一体いつからいたんだ、この人・・・・・・。服部くんをどうにかして外へ連れ出すことしか考えていなかったおかげで、合鍵でそっと入ってきた零さんに気が付かなかった。


「お、お仕事お疲れ様です・・・」

「折角君の好きなケーキ買ってきたんだけど、僕に酷い目に合う前に食べるかい?」

「・・・食べます」


どっから聞いてたのよ・・・まだまだ私をいじめる気満々な表情からして、まだネタはありそうだ。もし、独占欲が強くて・・・の下りから聞かれてたとしたら後のち面倒な事になりそうな予感がする。

私は2人が帰った後を想像して溜息が出た。


「名前っ」


そんな私の袖口をくいっと引き、新一くんが名前を呼ぶ。内緒話のように耳を貸すと、完全に零さんに逆らえなくなって小さくなっている私に、小声で励ましの言葉と目的の再確認がされた。


「なんとなく後処理が大変そうなのは分かるけど、今は俺だ!公安だとしてもバレたらややこしくなるし必然的に灰原にも繋がっちまう。気をしっかり持てよ名前!」


やっぱり新一くんなら察してくれるよね、後処理が面倒なの。今は"安室透"だからお咎めは無いけど、"降谷零"はプライドが高い。物凄く。独占欲の強さと嫉妬深い事に自覚はあっても、私がそれを口にすること・・・つまり相手に知られている事が嫌なのだ。


「はぁ・・・・・・」

「名前、頼むから立ち直ってくれ」

「うん・・・とりあえず服部くんに忠告してくる・・・。新一くんは零さんと出来るだけ会話を伸ばして時間を稼いで」

「あぁ、分かった」


私の提案に頷くと、さっそく"安室さーん、僕お腹空いちゃった!"と言いながら彼の元に駆け寄っていく新一くん。相変わらず切り替えが凄い。2人が話し始めたのを確認してから、私はそっと服部くんを手招きした。


「ええ人やんか、あんたの彼氏。名前さんが喜ぶと思って仕事帰りにわざわざケーキ買ってきたんやろ?」

「まぁそうなんだけど・・・」

「強いて言うならちょっと笑顔が胡散臭いな」


ーーその通り。だって今は正に外面だから。


「確かにそれは胡散臭いんだけど、頭は相当キレるから間違っても工藤って呼ばないでね」

「そんなんいつもやんか。分かってるって!」


笑いながら遇う服部くんにこっちの深刻さが伝わらず、ついイライラして口調が強くなる。


「・・・私の前で何度もそうやって呼んでたのはどこの誰だっけ?」

「そ、そんな怖い顔せんでも・・・ちゃんと気ぃつけるって」


念には念をと、最後には服部くんが飽きれるほど何度も忠告した。必要になる時までは零さんにバレない方が良いと強く思うのは、自分がその事実を知りながらも隠しているという後ろめたさと、これ以上危険な情報を抱えて欲しくないと思うから。

秀が生きていると知り、再会を果たした後も、私はジョディさんや新一くんらから組織の話しを聞いて首を突っ込む事もあった。そんな私を少しでも危険から遠ざけようと1人で背負い込んでしまう零さんの背中は、大きくて頼もしいけれど、どこか脆い。大人しく護られているのは性に合わないから、一緒にその荷を背負いたいというのに。


「名前、君も席についたらどうだい?」

「あ、うん」


紅茶とケーキが4人分セットされた机に、私は静かに腰を下ろした。気さくな服部くんはここに来るまでの経緯を話し、零さんも"安室透"としての自己紹介をした。勿論探偵ということにお互い興味を持ったようでコナンくんを交えながら話が弾む。
その間も服部くんが気を抜いて怪しまれるような発言をしないか、新一くんも服部くんといると素が出がちだし、コナンのままでいられているか。私は神経を尖らせていた。


「ほぉー、オッチャンの所に弟子入りしてはるんか。どうせ競馬見てるか酒飲んでるかやないんか?」

「まぁ休日の過ごし方はそうですけど、勉強になる事ばかりですよ。ね、コナンくん?」

「う、うん!そうだね!僕もおじさんみたいな探偵になりたいなー!」


ヒヤヒヤする会話に、聞いているだけで体力を消耗する。

ーー服部くんが馬鹿しませんように。


■■■


「平次兄ちゃん、そろそろ帰ろ?多分蘭姉ちゃんが晩ご飯作ってくれると思うから」

「おお、そやな。邪魔したな名前さん!」

「ううん、和葉ちゃんによろしくね」


ケーキを食べ終わり、暫く経った所で新一くんが上手く逃げ口を作ってくれた。服部くんも上手く、コナンくんの面倒を見ているお兄さんのような立ち位置を演じてくれたし、そこまで心配する必要は無かったみたいだ。私がホッと一息着いた時、スマホの着信音が部屋に響いた。机の上にある自分の物を見てみるが、私ではない。


「あ、俺や」


服部くんはポケットからスマホを出し、相手の名前を確認すると電話に出た。


「なんや和葉、もう買い物は終わったんか?」

『あ、服部くん!!大変なの!!』


私達にも聞こえる程の声で訴えるのは、・・・蘭ちゃん?和葉ちゃんのスマホから掛かってきているのにどうして?

嫌な予感がして、私達は電話の声に耳を澄ます。


「姉ちゃんか、どないした?これ和葉のスマホやろ?」


隣で同じように深刻な顔をしていた零さんが、小声で私に尋ねた。


「名前、"和葉ちゃん"とは誰のことだい?」

「服部くんの幼馴染みで蘭ちゃんとも仲がいいの」


なるほど、と頷いて零さんは再び服部くんの方へ注意を向ける。すると電話口から事件の始まりが聞こえた。


『お手洗いから戻って来たら和葉ちゃんが居なくなってて!これだけ落ちてたんだけど・・・どうしよう!』

「なっ、今何処や?」

『東都デパート!入ってすぐの所よ!!』

「分かった!直ぐ行くからちょっと待っとれよ!!」


その場を少し離れただけにしても、スマホだけが落ちていたのは不可解だ。きっと何かあったに違いない。


「おい工藤!行くで!!」

「あぁ!」


ーーちょ、服部くん・・・ッ!!!
今、工藤って言いませんでした・・・?

新一くんも!!コナンが抜けてるよ!!


そんな私の心内など知らず、2人は家を飛び出して行った。


「工藤・・・・・・?」


背後でポツリと呟かれた言葉に寒気がする。


「零さん!私達も行こ!!」

「・・・そうだね」


そこから先の言葉を待つ前に、私は彼の腕を引いて駐車場に向かった。
「02」

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