「君達はまた偶然事件現場に居合わせたのかね?」

「あはは、うん」


呆れた様子の目暮警部にはもう、乾いた笑い声しか出てこない。今日は毛利君はいないのかと辺りを見回す警部の他に、鑑識が遺体を調べている横に、佐藤刑事と高木刑事の姿も確認する。ま、ここらは警視庁の管轄だからな。だいたいは顔見知りだ。


「あのさ、目暮警部。この人苗字名前さんって言うんだけど、犯人と接触して刃物を取り上げたんだ!」

「刃物を取り上げた!?き、君は何者だね」

「え、えっと・・・ただの女子大生?それしか言いようが無いですけど」


かなり手癖の悪い女子大生、な。その際に浅い傷を負ったことと犯人は男だという趣旨を伝えると名前さんを佐藤刑事が連れて行った。証拠品の刃物には、血がべっとりと付着している。さぁ、俺は謎解きを始めよう。

殺人事件の舞台となったのは、土日祝日は大勢で賑わう駅前のデパート。衣服売り場が主なフロア、5階の隅にあるエレベーターの中だ。被害者は若い女性。見たところはどこにでもいそうなOLで、気合いを入れて化粧をしている印象を受ける。デートの待ち合わせでもしてるのか?
他に気になるのはこの状況。殺害に至るまでの経緯だ。デパートではあまり人と関わる必要が無いし、初めて知り合った人と口論になり殺したいほど憎む・・・ということはまず無い。だとしたら、犯人は女性の顔見知り。エレベーターに乗ったのが偶然彼女1人だったところに、しめたと思い乗り込んだのか・・・。だとしたらずっとタイミングを計ってストーキングしていた事になる。やはり、計画的な犯行か・・・・・・?


「おかしいよね、これ」

「わっ、名前さん!もう手当終わったの?」

「えぇ、もう全然平気。それよりさ、普通これだけ大勢がいる所で人を殺すなら当然逃げ道も考える筈よね?計画的な犯行なら」

「う、うん・・・」

「なのに上りのエレベーター内で犯行に及ぶなんて、馬鹿なのかしら。下りだったらそのまま外に出て逃げやすいのに」

「そうなんだ・・・それが引っかかるんだよな・・・って、名前さん凄いねッ!探偵さんみたいッ!!」


ーーっぶねぇ、つい本音が。
だけど、確かにこいつの言う通り。普通は早く現場から遠ざかりたいはずだし、距離を取りたいはずなんだ。だが実際は、デパート内に閉じ込められている。これはもしかして・・・。


「目暮警部!男が犯行時に着ていたと思われる服が階段側のゴミ箱から見つかりました!!」

「なんだと?本当かね、高木くん」

「はい!返り血が付着しているので、念のためDNA鑑定に回します」


階段側の、ごみ箱か。


「犯人は直ぐに逃げたかった筈だ。ここより下のフロアに怪しい男がいないか探してくれ」

「「はい!!」」


いや、犯人は恐らくこのフロアにいる。着替えを用意している計画的な犯行の割には、殺す事に目的が置かれすぎてその先が見えていない。きっと被害者を憎み過ぎていたせいだろう。こういった短絡的な思考の男なら、大方下に逃げたように見せかけるために階段付近のごみ箱に衣類を捨てたと考えてもいい。


「名前ちゃん、だったわよね?」

「あ、はい」

「軽傷だったとはいえ事件に巻き込まれてしまったのは事実だし、あなたはまだ学生だから保護者に連絡を入れたいんだけど。連絡先を教えてくれる?」


佐藤刑事がそう聞くと、名前さんは歯切れの悪い返事をした。気になって聞き耳を立てていると、驚くべき事実が耳に入る。


「「えっ!?苗字風香!?」」

「ちょっと高木くん、何急に入って来てるのよ」

「す、すみません・・・つい・・・」


苗字風香って言ったら、海外でも活躍する大物女優じゃねぇか。それがこいつの母親なのかよ・・・。まさか、母さんと知り合いだったりしてな。


「今海外で映画の撮影しているので連絡するのは難しいかなーと・・・」

「そ、それはそうね。じゃあ他に保護者代わりの人はいないの?」

「日本にいる人となるとジョディさんかなぁ」

「それって、ジョディ先生?」

「先生?あぁ、教師してましたもんね。お知り合いですか?」


何度か事件で同じ現場にいた事があるし、警部達はジョディ先生がfbiであることも知っている。そう聞くと名前さんは驚いた様子だ。本当に驚いているのかはわからないが、大物女優の娘となれば演技力も受け継いでいるだろうし・・・厄介だな。行動が読めねェ。


「えぇ、何度か事件でね。じゃあ一応連絡取っておくわね」


ーージョディ先生がこっちに直接来るなら、名前さんの詳しい素性について今はそこまで慎重になる必要はないか。


「目暮警部!」

「ん?どうした高木くん」

「被害者の女性の携帯電話が同じゴミ箱の中から見つかりました。恐らく衣服よりも重く小さいため底の方に落ちてしまっていたのかと」

「なるほど。で、後ろの男性は随分顔色が悪いが・・・関係者かね?」

「えぇ、実は・・・・・・」


高木刑事が連れてきた男は、20代後半。この世の終わりとでもいうような顔をして、ただ呆然と遠くを見つめている。目暮警部に何度か尋ねられ、ようやく口を開いたその男は、被害者女性の恋人だと名乗った。




2016.06.08
「セントーレアの雨」

Back