コードネームはお酒の名前、烏のように全身真っ黒な服装、鮮やかな犯行手口。数少ない情報の元、私は数年前からある組織を追っていた。なかなか彼らの仕業だと目に見えて分かる事件が無く、尻尾を掴むことすらかなり困難な事だった。いや、困難なはずだった。
しかし調査を始めて3年で偶然にも、私は組織の一員らしき疑わしい男を発見したのだ。


「おい、名前」

「えっ?」

「大丈夫かよ、すっげぇ怖い顔してたぞ」


そう指摘してきたのは、私の従兄弟である工藤新一。なんと私が組織を必死こいて探している間に、奴らに変な薬を飲まされて幼児化してしまった。身内の彼を何とかするためにも、早く組織の核に近づきたい。
そのためには、私の視線の先にいる彼、安室透に接触する必要がある。ただの爽やかスマイルのイケメンかと思っていたらとんでもない。私は偶然にも聞いてしまったのだ、"シェリー"というフレーズを電話の向こうの誰かに伝えている瞬間を。ただそれ以上の言葉は聞こえず、疑惑が深まっただけ。

しかしまだ確証が無い以上、新一には話せない。彼と別れてから、今日こそ手掛かりを見つけようと安室透がポアロのシフトを終えるまで外で待つ。1時間ほど経つと、裏口から真っ黒な服装に身を包んだ安室透が姿を見せた。これは絶好の機会だと、通話を始めた彼の後をつけながら耳を立てる。きっと、これから組織の仕事があるに違いない。

ジッと息を潜め、会話を盗み聞きすることに全神経を注いだ。そしてやっと、待ち望んでいたその時は来た。


「了解です・・・ジン・・・・・・」


ーー思わず鳥肌が立った。この名が出たらもう間違い無い。

彼が歩き出して曲がった方へ、私も曲がろうと1歩足を踏み出した・・・が、その先には仮面のような笑みを浮かべた安室透が私を待ち構えていた。どうやら私が盗み聞きしている事に初めから気がついていたらしい。


「僕に何か御用ですか?貴女は確か、コナンくんの親戚の方ですよね」

「・・・・・・」


あくまでも、ポアロの店員"安室透"を貫いているようだ。普段の柔らかい印象とは違い、闇に紛れるように全身真っ黒な服装で敵意剥き出しの顔をしているというのに。私は、このチャンスを決して逃さないよう、携帯していた拳銃を安室透に向かって突きつけた。


「これから会いに行くんですよね?"ジン"という男に」

「ジン?さァ、何の事でしょう」

「とぼけるなら撃つわ。さっさと全て話した方が賢明な判断よ」


ぶつかり合う視線、互いに1歩も譲らず膠着状態が続く。一瞬でも気を許してはいけないこの状況は、じわじわと精神的に追い詰められる。"ジン"はとても切れ者で、幹部だと新一に聞いた。その男と接触出来るということは、この男、安室透も組織でかなりの地位があるということ。つまり、今はまさに生死をかけた戦いなのだ。

しかし、最悪のタイミングで鞄の中の携帯が振動し始めた。誰かからの着信だ。


「電話、出ないんですか?急ぎの用かもしれませんよ」


自分は卑怯な手を使わないからと電話に出るように促してきた。彼の心理を表情から読むことは難しく、私は拳銃を突きつけたまま通話ボタンを押した。


「はい、苗字です」


一瞬たりとも目を離すまいかと気を張る私とは対照的に安室透はこの状況を楽しんでいるようにも見える。先に拳銃を突きつけたからといって命乞いをするような人物は、この組織にはいない。とても手強く、私の精神がじわじわと追い詰められているような感覚になった。


「はい、はい・・・じゃあそれは風見さんに伝えておいて貰えますか?私は今、手が離せないので」

「風見・・・・・・?」


この時は、私の会話からこちらの組織の構成を探っているのかと思った。まさか知り合い、というか、風見さんが彼の直属の部下だったとは微塵も想像しなかった。


「・・・・・・ッ」


通話を終えた途端、安室透の拳が目前に迫った。しかし微妙に狙いを外しているような気がして違和感を覚えながらも、それを勝手に"女への手加減"だと考えて拳を右に避けた。


「え・・・!?」


拳を避けてから気がついた。狙いを外したのは女に対する手加減ではなく、明確な狙いがあったから。私が右に重心を置いたせいで左肩から落ちかけた鞄。その鞄を滑るような手つきで私から奪い取る。私が呆気に取られているうちに中身を漁られ、フッと笑ったかと思うとある物を財布の中から抜き取った。それは、私の警察手帳。


「君だったのか、最近こちらの捜査に本格的に加わる事になった"苗字名前というのは」

「はい・・・・・・?」

「俺は、"安室透"ではない。"降谷零"だ」

「ふ、降谷って・・・まさか・・・!?」






「本当にすみませんでしたッ!!」


ーー・・・やってしまった。例の組織に1人公安の捜査官が潜入中だというのは聞いていたけど、まさかこの人だとは・・・。もっと強面で厳つい人を想像していたし、何よりやっと尻尾を掴んだと思った瞬間に公安の捜査官の存在は忘れ去ってしまっていた。


「謝らなくていいさ。見事だったよ、君の堂々とした追い込みは」

「上司に対してこれほど無礼なことはありません・・・」


拳銃突きつけて情報を吐けだなんて言ったこと、今すぐ私の記憶から消去したい。


「仕方ないだろ?君はつい最近まで、この組織を追いながらも他の犯罪組織の潜入も任されていた。お互いデスク仕事も少ないし、顔を合わせる事が無かったんだから」

「しかし・・・」

「気にするな、俺だって君が公安だと気づくまで本気になっていたからお互い様だ」


なんて優しいんだろう、この人は。何年間にも渡り、例の危険な組織に潜入を続けられている"降谷零"という上司に、ずっと憧れていた。仕事が出来て、部下からの信頼も厚い。すべて人伝に聞いたものだったけど、きっと心から尊敬出来る素敵な人なんだと、勝手に思い続けてきた。


「これからはお互いに情報の共有が必要だな。今回のような事があっても困るし。苗字、連絡先を教えてくれ。一緒に奴らを・・・、犯罪組織を潰そう」

「はい・・・ッ!!」


ほら、想像通りの人だ。降谷さんの口から出た言葉が、こんなにも私の背中を押してくれる。降谷さんがいれば、何でも出来る気がしてしまう私が単純だということは百も承知。だけどずっと、この人について行けば間違えないと、この時に確信したのだ。



「背負う秘密を少しだけ」2016.11.5

柚様、この度はリクエスト企画への参加ありがとうございます。お互い仕事が忙しく、デスクで顔を合わせることは無かったけれど名前は知っているという少し複雑で面白い設定になりました!ご期待に添えていれば嬉しいです。素敵なリクエストありがとうございました!

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