「お気持ち察しますが・・・今に至るまでの経緯を話して頂けますか?」
「・・・はい」
ポツリポツリと話し始めた、坂井信夫さん。今日は恋人で同棲している矢口日和さんと買い物に来ていたらしい。そこで騒ぎを聞き、近くで聞き込みを始めた高木刑事に何かあったのかと聞いた際に被害者が自分の恋人だと知ったのだ。
「でも、どうして別行動を?」
「洋服とかを買う時は1人の方がいいと・・・別行動はいつもの事なんです。2時間後に最上階のレストランで待ち合わせしていました」
「なるほど。それっきり彼女とは・・・」
たった2時間後には当たり前に会えると思っていた最中に起こってしまった悲劇。その虚しさに、現場にいる誰もが口を閉ざした。どう声をかけていいのか分からない、そんな空気だ。しかし、良くも悪くもその空気をぶち壊す子供が1人。
「ねぇねぇ、目暮警部!!この犯人さぁ、まるでストーカーみたいだね!」
「どうしてだね?コナンくん」
「だって、ナイフ隠し持ってたって事は今日殺してやろうって計画してたんでしょ?坂井さんと買い物する時にいつも別行動を取るって知っててチャンスを狙ってたなら前にも2人の後をつけた事があるんじゃない?」
ーーなるほど。もしも本当に犯人の男がストーカーだとしたら・・・。
「すみません、ちょっと見せて貰えますか?」
高木刑事から手袋ごと借り、画面に触れる。電話帳から着信拒否設定になっている人を探すと、案の定一人の男の名前があった。"村木泰典" そこにあった名前を読み上げると、坂井さんがハッと顔を上げた。・・・まさか、知り合いとか?
「坂井さん、この"村木泰典"って人のこと知ってるの!?」
私が予測した事と同じ事をコナンくんが聞く。すると、青ざめた顔で頷く坂井さんを見て、この事件の終わりが見えた気がした。聞けば学生時代から被害者である矢口さんに異常に執着していたらしく1度警察に相談したこともあるとか。
「だけど僕は顔を見たことが無いんです。それに、最近では日和は何も言わなかったので・・・てっきり被害は無くなったのかと思っていました」
恋人に心配を掛けたくなくて黙っていたのかもしれないわね・・・。そんな健気な矢口さんを殺害するなんて、居た堪れない。
「じゃあそのアドレスに電話かけたら何かしら反応があるかもね」
高木刑事に通話中にしてから携帯電話を返す。慌てて受け取る彼の仕草がなんだか可愛かった。暫く呼出音が続いている最中、微かに何処からかメロディが聞こえている気がする。それはコナンくんにも聞こえたらしく、私達は耳を済ませた。
「名前さん」
くいっと袖を引っ張られ、コナンくんの身長に合わせて屈む。すると耳を貸してと言われ、言うとおりにした。
「犯人はこのフロアにいるって名前さんも気付いたでしょ?だからお願いがあるんだけど・・・」
「・・・・・・それは別にいいけど、本当に上手く行くかなぁ」
「大丈夫だよ。きっとカッとなりやすい人だから」
「そう?なら、コナンくんを信じるわ」
一か八か、授けられた策に乗ってみよう。まだ目暮警部達が携帯電話を手がかりが無いか調べている中、私は視界を広くするためにおろしていた髪の毛を一つに結いた。改めて見られてると恥ずかしいんだけどな・・・。
「でもさぁ、その村木って人、相当間抜けな男よね」
張り上げた声はきっと、静まり返っている野次馬達を越えて村木にも届いているはず。
「え、名前さん・・・?」
蘭ちゃんや佐藤刑事らが戸惑ったように私の名前を呼ぶ。だけどそれには耳を貸さず、挑発を続けた。
「矢口さんを殺せば永遠に自分の物になるとでも思ったのかしら。見て分かる通り、矢口さんと坂井さんは順風満帆な同棲生活を送っていたのに・・・いい笑い者だわ」
「ちょっ、名前くん?一体何を・・・」
「その上、女の私に凶器を奪わて証拠まで残しちゃって、情けないったらありゃしない!」
ざわつき始めた野次馬達の中から、小さな悲鳴が上がった。それは段々と距離が近付いて来て・・・。
「お前に・・・お前に何が分かるッ!」
坂井泰典が姿を現した。目を血走らせ、小刻みに震えた手には小さな果物ナイフが握られている。まだ刃物を持っていたのは、予想外。思わず少し怯んでしまった。立ち入り禁止のテープを乗り越え、一直線に私の方へ向かって来る。不覚にも反応する事が出来ず、瞬間的に目を瞑った私。
「・・・・・・ッ!!」
しかし聞こえた呻き声に目を開けると、迫り来る坂井の姿は無い。佐藤刑事が鳩尾に1発、そして怯んだ瞬間に蘭ちゃんが刃物蹴り落とした。
ーー女って強い。
素直にそう思わずにはいられなかった。
「確保ッ!!」
目暮警部の声に従い、複数の警官が坂井を押さえ込んで手錠を掛ける。そして事件の後処理を高木刑事と佐藤刑事に任せて坂井を連行していった。
「名前さん凄く迫力あったよ!流石苗字風香の娘さんだね!」
「え!もしかしてさっきの名前さんのって演技ですか!?突然あんな事言い出すから驚いたんですよ?」
「あはは・・・」
「じゃあ犯人を捕まえられたのは名前ちゃんのおかげね!ありがとう!」
「いえいえ、そんな!」
見事な拳と蹴りを疲労した蘭ちゃんと佐藤刑事に褒められ、なんとも言えない気持ちでこの事件の幕は降りた。小学一年生への更なる興味と共に。
2016.06.19
「点火までを導く」
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