面倒な休日出勤が終わった。もう帰宅して良いとの事なので、私は家で見直す書類をかばんに詰めていた。しかし部署を出ようとしていたその時、右手に持っていたスマートフォンにメッセージが入る。"今日のシフトは17時までだからその後お前の家に行く"と。


「17時か・・・」


後1時間半・・・ここは彼のバイト先であるポアロから近い。1時間半なんて透の仕事姿を見ていればあっという間だし、わざわざ1人で先に家に帰らなくてもいいよね。そう思った私は軽い足取りで会社を後にした。


「いらっしゃ・・・って、名前じゃないか。この後家に行くってさっき連絡しましたよね?」

「ちょうど仕事が終わった所だったの。通り道だし待ってればいいかなって」


いつも自信に満ち溢れてる顔をしているから、少しでも驚かせる事が出来るととても嬉しい。こうして不意打ちでポアロに来ると困ったような優しい顔で頭を撫でてくれるのも好き。


「何か飲みますか?」

「うーん、アイスティー飲もうかな」


適当に座って待っててと言われ、店の隅の席に腰を下ろす。落ち着いた雰囲気の喫茶店に、彼氏は爽やかなイケメン店員。女の子なら誰だって憧れる状況に自分がいることがとても嬉しかった。だけどあまりジッと見つめていると後で何か言われそうなので、ふと外に視線を移す。

ーーあ、蘭ちゃんと園子ちゃん。

声が聞こえなくても十分楽しそうな雰囲気が伝わって来る。どこかへ買い物にでも出かけてきたのか、お洒落な格好をしている2人はそのままポアロに入った。


「あ、名前さん!こんにちわ」

「また安室さん待ちですか?」

「えぇ、こんにちわ」


シフトが終わるまで待っているところだと2人に話すと、何故か園子ちゃんが声を張り上げ、"じゃあそれまで大人の女子会しましょう!"という事になって私達は4人がけの席へ移動した。女子高生に混ざって女子会だなんて気が引けるけど、結局は只のお喋り会とあってなかなか面白い。蘭ちゃんの幼馴染みの話とか、園子ちゃんの最強の彼氏の話とか、待ち時間は退屈なく過ぎていった。


「いらっしゃいませ」


あと30分くらいかと時計を眺めていたいた時、つい透の声につられてお店のドアの方を見ると、若い2人組の女性客が入って来る所だった。


「あ!安室さんいて良かった!」

「また来ちゃいました〜!」


明らかに透に好意を持った2人を見て、黒いモヤモヤが生まれた事に私は気が付いている。彼を好きになってから何度も何度も経験したものだから。買い物に付き合ってもらうためにお店に入れば若い女性店員がすかさず寄ってくるし、デートした時なんて私が到着した時に逆ナンされていた事だってあるし。そう思えば常連客くらいどうってことない。


「やっぱり安室さんの入れた紅茶が1番美味しいです」

「そうですか?ありがとうございます」


・・・何よ、せっかくシフトが終わるまで待っててあげようと思ったのに。ヘラヘラした笑顔を見るためじゃ無いんだから。


「名前さん、怖い顔してますよ」

「えっ?ご、ごめん」


無意識のうちに眉間に皺が・・・。


「ヤキモチ、でしょ?」

「いやいやまさか。やめてよ園子ちゃん」


ニヤニヤと悪い顔をしながら笑顔で女性客と透の方を指さした。あの女達結構な頻度で来てそうですよね、なんて言って。


「でも安室さんって名前さんといる時は普段と全然違う顔しますよね」

「え?そう?」


まぁ確かに、あんな敬語使ったり仮面だけの笑顔は見せないけど・・・。


「だからきっと名前さんは本当に特別なんですよ!」

「うんうん!きっとそうよ!!」


女子高生2人にこんなに元気を貰えるなんて。2人の言葉に黒いモヤモヤはいつの間にか消えていた。本当にいい子達なんだよなぁ。それに比べて透の方は・・・まだ話してるし。ちょっと困らせてやろう。


「2人ともありがとうね。私はもう帰るから、これくらいあれば3人分足りるよね?」

「えっ?帰っちゃうんですか!?」

「うん!ちょっと透に反省して貰う事にしたからっ」


お金だけ机に置き、じゃあねと手を振って店を出た。帰り際に横目で確かめた透の顔には少し焦りの色が浮かんでいる気がして少しだけ頬が緩む。

ーー今日の夕食は透に何作って貰おうかな。


「名前さん帰っちゃったけど、大丈夫なのかな」

「安室さんは焦ってるみたいね。でもなんか凄く楽しそうな顔して帰っていったから平気だよ」

「それもそうね」


珍しく焦りが表に出る安室を見て、2人はくすりと笑った。


***


「・・・名前?」

「おかえりなさい、人気者の透くん」


私の機嫌を確かめるような声色が玄関から聞こえて来た。数ヶ月前に渡した合鍵はそれなりに役に立っている。例えば、相手を一方的に怒らせた時、エントランスで追い返される事が無い。


「あのなぁ、さっきのお客さん達なら只の「それくらい分かってるよ」


そう、ちゃんと頭では理解してる。


「でも・・・仕方ないじゃん。嫉妬なんてそんなもんだよ」


透が常連さんの女性客を相手にしてなかったとしても、仕事の都合上見せている笑顔だとしても、それでも好きな人が他の女の人と話してるだけでモヤモヤしてしまうんだ。男の嫉妬は見苦しいとよく言うが、女の嫉妬も十分そうだと自分で思う。ソファの上で膝を抱え込んでいると、フッと短く息を吐き出す音が聞こえた。


「なに笑ってんの」

「ごめんごめん、でも嬉しいんだよ」

「嬉しい?私これでもちょっと怒ってるんだけど?」


背後にいる透にクッションを投げてみるが手応えは無い。きっと何食わぬ顔でキャッチしたんだろう。


「名前、ごめんな?」

「・・・・・・ッ」


突然耳元で囁かれた甘い声。思わず肩が震えた。いつの間にかこんなに近づかれていたのか、こういう時に気配を消すのはやめて欲しい、本当に。心臓に悪いから。


「なぁ、ごめんって」


今度は逞しい腕が首に回されて、サラサラの髪の毛が頬に触れる。

ーーずるい。

私が抱きしめられると安心するから好きだと言ったのを覚えているんだ。もっと粘って困らせてやる予定だったのに・・・。


「本当はもう怒ってないよ」

「許してくれるのか?」


ーーうん。だって、


「蘭ちゃんと園子ちゃんが言ってたんだ。透が素を見せてるのは私だけだって。それだけで十分だよ」

「名前・・・」

「・・・わっ、ちょ、苦しい・・・ッ」


背後から私を抱きしめる力が強くなった。透に必要とされているようで凄く嬉しい。


「いい彼女を持ったな、俺は」


その言葉が天に舞い上がってしまいそうなほど嬉しくて、私の心は簡単に満たされる。そして甘い言葉を聞くと私もつい甘やかしてしまうのだ。


「私も。いい彼氏持ったみたい」


私の嫉妬も、不安も丸ごと受け止めてくれる器の大きな透。優しくて、かっこよくて、大好きな恋人だ。




「回りくどいのは好きじゃないの」2016.06.24
まかろん様、この度はリクエスト企画への参加ありがとうございました!安室さんがあまり平謝りしていないのが申し訳ないです笑。ごめんなさい( ˟_˟ )ですが甘いお話を書けて私はとても楽しかったです!これからもTwitter等、よろしくお願いします!!

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