「名前さん、名前さん・・・?大丈夫ですか?」

「ぇ・・・・・・あ、あぁ。ごめんね、大丈夫よ」


まだ、頭がクラクラする。あの匂いを嗅がされた薬品のせいなのか、単に熱があるせいなのかはわからない。目を覚ましてからもボーッとして思考が定まらない私を心配して、蘭ちゃんが何度も声をかけてくれた。


「それにしても・・・名前さん!貴方達いつの間にそういう関係になったの!?」

「え・・・っ?園子ちゃん何の話?」

「とぼけるのは許さないからね!安室さんの事よ、安室さん!名前さんをお姫様抱っこでここに運んで来て、"彼女は無茶をし過ぎる事が多いようなので、何かあったら僕に連絡して下さい"って!!」


それは安室透の真似をしているつもりなのか、格好つけて声を低くしながら園子ちゃんが言った。つまり、私の動向が気になるから目立った事があれば知らせろと。素直な女子高生を使うなんて、とことん下衆な男だ。言い回しも上手く女子高生が好きそうな"もしかして好きなの・・・?"的な意味にも取れる言葉を選んで・・・計算高い。


「私と安室さんはそんな関係じゃないからね。ただの探偵とクライアントよ」

「ふーん、ま、何か進展あったら教えてね!名前さん!!」


これ以上否定しても無意味そうだ。私が目を輝かせてしている安室透の話に適当にはいはいと返事をしていると、事務所のドアを小さくノックする音が聞こえた。今おじさんはいないけど、お客さんかな。

蘭ちゃんが直ぐドアへ向かって行き、外にいる相手と少し会話をしている様子。すると蘭ちゃんが振り返り、私に言った。


「名前さん」

「ん?」

「お客さんが来たみたい」


ーー私に、お客さん?

思い当たる人がおらず首を傾げた所に、俯き気味の女の子が姿を見せた。


「あ、哀ちゃん・・・?」

「貴方なら無事だって江戸川くんから聞いて。いるなら、ここかと思ったの・・・」


哀ちゃんを事務所に招き入れてから、蘭ちゃんと園子ちゃんは出かけて行った。深刻な表情をしている彼女とソファーで向かい合わせに座ると、哀ちゃんは私を真っ直ぐに見つめ、こう言った。


「あなた、あの男に喧嘩売ったんですってね。お願いだから危険なことはしないでちょうだい」

「えっ?」


予想外なその言葉に、思わず間抜けな声が漏れた。きっと哀ちゃんが知る私の情報というのは全てコナンくんからなんだろうけど、喧嘩を売ったというか・・・。

ーー何も知らないこの子にどう説明するのが正解なの?


「確かに私はあの男が嫌いだし、信用もしてないけど哀ちゃんが心配するような事はないよ?」


いくら大人びているとはいえ小学生の女の子だし、理由も無く男性を怖いと感じることはあるだろう。私はてっきり、そんな小学生の可愛い心配事だと思っていた。


「違うわよッ!!そうじゃ・・・そうじゃなくて!!」

「・・・・・・ッ」


思わず怯んでしまうほどの剣幕。哀ちゃんの表情は、何か必死に伝えようとしている。これはただ事ではないと、真剣に話を聞くべきだと感じた。


「哀ちゃん、落ち着いて説明してくれる?」

「・・・・・・だから、何を考えているか知らないけど、安室って人が貴方に手を出さないことは分かったわ。けど、他は違うのよ」

「他・・・?」

「相手が女だろうと子供だろうと容赦しない・・・誰かに助けを求める暇もなく、殺されるのよ!」


ーー殺される、なんて子どもの口から出る言葉じゃない。だけど哀ちゃんのその言葉にはとても重みがあって、でたらめを言っていないのは分かった。この剣幕、組織の奴らの存在を知っていそうな口ぶり。コナンくんと同様、哀ちゃんにも何か事情があるのかもしれない。


「ねぇ哀ちゃん、あなた、何か知ってるの?」

「それは・・・」


気になる事は直接聞いた方が良いと思い、一番ストレートな聞き方をしてみたが、哀ちゃんは言葉を詰まらせた。言いにくい事情と、哀ちゃんの普段とは違った様子。ヒントはこれしかない。


「おい、灰原。そこら辺にしとけよ」

「・・・コナンくん!?」


静かに探偵事務所のドアが開いたと思えば、入ってきたのは神妙な顔をしたコナンくんだった。そこら辺にしとけと止めに入ったということは、ずっと私達の会話を盗み聞きでもしてたんだろう。小さな2人が、私に聞こえないよう何かを言い争い始めた。焦っているのは哀ちゃんで、それを落ち着かせているのがコナンくん。

ーーこの大人びた2人は、一体どんな関係なの?

切羽詰まった2人の顔は、小学生が出来るような表情では無い。もう、ただの同級生では説明がつかない。


「コナンくん、哀ちゃん、私にはあなた達が小学一年生だという事実が今不思議で仕方ないんだけど。2人は・・・何を隠してるの?」

「べ、別に何も無いよ?ただジョディ先生達が安室さんは悪い人だっていうから名前姉ちゃんも近づかない方がいいって言いたくて!な、灰原?」

「・・・そうよ・・・・・・」


苦しい言い訳をするコナンくんが、急にとても疑わしく感じてきた。よくよく普段の姿を考えると子どもらしくはしゃぐ姿が思い浮かぶけど、今のように哀ちゃんと話している時は様子が随分違う。考えれば考えるほど分からない、"江戸川コナン"という小学生。その正体はなんなのか、そもそもこれが本当に小学一年生で、"正体"なんて影を裏付ける言葉は相応しくないのか。

2人から漂う妙な空気は、また1つ、私に謎を与えた。安室透、江戸川コナン、灰原哀。白黒はっきりさせなければならない事が増え、この一件は私にモヤモヤとしたやりきれない思いだけを残して幕を閉じた。




2016.11.10
「迷い込んだ深い森」

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