小さく微笑んだマドレーヌはガナッシュに背を向けるとこう言った。
「私にはエニグマは憑いていないわ。」
「何だって―――!?」
全く予想もしていない返答に、ガナッシュは普段では出す事のない声で叫びだした。
「でもオリーブが!!先生にはエニグマが4体も憑いているって……!?」
「彼女、純真だから。すぐ騙せちゃう。ウフフッ。」
無邪気な笑顔で笑うマドレーヌだったが、ガナッシュは未だに信じられないと言う顔で問い詰めていた。
「だけど海岸で……次々とエニグマを…!」
「ピスカピークくらいならどうにでもなるわよ。」
「嘘だ!!先生、闇のプレーンを1人で走りまわってたじゃないか!!」
「……夢中だったから覚えてないや。エヘヘ!先生ぼーっとしてるから。」
「何だって――――!?!?」
ガナッシュの叫び声がただ虚しく響くなか、ケルレンドゥを倒しに行ったクラスメート達がようやく帰ってくるのが見えた。
「お待たせ、ガナッシュ!!ケルレンドゥ激破完了!!」
軽く着地するキャンディ。
「ヘイ!ガナッシュ!俺達は勝ったぜ!今度はお前が勝ちを取りに行くんだ!」
ミエルを背負ったままガナッシュに向けて軽い言葉を放つカシス。
「ガナッシュ!!やったヌ〜!!ケルレンドゥはやったヌ〜!!」
一番嬉しそうに語るカベルネ。
「フゥ〜。もう戦わないぞー。もう充分だ。一生分戦ったよ。」
着地するなり座り込んでしまうシードル。
「ガナッシュ〜!!」
そして、最後に到着したオリーブ。
クラスメート全員が無事ケルレンドゥを倒し、戻って来たのを確認出来たガナッシュの最初の言葉はと言うと……
「帰る!!さっさと引き上げだ!!」
と、実に苛立っているのがすぐ分かる様な言葉だった。
せっかく悪の根源を倒して戻って来たと言うのにそんな自分達に向けられた言葉がそんなんでは気が抜ける。
「ガナッシュ……。」
ガナッシュの心を読み、今まで彼に何があったのかを知ってしまったオリーブはただそう言うしかなかった。
だが、そうでもない他のクラスメート達はガナッシュの態度に疑問を抱えている。
「うわぁ。どうしたの、ガナッシュ。」
「怒鳴らなくてもいいヌ〜!!」
「なんで荒れてんだ?先生、ガナッシュと何かあったの?」
ガナッシュの不満に満ちた顔を見てカシスはマドレーヌに聞いたが、マドレーヌはただニッコリと笑ったまま答えた。
「ウフフ……。ヒ・ミ・ツ。」
「先生!!誤解されるでしょう!!」
「はははは。照れてやんの。可愛いじゃんガナッシュ。」
「うわー、オバサンくさー。感じ悪ぅー。」
「やれやれ……。」
マドレーヌとガナッシュのふざけてるようなやり取りに思わず顔を歪めるキャンディと呆れたかのように溜息を吐くシードル。
そんな中、今までの会話による声でようやくミエルも目を覚ました。
「…??」
「おっ?やっと起きたか?この寝坊助。」
「……ケルレンドゥ…は?」
「オイオイ、一番大活躍した本人がそれを忘れるなんて酷過ぎないか??」
「あら、大活躍って??」
「凄かったんだヌ〜!!光が『ドーン!!』と弾けてあっという間にケルレンドゥをやっつけたんだヌ〜!!」
「…光?」
大袈裟な位に大きく腕を広げて説明するカベルネの言葉にガナッシュは疑問を抱いた。
だが、マドレーヌはまるで全部知ってるかの様にただ微笑むばかり。
ミエルがカシスから降りるとき、マドレーヌはミエルに優しく言葉を掛けた。
「そう…。やっと思い出したのね。あなたの本当の力を。」
「えっ、知ってたんですか?ミエルが光の魔法使いだった事を?」
「ええ……。でも、ミエルは覚えていなかったからずっと黙ってたの。いずれ思い出せる時が来ると思って。」
そう言うと、マドレーヌはミエルにゆっくりと近づいていた。
「もう、大丈夫みたいね。」
優しく微笑むマドレーヌを見て、ミエルはただ目を逸らすしかなかった。
マドレーヌの視線が怖いからではなく、自分の本当の力と過去の記憶にまだ戸惑っているからだ。
「…で、何かあったんですか?さっきまで凄い騒がしかったんですけど。」
寝てる間に何があったのか聞いてみるも、マドレーヌはただ面白そうに笑っていた。
「ん?何だと思う??」
「??」
悪戯っ子の様にミエルに微笑むマドレーヌを見て遂に居たたまれなくなってしまったのかガナッシュは一歩先へ足を運ぶと
「お先にッ!!」
と叫び、ワープ屋のワープを使ってこの場を去ってしまった。
「魔法が使えなくても、ワープ屋さんのワープが使えるのよね。そんじゃ先生もワープでゴー!!」
マドレーヌがワープするのを見て他のクラスメートも次々とワープを使ってバスへと戻っていく。
すべてを恐怖に至らせる存在が消え、小さな魔法使い達も去る中、その場に残ったのは澄んだ空気と、新たな生命の誕生を待つ光のみだった。
ワープを使って魔バスに戻る生徒達を残りのクラスメート達が喜びの声を挙げて迎え入れた。
長い旅が続き、時には仲間同士で争いがある中、ようやく全員の生徒達が魔バスへと戻って来たのだった。
「いや〜、にしても酷ぇキャンプだったなぁ〜。」
「本当だっぴ!!変な魔物に襲われたり、変な所に行かされたり、もうやってられないっぴ!!」
「でも、別に嫌な事ばかりあった訳じゃないでしょ?お互い強くなれたし、そこで学んだ事もたさんあったし。」
「こうして意外な出会い方もしたしな。」
「…それは俺の事か?」
「他に誰がいるのさ?」
クラスメートの会話が続く中、突然陽気な声がバス中に響いた。
「いよう!!少年少女よ!!おめでとう!!特にガナッシュ!!大変な決心をしたらしいな!」
「……。」
何の返答も無いガナッシュだったが、それに気にせずバルサミコは話を続けた。
「これから町に帰って、今まで以上に苦労するとは思うが…嫌になったら、いつでも逃げ出してかまわねぇぜ。お前にゃ、何の責任もねぇ。
お前にあるのは自由だけだ。自分がやるべきだと感じたことだけをやるんだ。」
「ガナッシュ、落ち込んでない?今の気分はどう?」
マドレーヌの問いに、ガナッシュは柔らかく微笑んだ。
「……。魔法を失ったって言うのに、体が羽根のように軽い……。息をするだけで、凄くドキドキする……。」
ガナッシュの言葉にバスにいた人達全員が微笑んだ。そんな中、何のつもりなのかカシスが前の席に座っているミエルの肩を後ろから抱えている。
「お前は何か感想ないのか?魔法を取り戻した感想とか。今のお前なら、ガナッシュなんか一撃で倒せるぜ??」
本来の力である光の魔法は闇の魔法を超える唯一の魔法。そしてガナッシュは魔力を失っている。戦う事になれば、圧倒的にミエルに有利だった。
だが、ミエルは何もかも吹っ切れたように笑うだけだった。
「…もういいの。もう、何もかもどうでも良くなっちゃった。今まで倒す事ばかり考えてた自分が馬鹿みたい。」
淡々と語るミエルの表情からは今までの憎しみや怒りは見当たらず、普段から見せる穏やかな表情になっていた。
全員の無事を、そして成長を目の当たりにしたマドレーヌは小さく微笑み、明るい声で叫んだ。
「さあ、それじゃあ戻りましょうか?私達の学校へ!!」
そう叫ぶと同時にバルサミコがバスを起動すると、バスは歪んだ空間を通り、見覚えのある海岸へと着地した。
そしてバスは海岸を去り、最初に来た道を戻ると、クラスメート達の通う学校、ウィルオウィスプが姿を現したのだった……。
to be continued…
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