上司と部下の緊迫したやり取り。お昼だからとランチに誘い始める同僚。私が所属する課では様々な色の会話が飛び交っている。そんな中、視界に入る私の同期でありこの男社会の中で癒しをくれる杏里が席を立った。綺麗な所作で椅子を仕舞い、私の元へ歩いて来る。
「名前!お昼これから一緒に行かない?」
「あ・・・ごめん。今日は・・・・・・」
「あ、そっか。今日だったね、降谷さんが顔出すって言ってた日」
「そうなの。ごめんね?」
相変わらず従順な部下だね、なんて苦笑いされながらも私は降谷さんを待っている間に仕事を進めてしまおうとまたパソコンに向かう。降谷さんは、私がここに来て間もない頃教育係の様な立場でお世話になった人だ。ずっと金魚の糞のようにくっ付いて、周りからは犬の様だとも言われたのも懐かしい。しかしそれは長く続かず、上からの司令によりある組織への潜入が告げられてしまった。それからというもの、頼って来た分の恩返しをしようと微力ながらもサポートをさせて貰っている。
「苗字、また昼休みも仕事か?」
「ふ、降谷さんッ!お疲れ様です!」
耳元で聞こえた声にパッと振り向くと、降谷さんが私のパソコンを覗き込んでいた。相変わらず気配が無い。
「まだなら昼、一緒に行くか」
「はい!是非!!」
危険な任務を遂行中の降谷さんと、少しでも一緒に・・・少しでも多く情報を共有したい。降谷さんは内部から、私は外部から奴らの情報を集めるから。杏里はそんな私の気持ちを良く理解してくれていて、さっきの様に気を聞かせてくれる。
「そうだ苗字、今日の午後は大事な用とか・・・」
「私の仕事は降谷さんのサポートです!それ以上に大事な仕事なんてありませんよ!」
「はは・・・相変わらず元気が良いな。なら少し手を借りたいんだ」
「はい、喜んで!」
だけどその前にお昼だ、と少し高そうな料亭に連れていかれた。出てくるのは繊細な和食の数々。とても美味しい料理にお腹が膨れて幸せを感じた時、お財布に入っているお金で足りるかと急に不安になった。金額を確かめようとなるべく気付かれないようにコソコソしていると、降谷さんの笑い声が耳に届く。
「な、なんですか降谷さん・・・」
「いや、悪い悪い。お前に払わせるわけないだろ?大人しく俺に奢られてくれ」
ーーあぁ、これがスマートな大人の男性か。流石降谷さんだ。爽やかな笑顔でそんな事言われたら素直に頷いてしまう。
こうしてイケメンな降谷さんに奢って貰い、私達は料亭を出て目的地へ向かって歩き出した。
***「じゃあまた仕事押し付けられたんですね」
「あぁ。顔を出しに来るとここぞとばかりに押し付けて来るよ」
ただでさえ忙しいというのに、さらに仕事を増やされるなんて鬼だ。降谷さんが可哀想。私は歩きながら、今からちょっとした潜入捜査を行う場所の情報を頭に叩き込む。しかし、パンツスーツを着替えるために途中でお洒落なお店に寄り、店員さんに勧められて降谷さんが買ってくれた服を纏った私は浮かれている。それに降谷さん自身も購入したフォーマルな私服が、似合い過ぎて視線が合わせられない。こんな余計なことばかり考えてしまう頭で、潜入なんて大丈夫だろうか。
「あれ?安室さんじゃないですか!」
"安室"の名を呼ぶ可愛らしい声に、私は振り向いた。可愛らしい女の子が弟らしき男の子を連れて駆け寄ってくる。
「あ、蘭さんにコナンくん。2人でお出かけですか?」
パッと切り替わる表情。降谷さんって、本当に凄い。さっきまで真剣な顔で私に潜入先の情報を教えてくれていたのに、今では完璧な爽やかスマイル。"安室透"として知り合った彼女達だからこそ向けられる笑顔が少しだけ羨ましい。
「そうなんです。2人でデパートに行くところで。安室さんこそ・・・えっと・・・彼女さん、ですか?」
期待の眼差しで私達を見る蘭さんの瞳が眩しくて、ここはどう答えるべきかと少し考える。
「えぇ。彼女の柊まおです」
「っ、こんにちわ。よろしくね蘭さん」
「わっ、こちらこそよろしくお願いします」
肩を優しく抱き寄せられて、心臓が止まったと思うほどびっくりした。名前は勿論偽名だけど、嘘でも降谷さんに彼女と紹介してもらう日が来るなんて。2人が少し話している間に熱が篭った顔で俯いていると、私をジッと見つめる目があった。
「えっと、コナンくんであってるよね・・・?よろしく!」
「うん!よろしく!!ねぇねぇお姉さんさぁ・・・」
くいっと袖口を引っ張られ、そのままコナンくんの傍にしゃがむと、小さな両手と顔が耳元に近付いてくる。
ーー耳貸してって事でいいのかな?
コナンくんが届きやすい位置に耳を傾けると、小さな口がそっと開かれた。
「・・・お姉さんって、本当に安室さんの彼女?」
「ーー・・・えっ?」
「ごめんね、やっぱり何でもないっ!」
今の、どういう事?釜かけられてる?見透かされてる?それとも・・・、何だろう。たった一言だったけれど私を動揺させるには充分過ぎた。何より小学生らしからぬ発言に驚きが隠せない。
「まお、そろそろ行こう。予約の時間に間に合わなくなるよ。・・・まお?」
「わっ、はい!」
すっかりコナンくんの真っ直ぐな瞳に引き込まれていた私は、降谷さんに腕を取られてやっと気が付いた。慌てて蘭さんとコナンくんに会釈をし、笑顔の安室さんの後にぴったりついて歩き出す。数歩進むと、降谷さんの腕に引き寄せられ、グッと距離が縮まった。
「・・・・・・降谷さん、私達付き合ってませんよね?もう少し他の設定が良かったです。コナンくんにがっつり見透かされてました」
「そうだな。だけど、この方が今みたいに動きやすいかもしれない。コナンくんに気付かれたのは君に躊躇があったからだろ?恋人ならもっと寄り添うし、視線も良く合わせる」
「で、ですね」
そんなの出来るわけないよ・・・。こんな近い距離で目を合わせるなんて、今腕を組んでるのだって限界なのに。
「いっそのこと、本当に付き合うか?それなら苗字の恋人役も自然に出来るようになる」
「はい・・・・・・、えっ!?」
ーーい、今・・・何て?
「どうだ?いい提案だと思うけど」
「で、でも・・・」
こんなあっさりした感じで答えてしまって大丈夫なのか葛藤はあるけれど、こんな至近距離で顔を除きこまれたら首を横に振るわけが無かった。
「俺じゃ不服か?」
「い、いえ!全く!!よろしくお願いします!」
「あぁ、よろしくな」
今まで、国を守ることに全てをかけてきた。恋愛なんて学生時代にしか経験も無い。そんな私に、憧れていた降谷さんからこうして声を掛けてくれた。降谷さんにとって軽い提案だったかもしれないけど、私は・・・
「名前、勘違いしない様に言っておくけど・・・俺は前から本気だぞ」
その言葉に、護りたいものが1つ増えた。
「恋の小鳥はいずれ鳴く」2016.07.27七海様、この度はリクエスト企画への参加、ありがとうございました!メールを拝見した際、確に降谷さんはさらっと告白紛いな事を言ってくれてしまいそうだなと思い、楽しく構想させえ頂きました。素敵なアイディアをありがとうございます!!
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