「ねぇ蘭ちゃん、本当に大丈夫なの?」

「はい!とっても頭が良い探偵さんなんですよ。それに優しくて良い人だし、きっと名前さんの力になってくれます!」


ーー優しくて、良い人。
事前に手に入れた情報には、人柄の良さを表す言葉は無かった。だけど喫茶店に足を運ぶ人達から聞くのは、優しい、かっこよい、頼りになる、そんな言葉ばかり。きっとそれだけ周りの人達を上手く欺いているんだろう。

私は毛利探偵事務所に向かう階段を登りながら、乾ききった喉を潤すために唾を飲み込む。勝手に持ち出した拳銃の入った鞄を抱え直し、そっと深呼吸した。


「さ、入ってください名前さん」


笑顔の蘭ちゃんに少しの罪悪感を感じながら、毛利探偵事務所に足を踏み入れた。


■ ■ ■


「蘭さんが僕に紹介したい人、ですか?」

「あぁ。最近よくうちに遊びに来る女子大生なんだが、ストーカー被害に遭ってるらしくてな。俺よりもお前の方が歳も近いし、護衛も出来ると思ったんだが」

「なるほど、そういう事ですか。で、その女性が今から?」

「もう直ぐ来ると思うからそこで待っててくれ!俺ァちょっくら出かけてくる」


ーーストーカー被害に合っている女子大生か。護衛となると大学までの行き帰り。朝の時間帯は問題無いが、大学生の帰宅時間は日によって異なる・・・これはまたマスターに無理言ってポアロでのバイトの時間を調整する必要がある。

そう思いながら無人になった探偵事務所のソファに座り、来客を待った。暫くすると階段を登ってくる足音と女性の話し声が聞こえ、ドアから蘭さんが顔を出した。


「安室さん、父から話聞きましたか?」

「えぇ、先程。僕で良ければ依頼をお受けしますよ」

「良かった!じゃあ紹介しますね、こちら苗字名前さん」

「・・・・・・こんにちわ」


蘭さんに紹介されて一歩前に出た女性は小柄で、年下の蘭さんよりもだいぶ背が低い。それに少し怯えているように見える。男である僕だからそうなっているのであればストーカーの被害はかなり大きいと予測出来る。


「初めまして、安室透です」


どうぞ、とソファを示すと僕の様子を伺いながらそっと腰を下ろした。こんな、見るからにか弱い女性では変な男に目をつけられやすい。


「それでは、早速ですが被害に遭うまでの経緯を話して頂けますか?」

「あ、はい。えっと・・・・・・」

「あ!私夕食の支度があるので上にいますね!何かあったら声かけて下さい」


何人もいては話しにくいだろうと気を利かせた蘭さんが足早に事務所を出て行った。

ーーさて、どう僕に心を開いてもらおうか。
探偵と依頼人という立場ならば、心当たりのある行動、言動、出来事、全て話してもらわなければ協力出来ない。その為には僕を全面的に信頼してもらう必要があるのだ。


「・・・・・・」


いや、どうもその必要は無いらしい。


「これは一体どういう事でしょうか。ただの依頼人、というわけでは無さそうですね・・・」


蘭さんの背中を見送った後、再び依頼人である彼女に目を向けた時、先程までのか弱い女性の姿はどこにも無かった。その容姿には見合わない獲物を手に、鋭い目付きで僕を見据えている。その目は、思わずゾクリとしてしまうほどの迫力があった。


「貴方に拳銃を発砲する気はあるんでしょうか。出来ませんよね?」

「余裕そうな笑み、ムカつくわ・・・・・・バーボン」

「・・・・・・ッ」


ーー予想外だ。まさかそっちの線だとは。せいぜい個人的な恨みかと踏んでいたのに。

一瞬驚きを隠せなかった自分を未熟だと思うのと同時に、この女の演技力に少々たじろいた。ベルモットの非じゃない。


「警察の類には見えませんが、その名を知っている以上タダで帰すわけには行きませんね・・・」

「・・・・・・っ!?」


細い手首。筋肉の無いふくらはぎ。華奢な体。僕の思った通り、体術などは心得ていなかったらしく、一瞬で拳銃を奪い取って彼女を抑え込むことに成功した。ソファに押し倒した彼女の膝辺りに乗り上げて体重を掛け、右手で拳銃を奪って額に当てる。


「僕の勝ちですね。さて、洗い浚い話して貰いましょうか。貴女は何者で、何の為に僕に拳銃を向けたのか」

「私・・・?私はただの女子大生よ」

「ただの女子大生が拳銃なんて持っているわけないでしょう。それに、先程の演技力は大したものだ。僕は何の違和感も無くか弱い女性だと思い込んでいたよ」

「まさか、組織の一員である貴方に褒めてもらえるとは思わなかったわ」


可愛くない女だ。口を開けば皮肉ばかり。暫く互いに腹を探るように睨み合っていると、探偵事務所の階段を上がる新たな音が聞こえた。
ーー軽い。この足音はコナン君だ。


「ただいまー!あ、安室さん・・・!?」

「やぁ。お帰り、コナン君」


コナン君が僕の顔を見るなり表情を強ばらせた。何故彼が組織の事を知っているかは未だ謎のままだが、つい先日、僕の正体が"バーボン"だと知られたばかり。だとしたらこの女もコナン君と何かしら関係があると考えた方が良いはずだ。
慎重に、事を進めよう。




2016.05.10
「物語の幕開け」

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