「・・・・・・聞こえなかった。もう1度言ってくれ」

「だ、か、ら!一目惚れ!!一目惚れしちゃったって言ってるの!」

「誰に」

「えーー知りたい?」


久しぶりの恋に、自分でも馬鹿だと思うくらいのテンション。運命を感じた人を見つけたその足で、双子の兄の家・・・といっても仮住まいだし顔も違うけど、いても立っても居られずに押しかけた。この家の家主はコナンくんの遠い親戚だとかで運良く借りられた。何かと兄がお世話になっているコナンくんは今、書斎で本を漁っているらしい。


「お前が誰に一目惚れしようと俺には関係のない事だ。別に話す気が無いならそれでいい」

「"昴さん"の声で冷たいこと言わないでよ」


せっかく秀には教えてあげようと思ったのに。というか・・・真純は友達と出かけちゃってるし、秀吉は忙しそうだし、話し相手が残ってなかっただけでもあるけど。


「あのね、コナンくんのところのおじさんの探偵事務所あるでしょ?彼はそこの下のポアロで働いてるんだけど・・・あ、ポアロ分かるよね?」

「・・・・・・あぁ」

「そこに明るい髪色で優しそうな顔の人がいるんだけど、その人が凄くかっこいいの!確か名前は・・・」


キィ・・・ッと小さくドアの開く音がして、コナンくんが顔を覗かせた。もしかして・・・と言いながら。


「ねぇ、それってもしかして・・・"安室"だったりする?」

「そう!!なんで分かるの!?」


一目惚れした人を当てられて驚きながらもはしゃいでしまう私に向けた秀のため息が聞こえる。その冷たさに同情して貰おうとコナンくんの方を見ると、こっちもなぜか同じようなため息をついた。更に"やめておいた方がいいと思うよ"とまで言われた。


「なんでコナンくんがそんなこと言うの?」

「え、だ、だって・・・それはさぁ・・・」


歯切れの悪いコナンくんに詰め寄る。


「なんでやめておいた方がいいの?」

「えっと・・・、あ、安室さんってお客さんに凄く人気だし、よく女の人に連絡先とか聞かれてるから」

「・・・・・・だから私じゃ敵わないと?」

「ち、違うよ!僕そんな事言ってないじゃん!」


ーー競争率が高いからやめなよって言いたいんじゃないの?

あたふたするコナンくんを冷めた目で眺めていると、私の肩に秀の手が置かれた。距離が近いと、昴さんの姿でも隠しきれない煙草の臭いが漂ってくる。私、あんまりこの匂い好きじゃないのに。


「坊やが困っているだろ。そこら辺にしておけ」

「だって2人とも苦い顔するから」

「そう思うならやめておけ」


何か事情がありそうな顔をして、秀は部屋を出ていった。今の曖昧な態度は一体何を示しているんだろうか。彼の悪い噂でもあるの・・・?

私は胸にモヤモヤとした気持ちを抱えながら夜を明かした。






「じゃあ私出かけてくるねー」


私が泊めて貰った部屋から出てリビングに顔を出した時にはもう、秀は沖矢昴の姿で寛いでいた。どうせ何も返してくれないだろうと部屋を出ていこうとすると、意外にも私を引き止める声が聞こえた。


「どこへ行く気だ?」

「え・・・、ポアロだけど・・・・・・」


私の答えを聞いて立ち上がる秀に、とても嫌な予感。無言で私の後を玄関まで着いてきた。


「なに・・・」

「久しぶりに朝食を奢ってやる」


ーーほら。もう何を言っても1人では行かせてくれないよ、きっと。

私は無駄な抵抗はせずに大人しく奢られる事にした。早朝の静かな路地を歩き、ポアロに向かう。双子なのだからお互いに何を考えているのかは何となく分かるし、交わす言葉が無くても居心地は良いものだ。終始沈黙の中、お店が見えてきた。




「いらっしゃいませ・・・あ・・・」


あ、と言われて私はドキッとした。もしかして昨日の1度お店に来ただけなのに、覚えていてくれたのかと。だけど直ぐにそれは思い上がりだということに気がついたのは、秀が"どうも"と返したから。


「・・・え、知り合い?」

「はい。以前に少しだけ・・・」


ーー何それ、聞いてない。


「その説はすみませんでした。余計なお時間を取らせてしまって」

「いいんですよ。こちらも楽しませて頂きましたし」

「はぁ・・・、そうですか」


私の知らない"何か"が目の前でやり取りされている。一目惚れした相手が私の双子の兄と知り合いだなんて、どんな確率だ。しかもしれをコナン君は知っていた事になって、踊らされていた悔しさが襲い来る。知り合いだから紹介してやるという可愛い妹に対する優しい対応は秀の頭には無いらしい。


「おい、膨れるな。機嫌を直せ」


周りの客に注意を払い、小声で私に怒る秀。怒りたいのはこっちだというのに・・・安室さんがいる店内では大声を出せない。そんな肩身が狭い空間で、私は"無視"という最大限の抵抗に出た。何度か様子を伺うように話しかけてくる言葉も全て無視。すると諦めたのか、お手洗いへと席を立った。


「あの、少しいいですか?」

「えっ?は、はい!」


ハァ・・・とため息をついた時、ふと掛けられた声に顔を上げると、安室さんが私を覗き込んでいる。突然綺麗な顔が目の前に現れ、声が少し上ずった。


「お連れの方・・・沖矢さんとはどのようなご関係で?」

「え?あぁ、・・・従兄弟なんです」


些細なことでも、自分に興味を持ってくれた事が嬉しくて舞い上がりそうになりながらも、冷静さを保って"沖矢昴"との関係を答えた。


「従兄弟、ですか」

「はい」

「突然聞いてしまってすみません」


眉を下げて笑う安室さんの表情が、私の胸にきた。好きだと、単純な感情が表に出てしまいそうになる。


「あの・・・私、名前と申します。このお店凄く気に入っていて良く来ると思うので、よろしくお願いします」

「それは嬉しいですね。ありがとうございます、名前さん」


ーー名前、呼んでもらえた・・・ッ

秀とコナンくんが反対したって、負けるもんか。今から始めてやる。私達の関係を。絶対、視界に捉えてもらうんだから。









「・・・やはり接触して来た。沖矢昴が俺と結びついてなくても、何らかの疑問が残っているらしいな」

「みたいだね。でも赤井さん、きっと凄く怒ると思うよ?名前さんが盗聴器の事知ったら」

「・・・・・・そうだな」




「はじめの一歩」2017.01.31
よる様、二つ目のリクエスト遅くなってしまい申し訳ありません。改めまして企画への参加、ありがとうございました!沖矢さんが席を立ったのは盗聴器を名前に仕掛け、自分がいない間の様子を確かめるためだということだけ説明させて頂きます。

back