零さんに叱られる心の準備と、言い訳の準備と、なるべく必要最低限だけに努めようという準備。静かな車の中で懸命に頭を回転させるが、家までの距離は短く、結局何も考えられなかった。
部屋に戻り、零さんに言われるがままにソファに腰を下ろすと、彼はゆっくりと口を開いた。


「なぜそんなにビクビクしてるんだい?」

「そりゃ・・・零さんが怒ってる気がしたから」


素直にそう答えると、何故か声をあげて笑う。


「何でそんなに笑うの!車の中でずっと無言だったじゃない!」

「あぁ、ごめん。ずっと考え事してたから」


ーー考え事って、コナンくんと工藤新一くんが同一人物なのかどうかってことでしょ?

喉まで出かけた言葉を飲み込み、その考え事について聞いた。零さんから話題に触れるまでは下手に動かない方がいい。こんな風に零さんとの会話に神経を集中させるのは久しぶりで、出会った頃を思い出した。あの時はお互いの腹の探り合いで、好意なんてこれっぽっちも無かった筈だ。


「車の中でしてた調べ物って?」

「それはクライアントのことについてさ。探偵業のね」


もちろん守秘義務があるから内容までは言えないけど、と付け足す彼は嘘をついているようには見えない。だけどポーカーフェイスが得意なのは私がよく知っているからこそ、断言は出来なくて・・・ジッと探るように見つめ返した。


「・・・・・・名前」


すると、観念したように零さんがため息をこぼす。


「名前が僕に、これ以上危険な事をして欲しくないっていうのは分かってるんだよ」

「うん・・・でもそれが零さんのお仕事だもんね」

「あぁ」


ーー頭の中では分かってるんだよ、ちゃんと。
日本を護ろうと命懸けの仕事をしている零さんの覚悟も知っているし、尊敬しているから。それに、心配するなとは言わなかった事がとても嬉しかった。愛おしいと・・・傍にいたいと思う人ならば、心配をして、不安になるのは当たり前のことだから。私の零さんへの気持ちを受け止めてくれていると分かったから。

日本を護るために働いている零さんのようにはなれないけど、だったらせめて、自分の周りの人だけは護りたい。


「零さん・・・あのね、きっと色々調べると思うけど・・・・・・お願い」


新一くんの事を、蘭ちゃんや少年探偵団の子どもたちに黙っていてほしい。

そう言おうとした時、零さんの長い人差し指が私の唇に当てられた。


「僕は何も知らないよ。物的証拠は何も無いからね」


だから安心してとでも言うように優しく抱きしめられた。暫くの間お互いの温もりを感じるように背中に手を回す。こうしている時、微かに聞こえる心臓の音は妙に私を安心させてくれる。

"何も調べない。気付かなかった事にする。"

零さんの言葉の意味は裏を返せばそういう事だった。


「名前が不安になるなら、僕は何もしない」


恋人が第一優先なんて零さんに許される筈がないのを分かっていながら、何故か私は安心してしまった。言葉にしてもらう事でそれが事実になればいいと。今は零さんが私の気持ちを汲んでくれるだけで十分じゃないかと。だからそっと、零さんの腕の中で目を閉じた。






翌日の夜、合宿で蘭がいないために小五郎とコナンはポアロに夕食を取りに行くことになった。まだ名前からその後どうなったのか聞いていなかったコナンは、安室がいたら困るという部分は隠してさり気なく他の店に行きたいと訴えたが、結局は面倒くさがりな小五郎に半ば無理やり連れてこられてしまった。


「いらっしゃいませ」


普段と寸分も変わらない笑顔を見せる安室に、コナンは苦笑い。小五郎がいる手前、子供らしさを抜くことは出来ないし、全て安室に知られたとは限らない。

2人は案内された席に着き、メニューを開いた。モヤモヤは一旦忘れようと夕食の事を考え始めていたコナンだったが、小五郎が便所に行くと立った後に安室が近づく気配がして落ち着いてはいられなくなった。


「コナンくん」

「あ、そうだ。安室の兄ちゃん事件のこと聞いた?犯人捕まったって!ポニーテールの女の人ばっかり誘拐してたのは事故でなくした彼女さんに重ねてたみたい。それでデートスポットばっかり回ってた悲しい人だって高木刑事が言ってたよ」


捲し立てるように先日の事件の話をすると、自分の予想通りだとばかりに安室は頷いた。そして今度こそ、本題を切り出す。


「やっと分かったよ」


意味深なその言葉はコナンの背筋に寒気を走らせた。


「な、何が?」

「ベルモットが君に執着してる理由」

「・・・・・・名前、姉ちゃんから・・・聞いた?」


ポーカーフェイスの裏側を探るように、コナンは慎重に聞いた。暫く沈黙の時間が流れたあと、安室は座っているコナンの高さに合わせるように少し屈んでから真剣な顔で話し始めた。


「いや、心配はかけたくないからね。名前には何も調べないと言ったけど、君なら分かるだろ?僕の立場上そういうわけにはいかない。しっかり調べさせて貰ったよ」

「彼女だとしても、嘘つくんだね」

「あぁ。護るためならいくらでも嘘をつくよ」


"護るための嘘"

その言葉はコナン自身もよく考えさせられたものだった。全て解決するまでは何も話さず、巻き込まず、欺き通す。たとえ寂しい思いをさせてしまったとしても。


「相手が名前さんだと大変そうだね」

「あぁ。勘の良さとしつこさは身を持って体感したからね」


1人で"バーボン"を追っていた頃の名前を思い出し、苦笑いをする2人。秘密を抱える男同士、女には分からない友情に似たものが生まれようとしていた瞬間だった。




2017.01.07
「05」

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