シードル視点/調理室で見る少女のもう1つの顔
ようやく授業が終わり、昼休みとなった。
この時間になれば大体弁当か学食を食べに行くが、僕はその気にはならず、絵でも描こうと美術室に向かった。
ふと、どこかで食べ物らしき匂いがしていた。その匂いは調理室から来ている。
中を覗いてみると、見覚えのあるピンクの帽子を被ってる少女がガスレンジの前に立ってるのが見えた。
鍋を見ている彼女は、教室でいつも見せてる笑顔とは違って、何の感情も篭ってない無表情だった。
いつの間にか僕は調理室の中にいた。何故ここに居るのか解らなかったけど、何となく彼女に声を掛けなきゃと思った。
「何やってるの?」
「??」
僕がここに居る事に気付いていなかったのか、ミエルはやや驚いた表情で僕を見つめた。
「あ、えと……シードル君。どうしてここに?」
「シードルでいいよ。それに、こっちが先に聞いたでしょ?」
しばらく考え込んでるように黙っていると、やがて彼女は口を開いた。
「なんとなく…かな?」
「なんとなく?」
「調理室があったから、なんとなく、何か作ってみたかったんだと思う。」
そう言うと、彼女は再び鍋に目を向けた。
中でグツグツと音を立てているそれは、1人じゃ食べ切れない程多いロールキャベツだった。
「こんなに作ってどうするの?」
「……さあ。どうするんだろう?考えてないや。」
普段と同じ落ち着いた口調だが、今の彼女の声には、普段とは違う何かが篭ったようだった。
「クセなのかな?作り始めると、つい多く作っちゃうの。お母さんと一緒に作る時は特に。」
「…仲いいんだね。お母さんと。」
僕はついぶっきらぼうに言い返してしまった。別に悪気がある訳でもないのに。
だが、しばらく何も言わなかったミエルが再び言い返した言葉は少々疑問だった。
「どうなんだろう?もう、ここ何年間、お母さんと話した事が無いの。」
「……え?」
これは流石に驚いた。誰とでも仲が良い彼女が、自分の親と何年間も話してなかったなんて。
喧嘩でもしたのか、家の事情でもあるのか、どっちにしろ今は余り聞かない方がいいかもしれない。
「あ、ごめん。変な事言って。」
「いや、別に気にしてないよ。」
「…そうだ。これ、良かったら皆で食べて。」
そう言いながらミエルはロールキャベツが入ってる鍋に手を乗せた。
「熱っ!!」
「あ!あーあ。駄目でしょ、そんな所に手乗せちゃあ。」
熱くなってる鍋をそのまま触れたのだから、そりゃ熱いだろう。
それでもミエルは大丈夫だと言うばかりだ。
「こうゆうの良くあるから。気にしないで。」
「いや、良くないでしょ!火傷したらどうするの?」
「ありがとう。優しいねシードルは。…あいつとは違って。」
最後の言葉をした瞬間、ミエルの目に怒りが浮かんだようだった。だが、しばらくして彼女はまた笑顔になった。
「皆、喜んでくれるといいな。」
14個のロールキャベツを出しながらミエルはそう言った。
ロールキャベツを渡してるミエルは、いつも他の人に見せる笑顔だった。
彼女のあの顔を見る事はあれ以来無かった。
もしかしたら、あの笑顔を仮面にし、彼女自身を隠してるのかもしれない。
誰も、彼女ともう1人の喧嘩の理由を知らないように。
ミエルは、最後のロールキャベツを僕に渡し、笑顔でこう言った。
「シードルに幸せが来ますように。」
彼女のその言葉を、いつか彼女自身に伝える人が来る事を、僕はただ願った。
END
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