※24話後if




姉さんへ
 仕送りとおいしい漬物、ありがとう。やっぱり姉さんの作る漬物がどこの物よりいっとう美味しいよ。最近の市販の梅干しは甘すぎていけない。とてもじゃないが、米とは合わないんだ。だから真っ白な米の前でどうしよう、どうしようと思っていたところだから、本当に姉さんからの仕送りには助かったんだ。バイトをしているとはいえ、それも雀の涙だからね……。いやなに、姉さんからこれ以上の現金を支払ってもらおうなんてこれっぽっちも思ってないよ。ただの愚痴さ。早くに両親を亡くしてここまで育ててくれて、ちゃんとした人と結婚して子供をこさえた姉さんのことを、僕は本当に尊敬しているんだから……。
 そうそう、愚痴といえば、隣の部屋の人が煩くてかなわないんだ。ぎったんばったん、昼夜問わず、まるで何かが暴れ回っているような音がずっとしているんだ。このアパートはとても古いから、壁が壊れてしまうんじゃないだろうかと心配になるほどの、そんな暴れ具合なんだ。いや、実際は暴れているんじゃなくて、引っ越してきたばかりで何かを移動させている音なのかもしれないのだけれど、それにしたって煩すぎる。それに引越しの挨拶にもこない不届き者でね、今度文句を言ってやろうと思っているんだ。なあに、心配はいらないよ姉さん、僕はこれでも腕っ節だけはいいんだ。姉さんに心配をかけまいと思って今まで言わなかったけれど、高校生の時はそれなりにやんちゃをしていたんだ……まあ、大学生になった今になってまでそれを引きずるほど、僕も馬鹿じゃないさ。大丈夫、姉さんが送ってくれた漬物をほんのばかし持って、騒がしいようですが何かありましたか、みたいな具合で言ってみるよ。
 本当に心配はいらないよ。大学生活も楽しいし、友達もたくさんできた。自分が学びたかったことをこれでもかと学べる今の環境は、とても居心地がいいんだ。だから何も心配しなくていいよ。今度の連休の時にはちゃんと顔を出すよ。ああ、早く姉さんの子供が見たいなあ……。おじさんという歳じゃないけど、おじさんおじさんと可愛らしく僕を呼ぶあの子たちは、本当に愛しくて愛しくて仕方がないんだ。
 それじゃあ、そろそろ。仕送りと漬物、本当にありがとう。これからもがんばるよ。


姉さんへ
 仕送りと米、ありがとう。いつもいつも本当に悪いと思ってる。僕が大学を卒業してちゃんと就職したら、こんなこともしなくていいんだからね。バイトも働き具合がいいってことで、時給を上げてもらったんだ。奨学金もあることだし、現金の仕送りの方はもうやめにしてくれて構わないよ。姉さんだって大変だろう。あんな小さな子を抱えて僕にお金を送るのは……。いや、義兄さんもいい人だから僕を心配してくれているのはとても分かるんだけど、これは僕の良心の問題さ。いつまで経っても支えられているばかりの子供じゃいけないと思ってね……。ああでも、姉さんからの食べ物はこのまま送って欲しいかな。姉さんの作る漬物や、米は、とてもおいしいからね。そうだ、今度は姉さん特製のパウンドケーキを送っておくれよ。僕は実家にいる時こそそんなことは言わなかったけれど、あれが姉さんの作るお菓子の中でいっとう好きだったんだ。表面はかりっとしてるのに、中がふわふわで、ときどき歯に当たって弾ける果物のなんと美味なこと……。だから暇な時でいいから、それを僕に送ってくれないか。ああ、あと、少し多めに送って欲しいんだ。何故かっていうのは、これから書くね。きっと姉さんも驚くと思うよ……。
 隣が喧しくてかなわないっていうのはこの前書いたね。その手紙を送った翌日、やっぱりぎったんばったん、まるで野獣でも飼っているように煩いもんだから、僕はとうとう隣の部屋の扉をノックしたんだ。勿論チャイムは備えつけられていたんだけれど、どうにも壊れているようでね、何度鳴らしてもあの甲高い音を出してはくれなかったんだ。だから僕は、今にも壊れそうな古びた扉をどんどんと叩いて、ごめんくださーいと言ったんだ。そうしたら、さっきまで煩かった音がピタリとやんでね、その代わりに、ぱたぱたと軽い足音がして扉が開かれたんだ。
 扉が開いた先にいたのは、痩せっぽちな若い男だった。ボサボサな頭に、隈が薄ら浮いている目を引っ提げた、いかにも不健康そうな男だった。しかし何故か不潔そうな感じは一切しなくてね、それはそれは不思議だった。
 男は気だるそうに僕を見て、何か用かと無愛想に言った。僕は呆気に取られてね、てっきり隣に住んでいるのは、家具を何度も移動させる屈強な男か、ヒステリックに物に当たり散らす女だと思っていたもんだから、家具どころか箸だってろくに持てなさそうなひ弱な男が出てきて大層驚いたんだ。
 僕は彼の言葉にハッと意識を頭に戻して、姉さんから送られた漬物を彼に手渡しながら、隣に住んでいる者ですと手短に自己紹介をした。彼は僕と同じような大学生に見えたから、それを問うと彼は首を横に振って、ただのフリーターだと答えた。
「もしかして、煩かったですか」
 彼は僕がここに来た本当の理由をズバリと言い当てた。それに僕の方がなんだか居心地が悪くなってしまってね、もごもごと言葉にもならない音を口の中で転がしていると、彼は少しだけ申し訳なさそうに眉を下げて、すみませんと頭を下げた。彼が頭を下げる後ろで、またぎったんばったんと音が鳴ったもんだから、僕は驚いて飛び跳ねてしまったよ。彼はその物音を横目にしながら、小さな声で「猫を飼っているんです」と囁いた。
 このアパートは動物を飼うことを禁止されているから、だから彼は声を潜めたんだろうね。申し訳なさそうに僕が渡した漬物の入れ物をいじくり回しながら、「まだ躾中で、だから煩いんだと思います」と今にも消えてしまいそうな声で告げた。
「それに、この部屋には僕の他に兄弟が住んでいるんです」
 僕は猫を飼っているという言葉より、兄弟と共にこんなところに住んでいるという事実の方に驚いたよ。だってここのアパートの部屋は家賃の安さを裏付けするような狭さでね、一人で住むのもやっとなんだ。だというのに、彼は自分の他に兄弟と共に住んでいるというのだからとても驚いたよ。何か事情があるのかもしれないと思って、僕はこの痩せっぽちな男にほんの少しばかり同情した。彼はとても不健康そうだったから、それも相まってとても不幸な男に見えたんだ。
 だから僕は笑顔で「気にしなくていい。猫を飼っていることも黙っていよう。ただ、躾は早めにして欲しい」と言って、うちには姉からの食べ物が送られることがあるからそれを時々わけに来ると告げた。そうすると彼は虚を突かれたようにぱちくりと目をしばたかせてから、ありがとうございますと何度も頭を下げた。そのなんと健気なことか……。僕は騒音くらいで苛々していた自分に反省したよ。きっと彼にも色々あるのだろう。そしてその心を癒すために、ひっそりと猫を飼い始めたのだろう。
 きっと僕は彼のその姿に同情してしまったんだね。僕と大して変わらない歳の頃だろうに、幾つもの不幸を背負っていそうなその猫背に、僕は心底可哀想だと思ってしまった。だから僕は、何か困ったことがあったらいつでも頼ってくれていいと言って、彼に手を振って自分の部屋へ戻って行ったよ。彼は何度も何度も頭を下げて、ありがとうございますと僕に言った。
 なんだかその姿は、本当に可哀想だったんだよ。深くは訊いていないけれど、もしかしたら僕たちと同じように両親を早くに亡くしたような、そんな悲壮感すら漂わせていたんだ。その姿に、僕はもしかしたら、彼は彼の兄弟から虐待を受けているんじゃないのかとすら思ったよ。勿論僕の想像の中だけの話だけれどね……。
 でも僕は、いや、だからこそ、かな。彼と仲良くなりたいと思った。彼の名前は、松野一松というそうだ。今度姉さんのパウンドケーキを持って、彼の部屋に行くことにするよ。きっと次の手紙は、彼と仲良くなったという便りになるだろうね。
 そろそろ寝る頃合いになってきたから、今回はここまでにするよ。姉さんたちも健やかでいてね。


姉さんへ
 パウンドケーキ、本当にありがとう。一松くんも大層喜んでいたよ。お金を送ってもらわなくなった僕だけれど、それなりに元気にやっているよ。勉強も楽しいし、一松くんとも仲良くなれた。バイトを増やすにつれて、騒音なんて気にならなくなったよ。それに一松くんも僕が訪れたことでどれだけ煩かったかを自覚したらしくってね、猫の躾を頑張ってくれたみたいなんだ。あれ以来、時々音がする程度で随分静かになったんだ。
 そう、一松くんの話を書くね。彼はとても面白い人だったよ。それにね、彼には兄弟がいるって言ったろう。それがなんと一卵性の兄弟だというんだ。僕はとてもびっくりしたよ。
 僕は姉さんからパウンドケーキが送られてくると、スキップでもしそうな心持ちで彼の部屋の扉を叩いた。そうしてまた、あの軽そうな、北風が吹いたらどこかに飛ばされてしまいそうな足音をさせて、一松くんが扉を開いたんだ。その顔がこの前見た時よりも一層不健康そうにやつれていて、僕は少し驚いてしまったよ。彼は僕が来たことに、ほんの少しばかりの不安をその顔に載せたようだった。
「もしかして、また煩かったですか」
 彼のその言葉に、僕はあわてて首を振ったよ。そう、一松くんは僕が騒音への苦情をまた入れにきたと思ったんだ。僕はそれを否定して、姉からケーキが送られてきたから、よかったら食べてくれないかと言ったよ。そうしたら彼は心底ほっとしたように胸をなでおろしてから、可愛らしい包装のされた姉さん特製のパウンドケーキをその細腕で受け取った。
 その時にね、彼の背後からもう一つ、足音がしたんだ。彼のような不健康そうな足音じゃなくって、自信満々というか、なんというか、そんなような、彼とは正反対の足音をさせて、その持ち主がぬっと顔を出した。僕は心底驚いたよ。だってその顔は、今目の前でケーキを受け取った一松くんとおんなじ顔をしていたんだから……。
 一松くんは自分の部屋から出てきた人物につい、と視線をやってから、兄だと僕に紹介した。
「一卵性なんです」
 彼がそう言うと、顔がおんなじだろうと一松くんの兄だという男は一松くんの細い肩に腕を回して自慢げに言った。
 僕はなるほど、一卵性ならばこれだけ似ているのも納得だと思って、不躾ながら二人を見比べてしまったよ。僕は初めて、一卵性の双子を見たんだから仕方のないことだろう。二人も慣れているのか、大して僕に苦言を申すわけでもなく、その視線を受け入れていたよ。
 一松くんのお兄さんはおそ松というらしい。すごい名前だな、と思ったけれど、僕はそれに何を言うわけでもなく、隣に住んでいる者ですといって握手をした。その手は一松くんと違って不健康でも何でもなくて、普通の骨ばった男の手だったよ。彼のようにつるりと細い、女のような手ではなかった。
 一松くんとおそ松さん(何故だろう、彼についてはくんではなく、さんと付けてしまうんだ)は確かに似通っていたけれど、よくよくその二つの顔を観察すると全く別物と言っていいほど違っていることが分かってきたよ。一松くんは何度も言うとおり、不健康という言葉がこれでもかというほど似合う、痩せた薄い顔つきだったけれど、おそ松さんの方は、いつでもにこにことしていて、とても健康そうでしたたかなことを思わせる顔つきだったよ。自信満々、というか、希望に満ちているというか、そんな顔つきだった。よくよく見れば、一松くんは眉が短くて(ああいうのを麻呂眉っていうのかな)、おそ松さんの方はその背筋のようにぴんと伸ばされたものだった。一卵性といっても細部はやっぱり違うんだなと思って、僕は少しだけ感動したよ。
 一松くんは何度も何度も僕にケーキの御礼を言って、兄と猫と一緒に食べると言ったよ。猫にあげていいのかなと思ったのが顔に出ていたんだろう、おそ松さんが、にんまりと悪戯っ子が浮かべるような笑みで「大丈夫、俺たちの猫は頑丈だから」と僕に言った。猫に頑丈も何もあるのだろうかとも思ったけれど、僕はそれなら平気ですねと言って、二人に別れを告げて部屋に戻った。おそ松さんは満面の笑みでひらひらと手を振り、一松くんは控え目に笑って僕に別れを言った。そんなところまで正反対なもんだから、僕は笑ってしまったよ。
 ね、姉さん。心配することなんて何もないだろう? 姉さんは僕の一人暮らしを大層反対していたけれど、やってみればなんてことはない、楽しいことばかりだ。友達も二人、また新しくできたことだしね。
 パウンドケーキ、本当にありがとう。やっぱり姉さんの料理の才能は素晴らしいよ。専業主婦なんかしてないで、料理教室でも開いてみたらどうだい? きっと大反響を呼ぶことだと思うよ。
 それじゃあそろそろ。同封した写真は、僕と、一松くんとおそ松さんだよ。本当にそっくりだろう? きっと子供たちに見せたら驚くと思うよ。


姉さんへ
 姉さん、大変だ、一松くんは兄であるおそ松さんから何か暴行を受けているのかもしれない。書いている文字が興奮で震えているかもしれないけれど、許して欲しい。僕もまだ整理がついていないから、文章がめちゃくちゃかもしれないけれど、それもどうか許して欲しい。だってあの不幸を背負っていそうな一松くんが、本当に不幸を被っているだなんて想像もしていなかったんだ。
 僕が彼が暴行を受けていると気付いたのは、ある夜のことだったよ。一松くんは誰かと言い合っているようだった。誰かと、だなんて、僕は言い合っている相手がおそ松さんであることは気付いていたよ。なんてったって、このアパートは最安値であるだけあって壁も薄くて、その口論が筒抜けだったんだからね。僕は教科書とノートからそっと顔を上げて、二人の口論を盗み聞きしたよ。はしたないことだとは思ったけれど、どうしても気になったから……。
 どうにも一松くんは、おそ松さんに何かをやめて欲しいようだった。もうこんなことはやめようと、何度も何度も訴えていた。その声は涙に濡れていたように思う。彼は泣きながら、もうやめようおそ松兄さん、こんなんじゃ誰も幸せになれないと言っていたよ。声だけしか聞こえていなかったけれど、彼がおそ松さんに縋りついて咽び泣いていることは容易に想像がついた。僕はそっと、一松くんの部屋と自分の部屋を仕切る壁に耳を付けた。
 その瞬間だった。今までの騒音なんて目じゃない音が、僕の鼓膜を突き破った。驚いて耳を離してしまった後、何度も何度も湿った、何かを殴る音が聞こえてきて、僕は頭が真っ白になった。一松くんのやめてという叫びはそのうち小さくなっていって、とうとう聞こえなくなってしまったよ。それに比例するように、また前と同じような、ぎったんばったん、というような、何かが暴れる音が聞こえてきた。主人の危機に、飼われている猫が歯向かっているのかもしれない。おそ松さんはそれに向かってうるせえと怒鳴ったあと、大きな足音をさせて部屋を出て行ったようだった。壊れんばかりに扉を開けて閉める音が、僕の耳に入ってきたからね……。
 僕は雷にでも打たれたように動けないでいた。あの不健康で不幸そうな一松くんは、本当に不幸を背負っていたんだ。何故彼がおそ松さんと口論をして暴行を加えられたのか、僕には想像もつかない。でも、これは本当にまずいことになったぞと思って、どうしようどうしようと頭を抱えた。
 明日にでも一松くんに訳を聞きに行くことにするよ。今いったら、とてもじゃないが冷静でいられる気がしない。今これを書いている間も、ずっと一松くんの啜り泣きが聞こえてくるんだ。そのなんと悲壮なことか……。きっとこれを聞いた者にしか分からないことだろうね……。
 ああ姉さん、心配しないで。僕は一松くんの力になってあげたいだけなんだ。危険なことなんて何もないよ。二人の言い分を聞いて、冷静な頭でちゃんと対処するつもりだよ。何も心配しないで。


姉さんへ
 心配かけてごめんね。でも僕は大丈夫だよ。ちゃんと一松くんの元へ行って、あの日何があったのか聞いてきた。今日はそのことを書こうと思う。
 彼が暴行を受けたと思しき次の日の朝、僕は彼の部屋の扉をいつものように叩いた。姉さんから送られたケーキを手に持って……。
 彼はいつもの倍以上の時間をかけて、恐る恐るといった風に扉を開けたよ。その時の僕の心情は、とてもじゃないが言い表せない。どんな文豪でも、どんな画伯でも僕のこの時の心は表現できないと思うよ。
 出てきた一松くんの顔はぼろぼろだった。瞼が腫れあがり、頬には赤や青の痣がいくつもあった。唇も切れて、渇いた血がこびり付いていたよ。彼が出てきたのは、もう昨日の夜の騒動を僕に勘付かれていると思ったからだろうね。彼は所在なさげに、その腫れた瞼の下にある目を彷徨わせたよ。
 僕が何も言えずにいると、「兄さんと喧嘩しただけだから」と小さく言い訳した。それは小さな子供が大切なものを壊してしまった時にするような、そんな頼りない言葉だった。僕はとりあえず彼を治療しなくてはと思い、自分の部屋に一松くんを招いた。彼は一瞬だけ迷うようにその視線を自分の部屋の中に向けたけれど、すぐに僕についてきてくれたよ。
 とりあえず彼に渡すはずだったケーキと、自分の家にあった紅茶を出して、僕は一松くんを治療することにした。彼は猫舌であるようだったから、紅茶が冷めるまでの待つ時間としては丁度よかったんだろう。僕の治療を文句も言わずに受け入れた。
 姉さんから渡された救急セットを持って彼に服を脱ぐように言った時、彼は心底怯えてみせた。まるでこれから暴行を受けるかのようなその面持ちに、僕はこれはただ事ではないと焦燥に駆られたよ。彼はおずおずと服を脱いでみせた。その薄い身体には、幾つもの痣があった。僕が呆然として見せると、彼は「ただの、兄弟喧嘩だから」とまた小さく言い訳した。これがただの兄弟喧嘩であるはずがない。これは立派な家庭内暴力だ。僕はそう彼に言ったけれど、彼は小さく俯いてそれは違うと涙ながらに言った。
 消毒液を傷に垂らすと、彼は苦しそうに呻いた。湿布を張っても、何をしても彼は痛がったよ。当たり前だよね。彼の肌はもう白いところなんてないほどに、真っ青に、真っ赤になっていたんだから……。
 彼は兄が酷いギャンブル中毒であることを僕に告げた。だからそれを止めようとして、こんな傷をこさえる程の喧嘩になったと告げた。一松くんは泣いて、これは自分たちの問題だ、これ以上自分に関わらないで欲しいと訴えたよ。きっと僕にかかる不幸を思ってのことだったんだろう。
 でも見てしまったものは、知ってしまったものはどうしようもないだろう。僕は一松くんが可哀想で可哀想でならなかった。だから警察に行くか、そういった機関に頼ることをとつとつと説得したよ。でも彼は首を縦には振ってくれなかった。大丈夫だと言って、僕が用意したケーキにも紅茶にも手を付けず、ありがとう、でもこれ以上は関わらないでくれと言って逃げるように去って行ってしまった。
 ああ姉さん、僕はいったいどうしたらいいというんだろう。僕は一松くんが可哀想で可哀想で仕方がないんだ。ああ、僕はどうやったら彼を救ってやれるというんだろう。
 明日、一松くんをもう一度説得しにいこうと思うよ。彼があの夜言った通り、これじゃあ誰も幸せにならない。一松くんもそうだし、おそ松さんだって幸せにならない。だから僕は明日、彼らを説得しに行くよ。
 なあに、心配しなくていい。これでも腕っ節には自信があるって言ったろう? だから僕ならおそ松さんを止められるかもしれない。何も心配しなくていいんだよ姉さん。


姉さんへ


 た   すけ






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