毎年、七月になると街中には笹が溢れて色とりどりの短冊が飾られる。綺麗な星空は好きだし、ロマンチックなお話も割と好きだ。だけど私は小さい頃から願い事を唱えれば叶う、なんてことは信じていなかった。


「今日1日暇だったのは皮肉ね」

「どうしてだい?」

「織姫と彦星が1年に1度会える日でしょ?普段ろくに連絡くれないくせに今日は朝から一緒にいるってどうなのよ」


私の誕生日とか、貴方の誕生日とか、クリスマスとか、2人が付き合い始めた記念日とか。七夕よりもずっと大事な日があるっていうのに。


「最近忙しいんだよ。今年の名前の誕生日は1日空けられるように努力する」

「別に今更いいけどさ。あんまり仕事詰めると倒れるわよ?"安室さん"」


わざとらしくそう言うと、今はそうじゃないだろと言わんばかりの目で睨まれたので"零さん"と言い直した。仕事とプライベートはきっちり分けたい性格らしい。


「明日は?ポアロでバイト?」

「あぁ。午前はポアロだよ。だけど午後は久々に少し顔を出してくる」

「忙しいのね、本当に。また仕事増やされるんじゃない?」

「ははっそれだけは勘弁。っていうか今はそういう話は無し。せっかく景色の良いところに来たんだから自然を堪能するべきだろ?」


整った顔をしたいい大人が、うーんと伸びをして丘に寝そべった。今着てる服、結構高い物なのに気にしていない零さん。そうやって私の前で飾らないでいてくれるのは素直に嬉しい。だけどもう夜の10時を回る。そんな時間に周りに何も無い町外れのこんな場所で2人。明日も朝早くから夜遅くまで仕事があるんだから帰って寝ればいいのに。それとも、毎日息が詰まるような場所にいるから今はこの澄んだ空気の中にいたいんだろうか。零さんがそうしたいなら私はいくらでも付き合うけど、もっとちゃんと休んで欲しいと思うのも確かだ。


「また難しそうな顔をしてるけど、何を考えてるんだい?」

「私結構顔に出ない方だけど何でわかるの?」

「何でだろうね。勘かな、俺の」


勘が鋭い恋人を持つと色々と大変ね。今まで隠せた物が隠せなかったり、取り繕うなんてもっての外。


「そう言えば名前は何書いたんだ?子供たちと阿笠博士の家で飾り付けするとか言ってなかったかい?」

「あぁー・・・何も書いてない。名前だけ端っこに書いて吊るしてある」


子供たちには"これだから大人は!"とか"夢が無いですよ!"とか散々言われたっけな。

ーー星にお願い事なんて、私のキャラじゃない。


「若いんだからそんな事言ってないで正直に書けばいいのに」

「童顔のくせに、たまにおじさん臭いこと言うよね」


子供たちから見れば大学生は大人なのかもしれないけど、この人にとって私はまだまだ子供。なんて中途半端なんだろう。どうしてもう少し歳が近く生まれなかったのかな。


「零さんでもお願い事とかするの?」

「しないよ。大人だからね」

「・・・つまんないの」

「そういう名前だって、名前だけの短冊なんだろ?」

「そうね。あんなに暖かい空気の中で書けるようなお願いなんて私にはないから」


ーーだって、私が愛してしまったこの人は普通とは違う。少しFBIで訓練を受けただけの私では計り知れない危険な仕事を毎日こなしているんだから。そんな彼の隣にいることを選んだ私も普通じゃいられない。


「口に出すくらい別にいいんじゃないか?」

「・・・そう?」


私が願うのは、貴方がちゃんと生きていてくれる事。捻くれ者の織姫にしてはとても真剣で切実な願いだと思わない?

そう言うと隣で寝そべる彼は、視線を1度だけ私に向けて"寧ろ真っ直ぐな織姫だと思うけどね"と他人ごとのように笑った。




2016.07.09
「織姫は星に願う」

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