「ねぇ見て!あの店員さんかっこよくない!?」
「本当だ!!え、どうする?お店入っちゃう?」

「・・・・・・邪魔。退いてくれる?」


私の行く手を塞ぐ同じクラスの女子2人。店の出入口の前でそんな風にはしゃいで、周りへの迷惑が考えられないのかしら。


「わっ、苗字さん・・・・・・」
「なによ。私達に何か用?」

「聞こえなかった?邪魔だって言ってんの。そこ、店の入口」


表情1つ変えずに言葉を返すと、集団でしか人に刃向かうことの出来ない2人が顔を引き攣らせ、早足でポアロから去っていった。すると中から扉が開いて見慣れた顔がひょっこり顔を出す。


「相変わらずの一匹狼だね、君は」

「関係ないでしょ」

「仮にも恋人に向って失礼じゃないか?とにかく、もう少し穏便に頼むよ。ポアロの売上げが減っちゃうからね」

「・・・悪かったわね」


安室さんは、自分が目当てだと分かっていてもそれが売上げに繋がるなら別に構わないと。そういうこと?仮にも恋人の私が同じ店内にいても。・・・なんて事、絶対口に出したりはしないけど。醜い嫉妬で恋人を縛るような女にはなりたくないから。


「何か頼んで待ってるかい?今日は遅くなりそうだから先に家に居てくれても構わないけど」

「そう・・・じゃあ、先に家に行ってる」


私はポアロに足を踏み入れる事なく、踵を返した。ここから安室さんの家までは少し距離があって、音楽を聴きながらのんびりと歩く。使い慣れた合鍵、キッチン、ソファ、テーブル。今では自分の家の様に過ごしていて初めて来た日が懐かしい。持て余したこの時間を書斎で過ごすために、少し散らかっている部屋へ踏み入れた。そして暫く、読みかけだった本を夢中でページを捲った。


ふと時計を見ると、いつの間にか安室さんが帰宅する時間。続きは次来た時に読めばいい。読みかけのページに栞を挟んで本棚に戻した。そして私はリビングに戻り、メイクポーチを探そうと鞄を漁る。私だって、人並みに身だしなみには気を遣う。安室さんが帰ってくる前に少しだけ直したい。


「・・・・・・ん・・・?」


私が片手を鞄に突っ込み手探りで探していると、身に覚えのない感触がした。私はノートの類いは綺麗に仕舞うから、紙屑がこんなにあるわけない。鞄の底からあるだけ取り出してみると、察しがつく。大方帰りのHRが終わった後、職員室に日誌を届けに行っている間に入れられた悪口の束だろう。鞄は教室に置きっぱなしだったから。ストレス発散にされたような皺くちゃな紙を1枚1枚広げると、感心するほどのボキャブラリーに溢れた悪口が詰まっている。

ーー馬鹿は馬鹿なりに、もっと別の事に頭を使えば良いのに。相手にぶつけて自身の怒りを発散をするなんてそろそろ卒業出来ないの?

呆れて思わず声が漏れた。


「全くだね。君の言う通りだ」

「あ・・・・・・」

「嫌われ者の、僕の愛しい名前さん」


背後から伸びてきた手が、ひょいっと手紙の束を取り上げた。


「随分な言われようだね」


一つ一つの悪口に目を通してはクシャクシャにしてゴミ箱へ放り投げる。たまに、悪口の内容に余程センスがあるのかくすりと笑っている。失礼な男だ。彼女がこれだけ嫌われているというのに。大量の紙屑も後半に達した時、安室さんの手が止まった。

ーーあ、目尻は下がってるけど笑ってない。初めて会った時と同じ、貼り付けた笑顔。


「何よその顔」

「いやぁ、今時の女子高生は恐ろしいなと思ってね」


"ほら"と言って見せられた紙には、『羽山くんはもう苗字さんの事好きじゃないって!次私から奪ったら殺す!!』と書かれている。最悪だ。まさかこんな御丁寧に私と手紙の主の関係を表す内容まで書かれているなんて。どうせなら殺すとだけ書いておけば良いものを。


「聞いてないけど。羽山くんって、誰?」

「別に・・・・・・」

「別にじゃないだろ。ちゃんと言うまで家から出さないぞ」


何なのその脅し方は。安室さんなら本当にやりかねないと気が付くと、微妙にリアルで余計怖いっての。


「ちょっと前に告白されただけ。なんでもその彼女の束縛に耐えられなかったらしいわ」

「へぇー・・・君が嫌われているのは同性からだけなようだね。てっきり男からもだと思っていたけど」

「男だって同じよ。彼女が学校で権力を持ってる人程私のこと睨みつけてくるから」


毎朝毎朝、この視線に耐え続けたお陰で私は人並み以上に忍耐強く、そしてストレス耐性がついた。それだけは感謝してる。


「それでもこういう男もいるわけだろ?」

「・・・・・・さっきからしつこい。私が全員から嫌われてた方が都合が良いわけ?」

「あぁ・・・そうだね。だって君を奪われる心配をしなくて済むじゃないか」


先程とは変わり、甘い声で囁きながら抱きしめられた。そんな心配なんて要らないのに。わざわざ周りから距離を置かれている人を彼女にするような物好きはきっと他にはいないでしょ?


「名前が僕の恋人でいてさえくれれば、周りの評価なんてどうでもいいさ」

「・・・ベタ惚れ・・・・・・」

「自分で言うのかい?まぁその通りだけどね」


はにかむ安室さんに、とても幸せを感じた。私だって、安室さんがいれば周りなんてどうでもいい。抱きしめ返した時に、そう小さく想いを伝えた。




「孤独の中の愛」2016.07.22
藍歌様、先ずは1つ書き終えましたのでupさせて頂きます。嫌われヒロインとう設定は今まで手を出したことの無い要素でしたのでどの程度虐めていいのかわからず・・・中途半端になってしまっていたら申し訳ありませんッ!イメージと違いましたら書き直すので遠慮なくご連絡下さい!リクエストありがとうございました!

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