*神父カラ松と小説家一松パロ


 今の時代、新たな天才になることなんて無理なのさ。漫画家でいうと、そうだね、手塚治虫、藤子、赤塚……小説だと江戸川乱歩、芥川、夏目漱石……そのへんかね? 生憎俺は浅学でね……俺の専門分野である小説でさえこのざまさ。悲しいねえ全く。人間てのは堕落するようになったよ。なんでだろう、なんでだろうと俺はずっと思っていたよ……なあ神父さん、あんたは思わないかい? 人間てのは、随分堕落的に、そんな風になったじゃないか……なあ、なんでだろうなあ……神への信仰心なんて、今やあってないようなもんじゃないか。神の前で永遠を誓い合った夫婦はあっという間に別れるようになりやがった……悲しいよなあ……俺はな、あんなものを書いちゃいるが、実のところ人間てのが大好きでね。小説を書いてる奇怪な奴は、人間嫌いが多いだなんだの言われているが、実のところ違うのさ。少なくとも俺は違うね。だいたい、嫌いなものを小説で書いて起こそうなんて思うやつがいるもんか……フフ……なあ神父さん、この懺悔室も随分、閑散としちまったよなあ……昔はもっと、自分の行いを懺悔するやつなんてごまんといたけれど……なんでかなって、俺も思ったよ。でも、それはあまりにも簡単すぎる答えだったよ。今はね、自分の行いをいくらでも密告、というか、王様の耳はロバの耳というか……そういう場がいくらでもあるのさ。ネットがいい例じゃないか。鍵をかけて、自分以外ダァレも見えないようにしちまえば、警察が入らない限りそれは誰の目にも止まらないんだよ……紙に書き起こすより、それは秘密性が高いとは思わないかい? まあ、物は見ようというか、そういったものだがね……コンピュータだって万能じゃない、誰かがちょちょいっと手を加えれば、その人が何を書いて、何を思って、何を吐露していたかは簡単にわかっちまうが……まあ、それこそ壁に耳あり障子に目あり、人の口には戸を建てられるぬということさ。だが人間っていうのは、誰にも話しちゃいけないことこそ話してみたくなるもんなのさ……なんでだろうね……話さなければ、その秘密とやらはだあれにもばれやしないのにさ……不思議だよね……でもね、俺はその人たちの気持ちが痛いほどわかるよ。少なくとも、そう、少なくとも俺はね、なんでこうやって、小説家として成功しても、こうしてあんたんとこにいそいそと通っているかっていうとね、あんたと秘密を共有したくて、こんなにも健気にこんな陰気な教会に通っているのさ……なあ、秘密っていい響きだと思わない……? 俺、秘密って大好きだよ……だって、二人だけの特別じゃないか……ほかに誰も知らない、二人だけのエンゲージリングなんだよ……なんて素敵なんだろう……ネ、ネ、神父さんもそう思うでしょう……だから、だから俺のことを、僕のことを今まで警察に言わずにおいてくれたンだ……ねえ、神父さん、僕、本当にアンタのこと、好きなだよ、分かってくれよ。わかってくれただろう? だってあんたのためにここまで死体をこさえたんだから……簡単だったよ、有名作家の松野一松が、警察の、弁護士の、検察の、セキュリティ会社の人の話を聞きたいって言ったらさあ……みんな馬鹿みたいにニコニコしながら答えてくれたんだ……そのせいでいくらの人間が犠牲になるかなんて気にもしないでさあ……無知って罪だよね、本当に、アハハ……ねえ神父さん、俺いつかあんたのことを本で書きたいよ……神父なのに、神に仕える身なのに、死体を食わなきゃ生きていけないなんてさあ……トッテモ素敵じゃないか……ネエ……あの夜のこと、今でも思い出すんだ。まあるい月を背にしながら、口を真っ赤にしてさあ……僕の家族を全員食って……そのくせ悲しそうな、辛そうな、苦しそうな顔をしてさあ……あの時のあんた、トッテモ、トッテモ色っぽかったンだよ……あの時のあんたに抱いてもらえたこと、夢のように思ってるンだ……あの時の僕は、本当に幸福だったんだよ。こんな美しい男に犯してもらえて、なおかつ食ってもらえるなんて……今までの地獄みたいな生活は、この日のためにあったんだって、僕、本気で思ったんだよ……なのに、なのに、アア……あんたは僕を食ってはくれなかった。泣きながら僕を犯して、すまない、すまないって莫迦みたいに謝ってさあ……どうしてあの時殺してくなかったンだよ。もしもあの時僕を殺してさえいれば、僕はあんたの血となり肉となり、あんたと永遠になれたのに……あんたは八つになったばかりの子供を殺すことをためらったばっかりに、さらに罪を重ねることになった……その罪悪感にとらわれて、聖職者になんてなっちゃって……僕に捧げるはずだった身体を、命を、神様になンてあげちまって……悲しいよォ、本当に……僕がどれだけ、あんたのことを愛していると思ってンだ……神父さん、ネエ、ネエ、ネエ……。サア、今日の死体だよ……生きのいい女を二人、男を一人……安心しな、みぃんな極悪人さ……そこの女は、なんだったかな、確かやたらめったら男と寝て、子供を作って、そのたんびにその胎児をおろしたんだったっけか……可哀想になあ、こんな阿婆擦れの子宮になんかおさまんなきゃ、ちゃんと生まれてこれたのに……なんて可哀想なんだろう……。あっちの女は、確か詐欺師だったかなあ……いろんな男を、女をひっかけて……やだよねえ……男の方はね、いろんな人を殺していたよ……人だけじゃない、猫や犬なんかの動物もね……猫を殺されるのは我慢ならなくって、僕、いつもよりたくさん苦しめて殺しちゃったよ……最後のほうなんて、血のあぶくを吐いていてさあ……ハハ、また小説のネタができちゃった……嬉しいな……。ネ、ネ、だから罪悪感なんて感じなくていいの……あの夜みたいな、色っぽい顔で肉を食ってよ……血をすすってよ……僕、その顔をしたあんたに犯されるの、いっとうに好きなんだ……本当に、あんたが写真に写らないのが残念でならないよ……あんたに見せてやりたいもの……ネ、ネ、神父さん、こら、食べていいとは言ったけど、僕の話をきいてよ……神父さん、神父さん……吸血鬼さん……僕ね、いつかあんたに食べてもらうのが何よりの夢なんだ……あんたのペニスが僕のアナルを犯してね、精液をたらふく出して、そのぬくもりを感じながら、あんたに殺されたいんだよ……その鋭い牙でがぶりと首筋をかまれてね、そのたくましい腕で心臓を潰されて、そうやって僕はあんたに殺されて……あんたに食べられて……永遠にあんたと一緒になるんだ……なんて幸せなんだろう……ねえ聞いてるの、吸血鬼さん……もう、本当にあんたったら、いけずなんだから……ね、ね、いつでもいいんだ、いつでもいいから、ちゃんと僕を食べてね……大丈夫、未練なんてないさ……僕はね、いつでも、物を書く時が、これが遺作だと思って書いているんだ……これが遺作だと、胸を張って言えるように書いているんだよ……だから、ね、いつでもいいんだ……いつでも死んでいいんだ……だから、ね、いつでもいいから、ちゃんと僕を殺してね……ちゃんと僕を食べてね、ねえ、神父さん……吸血鬼さん……カラ松さん……。


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