好のつかない噂で有名になってしまうのはまた別の話。


END





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