マジバケ小説 | ナノ


魔法を教える学校である事を証明してるかのように古風で洋風な雰囲気を与えるウィルオウィスプの中で唯一和風のデザインになっている禅部屋。
松の木を中心とした庭に囲まれている畳の部屋はまさに全ての生徒達や先生達の癒しの場所でもある。
そんな部屋に入ると、いくつかの光が部屋の周りをゆらゆらと飛び回っているのが目に映った。
その内1つの光が少年の方へ近付き、その光に触れようとすると、また遠くへと行ってしまう。その光が行った方向には壁に身を寄せたまま庭を眺めている少女がいた。
まるで光に呼ばれてるかのように顔の位置を変えると、しばらくして少女はやや驚いたかのように先程入ってきた少年へと顔を向けた。

「珍しいな。お前が授業を連続でサボるなんて。」
「…来てたんだ。」
「ああ。大分事も治まってきたし、何日も学校を休むわけにもいかなかいしな。」

ミエルの方へ近づいたガナッシュはやがて彼女の隣に腰かけた。
こうやって2人だけで話が出来たのは一体どの位前の時だったのだろうか。

「そう言えば聞いたよ。ヴァニラさんもエニグマから解放されたって。」
「ああ。近々カベルネにも会わせる予定なんだ。まだ互いに複雑かもしれないが。」
「…そう。」
「お前はどうなんだ?トリュフが言うには、お前自分の魔法にやや戸惑ってるらしいが。」
「……前までは…ね。自分の本当の力を思い出したのまではいいけど…ついさっきまで使ってた風の魔法が…もう使えられなくなったから。」
「え?」
「エア達が見えなくなった訳じゃないけど、何度も風を呼び起こしてみても、何も起きなかったの。
今はもう受け入れたんだけど、それを知った当時は本当にどうすればいいのか分からなかった…。」
「…そうか。」

そう言ってからしばらく会話が繋がらなかった。今まで衝突し合ってきた仲だったせいか、話す言葉が思い浮かばなかったのだ。

「……なあ、教えてくれないか?お前には今、この光景がどう見えているのか。」
「…精霊が見えてる事を前提としてという事?」
「ああ。」

一瞬ミエルは悩んだが、やがて庭を見つめると、彼女の目に浮かんだ全ての存在を語っていた。

木の枝でコロコロと転がっているスティック、風に身を任せながらフワフワと飛んで行くエア、ミミズグミを抱えてるバズを見て逃げ出しているパウダー、水の中を泳いでるフローとその中にある岩の下に隠れているフリント……
ガナッシュは勿論、他の魔法学校の生徒達には見えない光景を、ミエルは淡々と、けれどどこか楽しそうに語っていた。

「…まあ、と言っても、見えてないんじゃこんなの話しても何の意味ないけど。」
「けど、お前には見えてるんだろ?だから精霊の存在を知ってたし、あの時も俺達のために精霊の協力を得る事だって出来た。」
「まるで私が精霊が見えてるのを信じてるような言い方だね。」

穏やかに笑ってるミエルだったが、その言葉には微かながらも棘があった。
何しろガナッシュは、かつてミエルが精霊が見えてる事を、話が出来る事を信じていなかった。
そのせいでミエルを嘘吐きと呼び、数少ない暴力を加えていた。それは少なくともミエルに大きな心の傷を与えていたのだ。

「…俺達、違う出会い方をしていたら、どうなってたんだろうな…?」
「そんなの分かんないよ。それに、そうゆうの考えてたら切が無いよ。
もし私が精霊が見えてなかったらとか、あなたやヴァニラさんが闇の魔法使いじゃなかったらとか、そもそも私達が出会ってなかってたらとか…。
でも、私達はこうやって出会った。なら、考えるべきなのは、この後どうするかじゃない?」

幼い頃喧嘩し、学校に入って仲良くなるも、ある事がきっかけで再び衝突する仲になってしまった。
それを悔やんだ所で過去は戻る事も、書き直す事も出来ない。
なら、その過去によって作られた現在をこれからの未来のためにどうするかが重要になるだろう。

「あの時…ここで俺達が言い合いになったあの日、本当は全部話すつもりだったんだ。
俺がかつてお前の事をイジメていた奴だった。でも、もうお前を同じ目に合わせるつもりはないと。
あんな風にきつく言い放つつもりなんて本当はなかったんだ。
ただ、当時は姉の事で頭がいっぱいになって、俺自身も苛立ってたんだ。
それで、気づいたらいつの間にかお前に八つ当たりしていた。思ってもない事を平然と口走りながら。
お前もあの時、親父さんの事でかなり辛かったはずなのに、そんな事も知らずに親父さんを貶すような言い方までして…先生から話を聞いた時、凄く後悔したんだ。
だから何度も謝りたかった。嫌われてもいい。ただ、俺がお前にやった事を、最初から無かったかのようにしたくなかったんだ。」

ミエルは微かに目を見開いた。
今まで彼女がガナッシュを受け入れられなかったのは、かつての出来事を全部忘れて、何事もなかったかのように振舞わければならないと思ったからだ。
だが、彼の本当の気持ちを聞いて、ようやく自分の考えが間違っている事に気付いたのだった。

「……これ、もう一度受け取ってくれないか?」

ガナッシュが懐から何かを取り出すと、それをミエルに差し出した。
その手の上にあったのは見覚えのある首飾り、かつてガナッシュがミエルに渡した、ガラス石のペンダントだった。
ただ、その石を繋げていたのは前の革のひもではなく、銀色に光るチェーンだった。

「色々直して貰ったんだ。前のと同じ様に…はならなかったが…。
今度は、脅すためでも、バカにするためでもない、純粋にお前の誕生日を祝う贈り物として、これを受け取って欲しい。」

ガナッシュの言葉を聞いたミエルはしばらくそのペンダントをただじっと見つめている。
だが、やがて迷いながらもそれを受け取り小さく礼を言った。
ミエルの手の上に乗っているそのペンダントはまるで再び持ち主の所に戻って来たのを喜んでるかのようにキラキラと輝いている。
それを見てミエルは自分も知らずに笑みを浮かべていた。

「何か…あっけなく終わっちゃったなぁ。」
「??」
「つい最近まで互いに憎み合ってたのに、こうして話し合っただけで一瞬で全部解決して……。」
「俺はお前の事憎んだ事…」
「分かってる。……本当は、もうとっくに気付いてたかもしれない。でも、前の記憶がそれを受け入れられなかった。」

ミエルは息を整えると、話を続けた。

「あの時以来、ずっと同じ夢を見てた。
幼い頃の私がたった1人で泣いていて、それを周りの人達が嘲笑ってて、助けようと手を伸ばしたら目の前でその子があなたに殺される夢を…。
その夢から覚める度に何度も吐いて、何度も泣いて、もう寝るのも怖くなる位だった。
だから強くなりたかった。周りから迫害されるのも、大切な人が次々といなくなるのも、全部私が弱いからだと思ったから。
強くなれば、もう誰も私の事を虐められなくなるし、大切な人を守れると思ったから……。」

穏やかに話すミエルからガナッシュは目を離せなかった。
いつもの口調、前と変わらない笑顔。いつものミエルと何も変わりない筈なのに、なぜか今にも壊れてしまいそうだった。
そして気が付けばガナッシュは、自分の腕の中に納めている。
自分の腕に巻かれたまま身を寄せている少女のあまりの小ささに、微かながらもその身が震えている事に、ガナッシュは思わず目を見開いた。
かつてクラスメートの皆をまとめ、どんな時でも前へ進もうとしている姿しか見せなかった少女は本当はこんなにも小さく、そして弱い存在だったのだ。

「…ごめん…。本当にごめん…。幼かった時の事も、あの時の事も、光のプレーンの時の事も…本当に俺が悪かった…。」
「……。」
「許してくれとは言わない。けど…もう俺のせいで苦しまなくてもいい。俺に怯えなくてもいい。俺のせいでこれ以上お前自身を苦しめないで欲しい。」

ガナッシュはミエルを抱いてる腕をさらにきつくした。

「俺はもうお前を傷付けたりしない。もしお前を傷付けるような奴がいたら俺が全力で叩き潰してやる。」
「…!!」
「お前が俺を救ったように、俺もお前を救いたい。今までお前を苦しめてきたが、今度はお前を守りたい。
お前を苦しめるすべての存在から、お前を守りたいんだ。」

一瞬、身に詰まっていた何かがはじけ飛ぶような感覚がミエルの身体中に響いた。
身を締め付ける何かが無くなると同時に映る白い光景の中で、目の前に映ったのは幼い頃の自分だった。
身体中ボロボロで顔にもいくつか傷が付いているにも関わらず、ふらつく事なくしっかりと立っている。
そしてその子が自分を見ると、今まで見せる事のなかった穏やかな笑みを浮かべていた。

「おい、押すなって!!」
「何だよぉ、俺にも見せろよ!!」
「ぴぃーー!?!?潰される!!潰されるっぴーーー!?!?」

ドアの向こうから聞き覚えのある声がし、2人して顔を向けると……

『うわああああ!?!?』

突然ドアが開き、物凄い勢いでクラスメート達が転がって来た。
まさに1つの山になっているクラスメート達は覗き見をしている事がバレてほとんどが気まずそうな顔をしている。

「よ…よぉ、仲直りしたみたいだなぁ…。」
「お…俺は止めたヌ〜…。こそこそするのはよくないってちゃんと言ったヌ〜。本当だヌ〜……。」

様々な弁解をしている中、通りかかっていたトリュフがちょうど禅部屋で起きている訳の分からない光景を目の当たりにすると、急にカッと目を見開いた。
そしてだんだん表情が険しくなると、山になっているクラスメートを踏みながらある人の方向へと近づいて行った。

「何人の妹勝手に抱きついてんだお前は!?!?」

まるで殴り掛かるかのように近づいてきたトリュフはガナッシュの髪を思いっきり引っ張りだした。
それに驚いたのか、あるいは痛みに苛立ったのか、ガナッシュは歯向かうかのようにトリュフの頬をつね、いつの間にか2人は禅部屋から転がり落ちては髪を引っ張りあい続けていた。
殴り合いでもするのかと思いヒヤヒヤしたクラスメートはその2人の実に子供がやってそうな喧嘩に呆れて物も言えなかった。

「はあ…またかよ…。」
「あの2人、ああやって見ると仲良さそうなんだけどね。」
「まあ、喧嘩するほど仲良いと言えなくもないけど…。」

明らかに悪口を言っているクラスメートを気にせず喧嘩してる2人を見てると、ミエルは思わず笑いが止まらなくなった。
悪意など感じない子供の様に無邪気に笑う、そんな彼女の顔を見て他のクラスメート達もつられて笑いだした。
そんな事も知らずに未だに言い争う2人を除いて…。

 
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