「あの、そちらの女性は大丈夫なんですか?」

「あぁ、僕の彼女はお酒に弱いもので。直ぐこうして寝てしまうんですよ」

「そうですか、彼女さんでしたか。余計な口出しをすみませんね」

「お気になさらず。寝ている女性を部屋に連れ込むのは恋人でなければ危険ですからね」


やはりまだ日が落ちない時間帯に、小柄とはいえ一人の女性を抱えて帰宅するのはとても目を引いてしまう。マンションの管理人の追求を上手く免れ、エントランスを出てエレベーターへ乗り込んだ。
ーー全く、厄介な事件に巻き込まれてしまうのは彼女の特性なのか最近やたらと顔を合わせる。勿論彼女の方が僕をしつこく嗅ぎ回っているから仕方ないのだが。

小さな音を立て、到着を知らせるエレベーターの電子音。止まったのは12階。そこに安室透として借りている部屋はある。

最近帰ってきていなかった部屋は大分散らかり放題だった。まずはあれこれと調べるよりも看病する方が先だと思い、彼女を抱えながら寝室へと向かう。冷凍車にいた時間が長いせいか、呼吸も浅く随分と辛そうだ。布団の上から毛布を重ねて被せ、念のため、片手に手錠を通してベッドの端に繋げた。目を覚ました時に自分が留守だった場合を考えて。


「さて、・・・始めるか・・・・・・」


一緒に持ってきた荷物は、女性の外出にしてはとても少ない。ラフな格好から見て、少し近所のコンビニかスーパーにでも行く途中だったのだろう。小さな鞄の中には、財布とポーチ。・・・携帯は入っていないのか。これは大した収穫が無さそうだ。出来るだけ、公安のデーターベースを使って調べるのは遠慮したいというのに・・・。記録が残ってしまうし、組織のことは知っていてもまだ学生だ。万が一にも、組織に公安の内部に潜入されたとして、僕絡みで目を付けられるなんて事があったら困る。その為には一刻も早く素性を調べ、害が無いならば手を引かせなければならないのだ。


■■■


ーーまずい。・・・・・・非常にまずい。ふと目を開けたら知らない場所にいた、なんて女には恐怖でしかない展開。ましてや、手錠が手首とベッドの柵を繋いでなんていたら、いよいよ覚悟を決めるしかない。まだ頭がクラクラする・・・。最後の記憶はーーバーボン・・・安室透があの殺人犯を1発KOで制圧したあの瞬間。まさか・・・


「手錠、本物だ・・・」


昔、本物を秀に見せてもらった事がある。偽造した玩具とは違った重みのあるそれ。警察以外、こんな物を持っているということは並の犯罪者ではない。裏社会と通じる者・・・そう、例えば黒ずくめのあの組織に所属するバーボンとか。監禁されているのが、ただの馬鹿な犯罪者じゃなくて少しホッとした。どの道バーボンとは決着を着けなければならない時が来る。それが少し早くなっただけだ。

落ち着きを取り戻した私は、ゆっくりと部屋を見回した。開けっ放しのクローゼット、散らかった服、生活に必要最低限な家具。適当な空き家ではなく、本当に家に連れてこられたらしい。よく観察すれば、ポアロのバイトの際に着ていた見覚えのある服が何着かある。そして、ノートが数冊散らばっている。

ーー見たい。何か先の尖った物で手錠を・・・。

ノートを手に取りたい欲求に駆られたその時、微かに物音がした。そして、近付いてくることが分かる足音。私は咄嗟に目を瞑った。


カチャリ

ドアノブを捻る音。近付いた気配は、私が寝かされているベッドの横に座った。心臓の音と彼が動く度に聞こえる衣類の擦れる音だけが、大きく耳に響く。ジッと息を潜めていると、顔に影がかかった。


「ーーやはり、起きていましたか」


咄嗟に掴んだ腕は、私の額に伸びている。そこで初めて、私の額に冷却シートが貼ってある事に気が付いた。


「そんなに殺気立たなくても、それを替えようと思っただけですよ」


腕を掴んだ力を緩めると、ベリっと冷却シートが剥がされて、晒された額は空気に当たってひやりとした。


「何で、私がここに?っていうかまずは、これ・・・外して貰えます?」


わざと大きな音を立てるように手錠を引っ張ると、安室透は"あぁ・・・"と小さく呟いて笑った。自分が留守の間に勝手に物色されたら困るから付けたんだと。


「最も、今外しては噛み付かれそうなので暫くはそのままでいてもらいますけど」

「・・・・・・」

「さて・・・、まずは何から始めましょうか」


不敵な黒い笑みを浮かべるバーボンこと安室透。流石に私でも、寒気を感じずにはいられなかった。下手したら死ぬと、そう思った。




2016.09.14
「悪魔の腹の探り合い」

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